第20話 永遠の記憶と幻影の庭(7)
「それでは、鑑定も終わったことですし私はこれで……」
エリーゼが帰ろうとしたその時、誰かがこちらへ来たようだ。
軽やかな足音に振り返ると、見知らぬ少女がこちらへ駆け寄ってくるところだった。
長い髪をゆらして駆け寄ってきた彼女は、メイナードによく似ている可愛らしい令嬢だった。
薔薇のアーチの前で、彼女は躊躇ったように一度立ち止まった。
「あら、もうお帰りになってしまうの?お仕事の邪魔にならないように待っていたのだけれど……」
残念だわ、と視線を落としてしまう。
しかし、おいで、とメイナードが手招きすると少女はそれを待っていたかのように嬉しそうにこちらへ来た。
「初めまして、麗しの魔法鑑定士さん。ずっとお会いしたかったわ!セラフェン公爵様も来てくださっていたのね!」
まぶしい笑顔で、エリーゼの手を握る。
ダリウスとメイナードは友人なので、彼女と面識があるのだろう。
「妹のヴィオラです。貴方の噂を聞いて以来、ずっと会いたがっていまして」
「まあ、そうだったのですか。私は魔法鑑定士のエリーゼ・トワイライトと申します」
そう挨拶すると、ヴィオラも令嬢らしくお淑やかに挨拶をしてくれる。
「ヴィオラ・フォルシーですわ。第二王子殿下の誕生日パーティー以来、社交界ではあなたの噂で持ち切りで、ずっとお会いしたいと思っていたんですのよ」
どうやら宣伝効果は思っていたよりも強かったようだ。
若く好奇心旺盛な令嬢たちにとって、エリーゼは不思議な存在に映ったのだろう。
「この本はどのような鑑定結果でしたの?私、気になりますわ」
「この魔法書は、記憶を読み取り記録し、それを幻影で映し出すという珍しい魔法を持っていました。私でも見たことがないもので、なかなか貴重なものですよ」
「まぁっそうでしたのね!なんて不思議なのかしら、とっても面白そうですわ!」
面と向かって、きらきらした瞳で見つめられると、これがどのようなものなのかそのまま話すことははばかられてしまった。
できる限り真相は濁して話したが、少女の純粋な好奇心を裏切るようなことはできないのだ。
メイナードは彼女とこの内容について話し合うと言っていたが、できるだけショックを受けるような場面は省いてあげてほしいと思ってしまう。
「それで、鑑定士さんは公爵様とは、やっぱり恋人なのかしら?」
魔法書もそこそこに、ヴィオラが唐突に寄越した質問に、エリーゼは一瞬目をぱちくりとさせて固まってしまった。
「……え!?違いますよ!」
そんなに勢い良く否定しなくても、とダリウスの不満げな視線が突き刺さる。
そのようなことが噂されていることは知っていたが、まさか面と向かって聞かれるとは思ってもいなかったのだ。
「あら、そうでしたの?でも、お二人がとっても仲睦まじいご様子でしたから、まるで恋人のようだとみなさん噂してらっしゃるのよ」
あの誕生日パーティーでのことだろう。
それ以前からも色々と言われていたので、ヴィオラ嬢は信じて疑わないといった様子だ。
「本当は、恋人なのではなくて?大丈夫よ、秘密はお守りしますもの」
「いえいえ、本当に違いますから」
もしやずっと会いたがっていたというのは、これを聞くためではなかろうか。
年頃の噂好きの令嬢ならば、あの公爵が唯一親しくする謎の女性となれば興味が沸くのも仕方がないのだろうが、わざわざ本人に確かめようなんてなかなかの行動力だ。
「公爵は、私の兄弟子なんです。恋人ではなくて、強いて言うなら『家族』のようなものでしょうか」
そう言えば、ヴィオラはなんとか納得してくれたようで引き下がってくれた。
「家族、か……。良いな」
エリーゼの言葉を聞いて、ダリウスが何度も繰り返しては嬉しそうな顔をしている。
普段の冷めた顔はどうしたのだと言いたくなるぐらい、満足気な表情だ。
こっちは自分の気持ちを抑えるのに精一杯なのに、相手がこの調子では誤魔化すにも誤魔化し切れなくなってくるだろう。
とはいえ、エリーゼにとって師匠もダリウスも家族と言っていいほどの存在であることは事実だ。
師匠に育てられ、兄弟子の背を追いかけてきたのだから。
「では、公爵様と鑑定士さんは仲良しの兄妹ということですのね。それはそれで憧れますわ!」
「えぇ、僕じゃだめなんですか……!?」
「お兄様のことは大好きですけれど、それとこれとは違うのですよ」
メイナードが崩れ落ちてしまった。
世間で恐れられているダリウスとの仲に憧れるだなんて珍しい、と思ったが、ダリウスはルックスだけは人気があるのだ。
黙って真面目な顔をしていれば、相当な美丈夫だというのはエリーゼも身をもって知っている。
「妹として公爵様の寵愛を受けるなんて、私のお友達が聞いたら嫉妬で涙を流しそうですわ」
「阿呆か。そんな奴いるわけないだろ」
ダリウスはぶっきらぼうに言葉を返すが、ヴィオラは負けじと言い返す。
「あら!そんなことありませんわよ!最近の公爵様ったら、今までのイメージと違って愛する人には一途で誠実だって、令嬢たちを虜にしているんですのよ」
「そうだな。俺は愛するエリーゼには一途で誠実だ。だがそれ以外の奴はどうでもいい。結婚相手は現実的に探せと伝えておけ」
「あらまあ。そういう物言いは相変わらずですのねぇ」
ヴィオラはくすりと笑うが、ダリウスは見向きもしなかった。
しかし、地位や魔法使いとしての実力を考えれば、魅力的な人物であることには違いない。
(いつか公爵も、どこかの家のご令嬢と結婚するのよね……)
うっかり先程の決意を折られそうになって、気をしっかり持たねばと首を振る。
余計な考えはいらない。
例え叶わないとしても、彼の隣に立つに相応しい魔法使いになることは決して曲げることは無い目標だ。
「でも鑑定士さんにとって、公爵様と偉大なる大魔法使い様が家族なら、あの方々たちはどうなるんでしょうね。何人もいらっしゃるんですのよ、鑑定士さんの自称ご家族が」
公爵との仲を勘ぐられたのなら、この質問もくると思っていた。
「一応聞きますけれど、どなたのことを仰っているんです……?」
師匠が色々と取り計らってくれたおかげで、エリーゼは色々と過去の経歴を隠して生きていられる。
だがそのおかげで、エリーゼは社交界では正体不明の魔法使いの少女という扱いになるのだ。
トワイライトという姓の貴族も当然いないので、誰かの隠し子であるだとか、セラフェン公爵家の遠縁の娘だとか、様々に言われている。
過去には、公爵に取り入りたいがために、エリーゼを養女にしたいという申し入れをしてきた貴族もいた。
過去を知られないのはありがたいことでもあるが、その空白になんとか己が入り込みたいと画策する人々もいるということだ。
「そうねぇ、バラクエル子爵家やアルエラ商会の商会長さんですとか」
「どちら様でしょうか……」
「シャローザ伯爵家の養女だというお話もありますわ」
「うーん、あの方まだやってるんですか……」
一度養女の申し入れを断った相手だ。
まさかエリーゼに断られるなんて微塵も思っていなかったのだろう。
一旦言いふらしてしまったことはなかなか取り消せないようだ。
「あとは、スミスター男爵家かしら。男爵令嬢のニーナさんは、あなたの妹らしいわね」
「……」
様々な偽物が並んだ後に、ようやく本物のお出ましだ。
ヴィオラは彼女が社交界で吹聴していることを色々と並べてくれたが、その半分も聞かないうちに、エリーゼはただ笑うだけだった。
「世の中には、不思議な人たちもいるものですね」
怒るわけでも悲しむわけでもなく、ただ微笑む。
「私は、誰の娘でもなく、ただの魔法鑑定士のエリーゼ・トワイライトです。先程もいいましたが、私の家族は素晴らしい師匠と、世界で一番かっこいい兄弟子だけですから」
「……素敵ですわ!やっぱり魔法鑑定士さんは私の思った通りの方でしたのね!」
これがヴィオラの期待していた回答だったようだ。
花の咲くような輝かしい笑顔で、ヴィオラは笑っている。
「皆さんにお伝えしなくてはね!」
ということは、ヴィオラによりエリーゼの様々な噂が打ち消されることを期待してもいいのだろう。
社交界の貴族たちにダリウスとの仲を面白おかしく騒ぎ立てられるのは困るが、これで、エリーゼが一筋縄ではいかない娘だということがわかってくれるはずだ。
「それでは私はこれで。また会いましょう、お嬢さん」
優雅に礼をして、エリーゼは踵を返す。
今度はヴィオラも何も言わず、見送ってくれた。
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エリーゼが去っていった後、静かになった庭園で、ダリウスがおもむろに口を開いた。
「わざとだろ、今日俺とエリーゼを一緒に呼び出したのは」
「いやいやすみませんでしたねぇ。でも、分かってても付き合って下さってありがとうございます」
メイナードに鋭い視線を向けるも、彼はにこやかに笑って受け流した。
「このチビが言い出したことなんだろ、言われなくても分かる」
ダリウスの言葉にヴィオラが頬を膨らませる。
「まあっ、チビだなんて酷いですわ!私はただ、魔法鑑定士さんの噂を確かめたかっただけですのよ」
目を細めて、少し翳りのある顔をする。
「近頃のニーナさんは鑑定士さんを自分のアクセサリーか何かと勘違いしてらっしゃるご様子だから、ちょっと手を出して見たくなっちゃっただけですわ」
そう言って笑った顔は、年頃の令嬢には相応しくないなかなかに狡猾な笑みだった。
今日、エリーゼが魔法鑑定に来ていた時にタイミングよくダリウスも居合わせたのは偶然ではない。
それは、ヴィオラが会いたいとねだったことが理由なのだ。
ニーナがエリーゼの実の家族であるという確信を得た上で、エリーゼがきっぱりそれを否定すると分かっていたのだろう。
エリーゼ一人ではなく、ダリウスとエリーゼが揃っている所なら恋人という噂の真相も確かめやすいということだ。
ヴィオラに対してエリーゼへの恋心を語ったことは一度もなかったし、今後も無いと思っていたが、まさか向こうからつつかれるとは思わなかった。
「余計なとこばっかり兄貴に似やがったな」
「なんとでも仰ってくださいな。でもお気をつけてくださいね、公爵様。鑑定士さんを利用してあなたに取り入りたい人も、鑑定士さんを蹴落としてあなたを略奪したい人もいるんですから」
「ご忠告どうも。だが俺は、売られた喧嘩は買う主義だ」
ヴィオラの不敵な笑みは、彼女の兄よりもしたたかであった。
しかし、ダリウスにとってそのような問題はわざわざ対処するべき程のことでは無い。
なぜなら、彼の意思は絶対に揺るがないからだ。
「誰がなんと言おうと、俺はエリーゼだけを愛し続ける」
ダリウスはそう言って去っていく。
だが、ヴィオラの言う通りになったのは、そのわずか後日のことであった。




