十六話
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サリヴァンは、ふっと顔を上げた。
肖像画がかかっている。歴代の王と、王族たちのものだ。
現皇帝レイバーン。その両脇にかかっているのは、先代皇帝の肖像画と、レイバーン帝の子供たちとの家族の肖像だ。
周辺には、レイバーン帝と縁の深い王族を順番に並べているようだった。その一枚に、幼いレイバーン帝とまだ皇子だったころの先代皇帝の肖像画がある。
先代皇帝とレイバーン帝は、たったの二十二歳差であったという。いとこ同士は、こうして家族の肖像をつくるほどに仲が深かったのだろう。
かつて疫病が猛威をふるい、王族には語り部を持つ王の後継者が六人もあらわれた時代があった。皇帝の座を狙って、のちの無能王オーガスタスの姉ユリア皇女は、弟を皇位に据えるために暗躍し、次々と候補者たちを屠っていた。それはユリア自身の子さえ例外ではない。
ユリアの息子である双子の皇子は、祖父であり当時の皇帝ダミアンの庇護のもと、戦乱のさなかにある宮廷を脱出し、疫病の治療法を探して国を出る。
当時、世界は大戦の真っただ中。双子が疫病の特効薬を探し当てるまで九年を要した。
九年の間にダミアン帝は斃れ、無能王は処刑され、ユリアは因果が巡るように疫病で惨たらしい死を遂げる。その後、玉座に座らんとする偽りの王が乱立しては失敗し、国は荒れていた。
そこに截ったのが、双子の兄であるジーン帝である。
サリヴァンは絵画の中にいる、子供のレイバーンよりもずいぶん小柄な青年を見つめた。
その隣の肖像画では、その小柄な青年の倍ほどの質量がありそうな弟が並んで立っている。
その肖像画は、レイバーン帝が即位するまでもっと目立つ場所にかかっていたのだろう。題がついていた。
『我が兄ジーンと我が弟コネリウス』
「この人が、ジーン・アトラス」
大望を成し、夭折した英雄。国を建て直した先代皇帝。
近代、語り部の書く物語で最も人気を博したのが、このジーン皇帝若かりしころの冒険譚だ。
陽気で大柄な弟コネリウスと、虚弱だが賢く立ち回る兄ジーン。
終盤、弟コネリウスは船の墜落事故で語り部を失い、王位継承権をも失くす。コネリウスは旅を続け、ジーンは皇帝に即位して平和をもたらした。双子の路は分かたれたが、その絆は消えることはない。そういう物語だ。
肖像画のかかった回廊は、東の端の塔へと続いてた。
アルヴィン皇子が目撃されたという鐘楼。サリヴァンはそこに向かっているのだ。
「何か手がかりが見つかればいいが」
「ここまで誰もいないのも不気味だこと。死体や血のひとつも無いっていうのはどういうわけ? 床も壁も、舐めとったみたいに綺麗だ」
「このあたりは建物もあまり壊れていないしな」
回廊のつきあたりの扉は開いていた。敷かれていた絨毯が途切れ、外気にさらされる石畳に変わる。庭園をまっすぐに通り、海側の城壁と一体化した鐘楼へと続いていた。
「血痕だ」
「……ああ」
それは、鐘楼の入り口から石畳の上を半ばまで通り、直角に曲がって庭園のほうに消えている。
「とりあえず塔の中を見てみよう」
血痕は、塔の階段の中を点々と続いていた。やはり、皇子を目撃した市民が言ったとおり、この血痕は鐘があるという最上階が起点なのだ。するとアルヴィン皇子は、傷を負ったまま連れ去られたことになる。
階段を上る足音と潮騒が響いていた。
「……誰かがいる」
ジジが先に気が付いた。音はじゅうぶん響いている。あちらも誰かが登ってきていることに気が付いているだろう。ただしそれは、サリヴァンひとりぶんのはずだ。
ジジが影に戻り、サリヴァンは最後の段を登りきった。海を見つめる背中が見える。
「……生きている人間が、まだいたとは」
男は振り向かぬまま呟くように言った。長い耳をしているが、身長がサリヴァンと同じほどしかない。そしてその特徴は、アルヴィン皇子と合致している。
「ここからすぐに逃げなさい。逃げられるところまで、どこまでも。ここには誰も来なかったことにしてやる」
ゆったりとした声。背後からでも、立ち姿に隙が無い。十四歳の少年が放つそれではない。
サリヴァンは一歩下がり、階段に足をかけた。
「皇子の行方を知っていますか」
細い肩がびくりと揺れた。
(……動揺した? )
「……おまえは誰だ」
男の体から青い炎が吹きあがったように見えた。
炎に包まれ振り向いた顔は、肖像画で見たばかりの姿をしている。青い瞳がサリヴァンをとらえ、「違う。あいつじゃない」と呟いた口からも、青い火の子を放った。
魔術師の知識において青い炎といえば、冥界に灯る死者たちの魂の輝きを指す。
あたりが一段霧が深くなった。魔術の奔流を感じる。
「あんたこそ誰だ。アルヴィン皇子の顔をしているが、別人だろう! 」
サリヴァンの言葉に、アルヴィンの顔をした男は、また動揺したように見えた。
「……わが名はジーン。この国の先代皇帝ジーン・アトラス。とうに死んだはずの男」
「……ジーン・アトラスだって? 」
「お前。早く逃げろと言ったはずだ。おれの眼に映ったものは、あの魔術師も見ているぞ! 」
追い立てるように男は……ジーンは叫んだ。
「皇子を救いたくば、奴らより先に探しだせ! この城の地下だ! 行け! コネリウス! 」
サリヴァンは言われるがまま階段を駆け下りた。背後から追ってくることもできたというのに、ジーンを名乗る男は追ってこない。
「あの人、キミの本名を呼んだよ」
「……いいや。おれの名前を呼んだわけじゃない。たぶんな」
(あれが本当にジーン・アトラスであるなら)
サリヴァンは一目見て、その男に似ていなかっただろう。大きな体も、尖った耳も、髪や瞳の色も。顔立ちだってぜんぜん違う。
けれどもしかしたら。外見ではないところが、あの男にとっての『コネリウス』に似ていたのだとしたら。双子の弟との繋がりに気が付いたのだとしたら。
「あいつの呼んだコネリウスは、ひい爺さんだ」
それは息をひそめるほど、神聖な繋がりに思えた。
やはり、あの男は先代皇帝のジーン・アトラスその人なのだ。
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