十七話
「ああ、これは……大変なことになってるんだなぁ」
ついこぼれた本音に、ジジが不思議な顔をする。
「そんなの今さらだろぉ? 」
「実感がついてきたんだよ」
「あらそぉ。で、サリーどうする? 言われたとおり、地下に行く? 」
血痕は庭園へ続いている。地下へ向かうとしたら、玉座の間の崩落も気になるところだった。
「血の跡を追う。皇子が地下にいるのなら、この血痕が地下へ続いているかもしれない」
「わかった。じゃあ見えやすくしよう」
ジジが黒い煙を放つ。それは庭園の植え込みをもうもうと重く流れていき、血痕の場所で針のように細い、腰ほどの高さの柱になってとどまった。
「ジジ、おまえなんでもできるな」
感心したようにサリヴァンが言うと、ジジは不敵に片頬を上げた。
「ボクって、コンパクトで多機能が売りなんだ。知らなかった? 」
「奇遇だな。おれも同じようなもんだ」
「言うじゃん」
ジジの先導で、ふたたび走り出す。
「ここか」
サリヴァンは、目の前の石垣に触れた。血痕はこの石垣の前で途切れている。まるで秘密の扉を開いたあとのように。
「魔術じゃあない。絡繰り仕掛けのほうか。……ここだな」
石垣を組んである建材のひとつだけ形が違う。おそらく皇子を抱えた人物もそうしたのだろう。サリヴァンがその正方形の石をつま先で蹴り押すと、かちり、と意外に軽い音がした。
「おおあたり。地下への道だ」
むわりと青い霧が噴き出した。暗闇へと続く階段が口を開けている。サリヴァンが明かりで照らすと、中はぎっしりと詰め込まれた霧で白く輝くだけだった。
「明かりは無駄だな。ジジ、案内頼んだ」
「オッケー」
慎重に歩を進める。霧のせいか、空気は重く冷たい。まるで水の底を歩いているようだった。
どこからか、水が滴る音がする。
「あと三歩で床だよ」
「よし。ずいぶん降りたな」
「三階ぶんは降りてるよ。ここからまっすぐ長い廊下だ」
「わかった」
サリヴァンは素直に頷き、すたすたと歩きだした。もちろん警戒はしているのだが、ジジは呆れたように鼻を鳴らす。
「あの山道でのキミはなんだったのって言いたくなるね。今も見えてないのは同じでしょ? 」
「あそこ、火山だろ。そのせいだ」
「っていうと? 」
「山肌が火でぬるかった。山はとくに神の加護が強いんだ。この国はまだ古代の信仰が残っているせいもあるな。山じたいの気配が大きすぎて、感覚が取りづらかった。そういうこと」
「よくわかんないな」
「補うために身に着けた技術が、感覚を邪魔することもあるってことだよ」
サリヴァンはぴったり扉の前で足を止めた。
「開けるぞ」
軋む音を立て、杖が操るままに扉が開く。光が帯になって差し込んだ。
「ここまで来たか」
その広間だけ霧が晴れている。中心に、あの老人が立っていた。
玉座の間に似ている。玉座の場所にはアトラスの巨像が置かれ、その前に、ゴーレムとともにいた老人が立ち尽くしていた。
その両脇には、いくらか小さいが、あの黒鉄のゴーレムとそろいの騎士の像が、二体ずつ。
老人のまわりにも青い炎が取り巻いていることにも、サリヴァンは気が付いた。
「あなたはもしや、レイバーン皇帝陛下ですか」
「……なぜ来た」
そう問う声は、サリヴァンの身を案じる響きがあった。
「ヴェロニカ皇女から望みを託されて参じました」
「そうか……あの子は逃げ延びたか」
皇帝は息をつく。しかし瞳は、より悲しげだった。
「……勇士よ。すまない。私の魂はすでに魔術師に使役され、なすすべがない。おまえの行く先を遮らねばならない」
だからどうか。と、皇帝は首を垂れた。
「どうか、私を殺してくれ」
皇帝が体を傾けると、その背後には大きく崩落した穴が開いていた。皇帝の手はそれを指し、瞳はサリヴァンを見つめている。サリヴァンが頷きを返したと同時、皇帝は声を上げた。
「――――スート兵よ! この者を殺せ! 」
声なき雄たけびとともに、四体の黒鋼の騎士が剣を抜いて迫る。サリヴァンもまた、杖を抜いて迎え撃つように腰を落とした。
「ジジ! 」
「まかせて! 」
サリヴァンの影が広間の床を埋める勢いで伸びる。その中から無数の腕が伸び、黒鉄の騎士のうち三体の体に絡みついた。残る一体に向かって、サリヴァンは赤く熱を持つ刃をあてる。首が跳んだ。残った体に、炎が巻き付く。
「まずは一体」
脇から二体目が迫る。首を狙った剣戟を身をかがめてかわし、流れるように斬り上げて右手首を落とした。しかし相手は生身の人間ではない。動揺もなく左手に持ち替えようとする。そのわずかな瞬間を狙い、サリヴァンは二の手で左手も落とした。左手ごと剣が床をすべり、それを追って動いた頭も肩からころりと落ちた。
「二体目」
サリヴァンは赤い光を背負って三体目に向き直る。
あっという間に二体が斬り伏せられた。
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