二話
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「眼鏡のないキミが、こんなにお荷物になるとは思わなかったよ」
「先に言っただろ? 最大の敵がこれだ」
ゴトゴトと丘を下る荷車の上で仰向けになり、サリヴァンはぼやけた視界で空を見て言った。ここまで両手の数ほど転んだサリヴァンの体は、あちこち痛みを訴えている。
よろよろと山道から近づいてきたサリヴァンたちを保護してくれたのは、気のいい農夫の老人だった。二人のやり取りにも豪快に笑い、「災難だったな」と荷台にある干した果物を薦めてくれる。言葉が通じるのが嬉しいな、とサリヴァンは残してきた人さらいどもを思った。
老人は、横幅だけでもサリヴァン三人分、身長は、サリヴァンはずいぶん小柄なほうとはいえ倍と半分ほどあり、人種の差を感じずにはいられない。
フェルヴィン人は世界的にみても大柄な人種である。
サリヴァンはそれをよく知っていたが、実際にその国にやってくると、小人になったような気分だった。荷車はもちろん、牽引するロバらしき動物も、知っているものと同じ大きさをしていないのだ。きっと人里に入れば、その感覚はより顕著なものとなるのだろう。
その昔、神々の戦争で二十の残骸に砕かれたとされる海。すべての生き物が一度故郷を喪い、第一海層から順に世界を廻って、それぞれ根付いていった、という伝説がある。
そのころはまだ存在していた長命な人種の生き残りの多くが、旅の途中で故郷を見つけられず、最下層のこの地で国を興した。
そんな彼らが先祖だというフェルヴィン人は、現代では失われた彼らの面影を残し、長く尖った耳と、見上げるほどの巨躯と怪力、そして二百年ほどという、他より少し長い寿命を持っている。
最下層は、魔界と異名をとる通り秘境といっていい立地で、険しい自然の中にあった。
空はつねに厚い雲がかかり、太陽の位置は低い。険しい山々がそびえ、しかもそれは火山である。この国の人々は青空を知らないといわれていて、それは事実だった。
そんな世界で生きている人々が逞しくないわけがないよな、とサリヴァンはよく知っているフェルヴィン人の面影と、目の前にいる老人を重ねて思う。
老人は、遭難しかけていた外国人の子供たちに優しく、そしてこの国の良いところを紹介するのに必死だった。
「坊主たち、覚えておいてくれよ。山はこの国では遠くから眺めるもんなんだ。わしらの自慢の種はな、ぜーんぶが街ン中にあるんだからな」
フェルヴィン皇国は、首都であるミルグースから沿岸沿いに街を構え、栄えていった。
この国で幸いだったのは、海が穏やかなことと、山々の多くが鉱山であったことだ。おかげで、鉱物資源と工芸の国として国外には名高い。
「飯は、魚なら、まあ食えるらしい。野菜はやめとけ。おれはもちろん好きだが、外国人はみんな食えたもんじゃないらしいからな。しかし、いい時期にこの国に来たもんだ」
「へえ、いい時期って? 」
「お祭りさ。この国にはな、皇帝陛下のもとに五人の御子がいらっしゃるんだ。上から、皇太子のグウィン殿下、紅一点のヴェロニカ殿下、王の右腕のケヴィン殿下、外交官のヒューゴ殿下に、一番下のアルヴィン殿下、とな。これが全員、『語り部』を持っている。『語り部』って分かるか? 」
「この国の王位継承権だっけ? 」
「そう! この国の王は、語り部っちゅう魔人が選ぶんだ。古代、始祖の魔女っちゅうのが創ったとされる『意志ある魔法』の魔人の生き残りだぞ! まるで人間のような姿で、とても作り物とは思えない。それが建国から三千五百年、ずうっと同じ王族のもとで、忠誠を誓ってるっちゅうのは、この世界広しといえどもフェルヴィンだけさ! 」
「ふうん。ボクが知ってる魔人ってやつは、もっとポンコツだったけど。だろ、サリー」
サリヴァンは、近所の骨董屋の店先で客引きを担っている魔人を思い出した。一見少女のように見えるように整えられた彼女は、よく見ると陶器人形の質感をしているとわかる。
『いらっしゃいませ。わたしはネリー。ここは魔法の古道具屋ハーゲンです』という文句を芝居がかった身振りを交えて繰り返すだけのもので、世間では彼女であっても高級品である。
「そうだな。あの魔人は、後ろ姿ならまだしも、正面に立ったらとても人間には見えない」
「そりゃあ、後世で始祖の魔女の魔人を真似したバッタモンだろ! うちの国のは、みんな美しいもんだよ。今代に六体も魔人が揃ってるってぇのは、なんとも幸福なことさ。並んだ姿が、そりゃあもう素晴らしいんだ。おそろいの黒い詰襟でな、みぃーんな、あの空のような黒い巻き毛に、あの太陽の光に似た金色の瞳をしてるんだよ。この国の異名を知ってるかい? 『黄昏の国』ってんだ! この国の誇る文化は、この黄昏の空の色をしている。この国の王族が、あの小さな手で物語を紡がれると思うと、ああいいもんだなァと思うね」
「お祭りは明日なのかい? 」
「ああそう、そうさ! それがな、皇太子であるグウィン殿下の結婚祝いと、建国三千五百年のお祝いなんだよ。それが明日なのさ。いやあ、ほんとうにいい時に来てくれたってもんさぁ」
裸足の足をぶらぶらさせながら、ジジは「ふうん」と相槌を打った。
「サリー、お祭りだってさ」
「見に行きたいならいいぞ」
「ありがと。いやあ、この国、楽しめそうだな」
帽子の下で、ジジが金色の瞳を細めてニッと笑う。大きなつばのある帽子のせいで、背の高い親切な老人には、ジジの笑顔は見えていないだろう。とても珍しい、裏表のない笑顔だ。人間嫌いのジジにしては、この老人をいたく気に入ったらしい。
(帰りが遅くなるかもな。まあ、いいだろ。杖職人としての仕事も、今週で今期最後の注文が終わったし。師匠もそれで、おれをこの国にやったんだろうなぁ)
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