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第15話 永遠の記憶と幻影の庭(2)

「ええそうです。この物語に登場する青年は、我がフォルシー侯爵家の何代か前の当主のことですよ」


ひょっとするとと思って聞いたのだが、その予想は的中していた。


「もしかしてと思って調べてみたんですが、経歴がそのまま同じ人がいましてね。おそらく、この魔法書を書いたのもその方なんでしょう」


「忘れ去られたというわけではなく、意図的に忘れたということか」


ダリウスが険しい顔でそう言った。


「はい。このような事実、侯爵家にとっては醜聞ですからねぇ」


メイナードの言う通りだろう。

由緒正しき侯爵家の跡継ぎが、不倫騒動の末に貴族を殺害。

挙句の果てに自分一人だけ知らない顔をして侯爵家へ去っていってしまったのだ。

これ以上ないゴシップだろう。


「おそらく、その方は自らの犯した罪を消し去ることができなかったのでしょう。この魔法は、記憶を読み取り再現するだけでなく、それをそのまま記録するんです。ここに綴られている物語は全て、その方の記憶をそっくりそのまま写し取ったものでしょう」


「記録する、とは?」


「ここを見てください」


半分以上白紙だったが、物語が終わっていた箇所の次のページに、先程までなかった文字が新たに綴られている。


「これ、さっきのか……!」


ダリウスが気づいた時には既に遅く、メイナードがにやにやしながら文字を読み上げた。


「どれどれ、『ぼく、師匠のつくるレモンのタルトが食べたいよぉ』……あなたそんなこと言ってたんですねぇ。可愛いじゃないですか」


「……ふん、なんのことだか」


ばっちり書かれているのに、ダリウスは無視を決め込んだようだ。

しかし、その表情は険しく、今すぐにでも本を引き裂いてしまいそうな恐ろしい形相をしている。


(あー、そういえば師匠のレモンタルトを気に入ってたなぁ)


子供の頃のことを思い出した。

普段師匠に喧嘩を売ってばかりのダリウスが、レモンタルトを出された時だけ妙に大人しかった。

どんなにやんちゃな弟子でも好物には抗えなかったというわけだ。

先程はどのような魔法なのかはっきりイメージできていない中で偶然成功したものなので音までは聞こえなかったが、今度は何を話していたのかも事細かに聞きたくなった。


「しかし、本当に不思議な魔法ですねぇ」


「きっとこの方は、償いとして自分の記憶を残すことを選んだのでしょうね。この魔法書が消えない限り、彼のしてしまったことは永遠に記録されていますから」


見捨ててしまった、かつて愛した人のことを悔やんでいたのだろう。

だから、こうして形に残していたわけだ。

しかし、それに対して意外にもダリウスが冷たい反応をした。


「後悔するぐらいなら、最後まで愛した女と罪を背負えよ。その覚悟が無かったくせに、何が償いだ」


「はははっ、こればかりはあなたの仰る通りですよ」


吐き捨てるように言い放ったダリウスに、メイナードは笑顔で同意している。


「なんで公爵がそんなに怒るんです?」


「この人は愛に生きる人ですからねぇ。こういう話は許せないんでしょう」


確かにダリウスはいつもエリーゼを口説くような真似ばかりするが、愛に生きると言われるほど情熱的な人だっただろうか。


「茶化すな馬鹿」


「わあ酷い」


酷いとも思ってなさそうな表情で、メイナードはおどけてみせる。

そういうちょっとふざけたところが、ダリウスと上手く付き合ってられる秘訣なのだろう。


「そういえば、さっき公爵が見覚えがあると言っていたのは、師匠のところで記憶探知魔法でも習ったからではないでしょうか?でもそんなのいつ習ったんですか?使ってるところ、見たことないですけど……」


「別にそれは実用性が無かっただけだ。なんだっていいだろ」


「な、なんかやけに素っ気ないですね」


もしやメイナードに対する怒りがこっちにも飛び火してきたのかと思ったが、エリーゼの言葉にダリウスはハッとしたように焦りはじめた。


「今のは俺が悪かった。怒ってるわけじゃないんだ!」


さっきまでメイナードに対して怒っていたわりに、急にしゅんと沈んだ顔で謝ってくるダリウス。

それぐらいのことでエリーゼがダリウスを嫌いになったりするはずが無いのに、やけに必死なその様子が何となく面白くて、無愛想に対応されたことも気にならなくなった。

冷酷な公爵様が妹弟子のご機嫌取りに必死になっているだなんて、世間は思いもしないだろう。


「ともかく、魔法書の正体は、かつて侯爵家の主であった人の懺悔そのものだったと考えて良いでしょう」


ベッタリくっついてこようとするダリウスを押し返しながら、エリーゼはそう言った。


「では、この魔法を使えば、彼の物語を幻影として映し出すことができたりするんですかね?」


「おそらくは。わざわざ読み取るだけでなく記録するのは、そういう理由だと思います。当事者がいなくなっても、魔法書そのものが覚えていますから」


「なるほど、そういうことでしたか」


メイナードは納得したように頷いた。

ページには所々汚れて読めない部分もあったが、魔法書は一つたりとも欠けることなく覚えているはずだ。

魔法なら一つとして欠けることなく映し出せるので、彼は絶対に自分の犯した罪を事細かに記録せねばならないという思いに駆られていたのだろう。

一旦は冷酷になったはずの彼がどうしてそこまで後悔しているのか、そのきっかけとなったところまで読み取れるはずだ。


「映し出してみますか?」


「いえ、今はやめておきましょう。純粋な貴方には、きっと刺激が強いでしょうから。それより、先に考えるべきはこれを今後どう扱うか、ですねぇ」


メイナードの言葉に、確かにと頷く。


「魔法としては価値がありますが……侯爵家としては、どうでしょうか。残しておくのは嫌ではありませんか?」


侯爵家の体裁を考えれば、あまり人に知られたくないものでもあるだろう。

惜しい気もするが、処分すると言われても致し方ないと思っていたのだが、メイナードは違ったようだ。


「いいえ、全然。彼の罪はともかくとして、むしろ、ますます興味が湧きますよ」


「え?」


「社交は完全に妹に任せているので、公表するかは別ですが……色々、見たいと思いません?」


わくわくした顔でそう言われても、エリーゼにはピンとこない。


「何をですか?」


「だから、ダリウスのあんなところやこんなところですよ」


思わずぎょっとした。

とんだ命知らずがまだここにもいたとは。

ダリウス相手にそんなことを言ってしまえるなんて、ダリウスが怒るに決まっているのに、一体メイナードはどんな度胸をしているのか。


「は?お前何言って……」


慌てて止めようとするダリウスを横目に、エリーゼの手からさっと魔法書を取り上げる。


「ものは試しです。ちょっと見てみましょうよ!」


「おい、まさかお前……!」


幻影の庭園(アルカナ・ホルトゥス)!」


「やめろっ……!」


ダリウスの叫びも虚しく、キラキラと魔法が弾ける。

メイナードの魔力は、エメラルドのような綺麗なグリーンだった。

緑の火花を放ちながら高らかにメイナードが呪文を唱えると、エリーゼの目の前にはある光景が浮かび上がってくる。


(これは……二人の、学生時代?)


黒いローブを羽織り、制服を身にまとったダリウスとメイナードが、他の生徒と共にどこかの教室で話をしている。

今よりも顔立ちがどことなく幼く、まだ若い学生だ。


『──────でもやっぱり、俺達も恋人が欲しいよなぁ』


生徒の内の一人が発した言葉を皮切りに、皆が沸き立つ。

クラスの誰が可愛いだとかあの先輩が気になるだとか。


『お前たちはどうなんだよ。気になる人は一人ぐらいいるだろ?』


その横で我関せずといった顔をしていたダリウスとメイナードに生徒たちはそう聞いている。

真っ先に答えたのはメイナードだった。


『僕の理想の恋人の話ですか?髪は長い黒髪がいいですね。身長は162センチで、綺麗なソプラノの声で歌を歌ってくれる人がいいですね。読書が好きで、休日は僕と一緒に庭で本を読んでくれると嬉しいです。デートに行くとしたら』


怒涛の勢いで語り出すメイナードに、全員がうんざりした顔になった。


『いいって!もういいよ、メイナードの空想彼女の話は』


『空想じゃありませんよ、理想の話です。じゃあ僕の話が嫌なら、ダリウスはどうなんです?あなた、前に心に決めた人がいるとか言ってましたよね』


途端に、生徒たちは信じられないと笑いだした。


『ダリウスが!?いやいや、まさかそんな。ダリウスに好きな人なんているわけないだろ』


どうやら学生時代からダリウスは、むすっとした顔で人を寄せ付けないオーラを放っている様子。

しかめっ面で笑わないダリウスが、恋愛に夢中になる様子なんて彼らにとってはおかしな話でしかないのだろう。

しかし、次の瞬間ダリウスが放った言葉に彼らはひっくり返ることになる。


『好きな人ならいる』


『え!?』


『俺にだって好きな人はいる。何か問題でもあるか』


『誰なんだよ!?』


一斉に皆が興味津々といった様子で群がる中、ダリウスはただ一人の名前を口にした。


『エリーゼだ』


『エリ、……誰?』


当然、アカデミーの生徒たちはエリーゼの事など知りもしないので崩れ落ちる。

そんな彼らの反応に構わず、ダリウスは長々と語りだした。


『エリーゼは世界で一番可愛い俺の妹弟子だ。歳は四つ下で、ピンク色の髪にガーネットのような美しい赤の瞳で、身長は少し小さいが、妖精のように愛らしい。なにかと好奇心旺盛で魔法の練習に熱心だが、いつも俺についてまわって、小動物みたいなんだ。お前ら全員、エリーゼに会ったら失神するぐらい可愛いんだぞ』


『どんな可愛さだよ!?』


普段の恐ろしい様子はどこへやら、ダリウスがエリーゼに夢中でたまらない様子に皆が唖然としている。


(ちょっと、あの人こんなこと話してたんですか……!?)


幻影を見ているだけのエリーゼは、恥ずかしくてたまらなかった。

幻影なのでエリーゼにはどうにも出来ないことだが、もう少しちゃんとした紹介をして欲しかった。

なんなんだ、失神する程の可愛さって。


『じゃあそんなに好きってことは、頻繁に愛に行ってるのか。羨ましいな』


『いや。師匠のところを出てからもうずっと会ってない』


もう何年も会いに来てくれなかったのは、エリーゼも気になっていたことだった。


『どうしてなんです?まあ大体予想はつきますけど……』


『俺は、一人前になるまでエリーゼには会わないって決めている』


ダリウスはぐっと拳を固く握りしめ、そう宣言した。


『師匠の事を片手でぶっ飛ばせるぐらい強くならないと、あいつに相応しくない』


『大魔法使いを片手で倒すとは、あなたもなかなか大変ですねぇ』


メイナードはくすくす笑っている。

しかし、からかうようなものではなく、心からダリウスの思いを理解した上での笑いだ。

日頃は愛や夢など微塵も信じていなさそうな男が、真剣に夢を語っている。

メイナードはそれを見ることができて、嬉しくてたまらないといった表情だった。


シルヴァルドを片手で倒すというダリウスの目標が、本当にエリーゼに相応しい相手になるために必要なのかどうかはともかく、えりとしてもダリウスの秘めたる思いを聞けたのは偶然にしても幸運なことだっただろう。


きっと彼は、エリーゼには恥ずかしがって言ってくれないだろうからだ。

普段はエリーゼを既に自分の恋人にしたかのような振る舞いなのに、肝心なところで弱気になってしまう彼が愛おしくて仕方がない。


(そろそろ、幻影も終わりですかね)


再び、ぱあっと明るい光に包まれて、エリーゼたちは元の庭園に戻ってきた。


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