第16話 永遠の記憶と幻影の庭(3)
「いかがでしたか?楽しんでいただけたのなら幸いですねぇ」
わざとらしくにやにやしているメイナードの隣で、ダリウスの手が、瞬く間に青焔を出現させる。
「こんな魔法、今すぐ消えてなくなった方がいいだろうな」
「わっ!ダメですよ、そんなことしたら!」
慌てて宥めると、なんとかダリウスは焔を消してくれたが、今すぐにでも灰にしてしまそうな勢いだった。
「でも、ダリウスにもかわいいところがあるものでしょう?」
「そうですね。公爵の学生の頃を私は全く知らなかったので、なんだかすごく新鮮でした」
制服姿というだけでもかなり貴重なものを見れたかもしれない。
まさか、クラスメイト相手に自分の話をされていたとは、エリーゼはまったく想像すらしていなかったが。
「俺の話はもういいだろ。メイナード、お前後で覚えておけよ」
「今度こそ燃やされちゃいますかねぇ」
メイナードはダリウスに襟元をがっちり掴まれている。
喧嘩という名のじゃれあいをしている二人をよそに、エリーゼは再び魔法書に向き直った。
「この魔法書の力は素晴らしいものですよ。さっきみたいに、あれほど精巧に幻影を作り出せるなんて、絶対に貴重な品です。それも、人の記憶を読み取って、なんて。ますます興味が湧いてきますよ!研究してみたいですね……!」
エリーゼはうっとりと熱の籠った眼差しで、隅々まで舐めまわすように見ている。
エリーゼは魔法が大好きだ。
この奇妙で緻密な魔法について、もっと詳しく知りたくて仕方がない。
「この魔法も、よく思いつきましたね……。本を介して記憶を読み取る、それも事細かに……」
ぶつぶつ呟いては、あれこれ考えて夢中になっている。
「ふふっ、楽しそうですねぇ」
「あっ、すみません。お恥ずかしいところを……」
ちょっとはしゃぎすぎたかもしれないと、エリーゼは顔を赤らめた。
以前も、魔法研究機関のテレンスの前で似たようなことをしてしまったことがあった。
「いつもこうなんです。夢中になると子供みたいにはしゃいでしまって」
「いえいえ、いいんですよ。貴方が喜んでくださったのなら、見つけた甲斐が有るものです」
メイナードはうんうんと嬉しそうに頷いている。
「しかし、ずいぶん懐かしく感じますねぇ」
「卒業してもう5年か。お前はまったく変わらないな」
ダリウスたちが帝都のアカデミーを卒業してから、5年は経っている。
ダリウスが師匠の元を去ったのは8年前のことだ。
そう考えると、メイナードはエリーゼよりも何年もダリウスのそばにいるので、ちょっと羨ましくも感じる。
それに、ダリウスの学生姿ももっと見てみたかった。
メイナードはエリーゼが直接見たことの無い学生服のダリウスを、毎日のように見ていたと思うとますます羨ましい。
(いやいや、何を考えているんですか私は……)
ひとしきり羨ましがってから正気に戻り、彼らの会話を眺めるだけに徹する。
これ以上は良くない。
「そういうあなたは、それなりに成長したんじゃないんです?僕たちの中でもダリウスが一番出世しましたし」
「出世ってほどじゃない。まさかこんなに早く家を継がされるとは思わなかったんだ。親父のやつ、俺には家のこと任せっきりで自分たちは領地で気楽に暮らしてんだぞ。それに、メイナードだってもう侯爵みたいなもんだろ」
「嫌ですよ、僕は仕事はしますが目立つのは困ります。爵位とか面倒そうなのは遠慮させてもらってますから」
侯爵家の当主という役目は、確かに重圧がかかるものだろう。
しかし、今の時点でメイナードは次期当主としての働きを完璧にこなしているどころか、今や侯爵家の運営のほとんどを担っている。
ダリウスとメイナードの二人が同じ立場に並ぶ日も、そう遠くはないだろう。
「それより、この本、どうします?僕としては、扱いをどうしていいのか悩んでいるところなので、かわいい魔法使いさんに預けたいとも思うんですが」
「それ私のことですか?」
「他に誰がいるんだ」
ダリウスが真顔でそう言ってきた。
エリーゼは少し考えてから口を開く。
「私はやはり、侯爵家の方々で一度話し合って欲しいです。この方が魔法を残した理由も踏まえて、皆さんに真相をその目で見てから考えていただいた方が良いと思うのです」
もちろん、この魔法書をもっと研究したいのは変わりませんけれど、とエリーゼは付け足した。
この魔法は使いようによっては誰かの人生を歪めることだってできる。
なにせ、記憶をそのまま読み取るだけでなく記録までしてしまうのだ。
絶対に隠したい秘密、重大な事件の手がかり、なんだってできる。
けれど、これを作った人の本来の目的はそこにはない。
「いくら懺悔のためとはいえ、今となっては誰も覗く人はいないのは悲しいですから。愛していた人を裏切ってしまったのも、きっと何か理由があったのではないかと私は思います。そうでなければ、わざわざこんなに細かい魔法を作り出したりしませんから」
やっぱり、この魔法が読み取った彼の記憶を見なければならない。
メイナードはエリーゼには恐ろしすぎると言ったが、そのくらいの覚悟はできている。
「そうですねぇ……おや?」
改めて魔法書をメイナードに渡そうとしたが、なぜか本はエリーゼの手を離れない。
それどころか、誰も魔法を使っていないというのに、突然淡く光りはじめたのだ。
「えっ……!?」
「エリーゼ!」
ダリウスがエリーゼに腕を伸ばすが、魔法書はエリーゼの手を離れないので逃れることはできない。
エリーゼの視界は、瞬く間に光に包まれていく。
一体、何が起きているのか。
エリーゼは光の中で、どうすることも出来ず、ただ景色が移り変わるのを待つしかない。
(……ああ、そういえば前にもこんなことがあった)
似たような光景を以前もどこかで見たような気がすると考えたが、思い出した。
ウォルロック伯爵邸で、魔法の遺書を調査していた時だ。
確かあの時は、エリーゼが偶然見つけた魔法書が暴走して、中から出現してきた魔物に襲われそうになった。
ダリウスに守ってもらい事なきを得たが、今まさにその時と同じような状況になっている。
前との違いは、今度はダリウスでもどうにもならない状況だということか。
(眩しい……!)
エリーゼが目を閉じ、開いた次の瞬間。
そこに拡がっていたのは、色とりどりの花が咲き誇る庭園だった。




