十八話
「……始祖の魔女が製造した黒鉄の兵をたやすく……あれは何者だ」
「あれは、しがない下町の杖職人だよ」
おののく皇帝に、ジジが答えた。
コートの裾を翼のように広げながら、耳まで裂けるように皇帝へ笑いかける。
「アンタの相手はボクさ」
三体目が、正面からサリヴァンに迫っていた。
「『銀蛇』」
サリヴァンの手の中の剣が手斧へと形を変えた。左手に持ち替えながら横に回り込むと、その頭に叩きつける。素朴な武器の破壊力は、打撃の衝撃も含んでその鉄の頭を半壊させた。
しかしそれはゴーレムにとって致命傷ではない。騎士の足が跳ね上がり、とっさに体をひねったサリヴァンの腹をとらえた。
「ゔッ! 」
サリヴァンがうめく。双方が、よろめきながら後ろへ距離を取る。サリヴァンは体をひねりながら、手斧を体の前に構えていた。その刃が、騎士自身の攻撃の衝撃を受けて深く突き刺さり、騎士の片足の脛を斜めに抉り抜くことに成功していた。熱で溶かされた断面は戻らず、騎士の動きは目に見えて精彩を欠く。
サリヴァンのほうは、変幻自在の杖を間に挟んでいたためか、後を引くほどのダメージは無い。
サリヴァンは、どこまでも冷静だった。
神秘を含んだ相手との戦闘。頭などの急所が急所にならない相手。
それに相当する敵との交戦経験は、サリヴァンの十七年の人生においては二年前に一度だけ。
その敵は、無数の粒子の体をもって子供や女、ときに男や老人に擬態し、人の目を騙すことにたけていた。粒子の密度を変えることで質量さえ変える変幻自在の体は、弱点であるはずの本体から遠く離れても粒子ひとつひとつが意思を共有しているため、索敵能力にも優れ、破壊されても粒子の一粒から再生できる。
紆余曲折あってその魔人の主となったが、サリヴァンは今でも、ジジを殺せるほどの実力は自分にはないと自己採点している。
――――でも、師匠ほどの実力があれば、ジジを殺せる。
サリヴァンには責任があった。
それは、ジジという危険な魔人の主人になった責任。ひいては、自身の運命への責任。
けしてジジを殺したいわけではない。『何があっても生き延びる力をつけろ』『運命に備えろ』サリヴァンはそう言い聞かされて育てられてきた。
ジジを殺せるほどの実力を持つことが、サリヴァンの考える『何があっても生き残ることができる人』の指針になっているのだ。彼が自らを鍛え上げる理由のひとつはそこにあった。
(こいつは強敵だけど、ジジほどではない)
「サリー、また加勢が必要かい」
サリヴァンは血の混じった唾を吐いた。
「いい。もう少しだ」
「そ。頑張んな。こっちはこっちで楽しくやってるからさ」
そう言いつつも、ジジの粒子は皇帝の体を上滑りするばかりだった。なかなか地面に堕ちない落ち葉のように、空中をひらひらと舞っているジジを四体目の騎士が追う。ジジは粒子を無数の硬い杭に形成し、四方から投げつけた。かすかに表面を抉るが、装飾を飛ばすのがせいぜいで、黒鉄の体を貫くには至らない。
「うーん、やっぱり相性が悪いな」
ジジの状況は奇しくもサリヴァンとは真逆だった。屍人たちは体に粒子を送り込んで内側から破壊したが、今回は粒子を吸い込む呼吸器も、破壊すべき内臓もない。
「ま、いいや。あとでサリーにやってもらおっと」
粒子が巨大な手をかたどる。それは虫をつかむように、騎士を掌の中に納めて握り込んだ。
騎士が内側で暴れて鈍い殴打音が響くが、結合した粒子は伸び縮みしながらも獲物を逃がさない。
「そんなに急ぐことないさ。あとでボクのご主人様が、キミのこともどろどろに溶かして、兄弟たちとひとつにしてあげる」
サリヴァンの手斧が、三体目の騎士を斬った。
皇帝には、もはや戦意が感じられない。サリヴァンは急ぐことなくレイバーン帝の霊のもとへ歩み寄った。
「スート兵というからには、残りは八体か九体でしょうか。それとも四十五体? 」
「……いいや。増援を出す気はない。見事なものだった」
老人の背は、フェルヴィン人らしく高かった。サリヴァンの頭が胸の位置にある。悲哀を含んだ理知的な目が、サリヴァンを見下ろして微笑んでいる。
「行くがいい。すべてを託そう」
皇帝の手が何かを差し出した。指先に冷たい金属と凹凸を感じる。
深い飴色をした銅板の切れ端だった。繊細に彫り込まれた絵と、詩の一節が読み取れる。
「《星よきいてくれ》」
「これが今、わたしが託せる『すべて』だ。それは、」
レイバーンの言葉尻をさえぎるように、地響きとともに地面が重く跳ねた。
「サリー来るよ! とても大きい何か! 」
床の亀裂に金の光がほとばしる。小石が振動に跳ね、空を舞う。
息をひそめて事態を見極める視線を浴びながら、『それ』はすとん、と足をつけた。
乾き始めたばかりの血濡れのシャツ。首のない子供。
(また屍人か? )
サリヴァンが剣を構える後ろで、レイバーンが言葉になり損ねたような声を立てた。
「……『あれ』は」
「サリー、あいつ、様子がおかしい」
首の断面が赤く泡立っていた。血を失って灰色をした指が、指すようにサリヴァンのほうに伸ばされる。泡立つ赤が、ねばついた動きで断面から枝のようなものを伸ばして、何かを形成していく。盲者のような足取りが、一歩、また一歩と床を進む。
サリヴァンは円を描くように『それ』から大きく後ずさった。
『それ』から異様な臭気がする。首の断面が発光している。端から黒ずみ、その上を零れた赤いものが『どろり』と流れて、硬質な輝きをまとう。
溶岩のように肉を焼きながら、『それ』は体を作り替えようとしていた。
金属製の頭蓋骨。もはや鎖骨のくぼみを落ちながら肩にまで手を伸ばし、伸ばされた腕のほうにまで重力を無視して浸食していく。
眼どころか、眼孔も、鼻孔さえなかった。がぱ、と頭が裂け、金属が擦れるような異音が響く。
(来る)と思った瞬間には『来て』いた。
(速い)
衝撃と熱。視界が黒と白に瞬く。
「サリー! 」
頭に直接響くジジの声だけが明瞭だ。自分は今、『どこ』にいるのか。視線を巡らせ、レイバーン帝が口を開いてあの『スート兵』とやらを呼び出しているのが見えた。全部で八体。
(残り全部を……なんてもったいない)
「サリー! 現実逃避もほどほどにして! 立てるの、立てないの! 」
「……ああ、立つ。立つよ」
熱は痛みだけではなかった。胸のあたりが焦げている。鍛冶神の加護のあるサリヴァンでなければ、おそらく無事ではすまなかった。
「ジジ、あの泥みたいなもの」
「なんだい、こんな時に」
「魔法使いの杖に似ている」
聴覚が戻ってきて、怪物の金切り音が耐えがたいほど響いていることも認識できるようになった。鼓膜が痛いほどの振動。
(ああ、あのスート兵ではあいつに勝つのは無理だ……)
レイバーンの眼が、何かを必死に訴えている。
「――――行け! 」
耳鳴りの奥で、レイバーンの声が届いた。その手が床の亀裂を指している。
――――頼む。
悲壮に満ちた顔だった。
「行くぞ」
サリヴァンは駆け出した。乱戦の中を突っ切らなければ、あの亀裂までたどり着けない。
「《さざなみの源 しらなみの主よ》《深淵におわしまする祖神アトラスの血において》《その爪音をこの戦場へ》」
魔力を練りあげ、物質として召喚する。むっと磯の香りが広間を満たした。
海神の血が少しでも流れているからか、水の魔法は火の次に得意だった。呼び出された冷たい潮の流れは、水面を駆ける白波の馬の群れをかたどる。猛る蹄が重いスート兵たちをそのままに小柄な怪物の体だけを押し流す。まだ肉を持った足腰には、その流れに抵抗できるほど踏ん張る力はない。
頭蓋の空洞から水がこぼれた。じゅう、と胸より上から、おびただしい蒸気が上がっている。
それを横目に、サリヴァンはスート兵の間を駆けた。
「こちらは任せて行け」
すれ違いざまの皇帝の言葉に、一瞬だけ振り向いて頷き返した。その顔はまっすぐ怪物を見つめ、振り返ることはなかった。
「こちらはお任せください」
サリヴァンも応えを確認することなく、亀裂へと身を投げた。
落ちていくサリヴァンに、怪物がまた手を伸ばしていた。
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