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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虐げられていた上に婚約破棄と処刑まで決まった聖女ですが、魔王と駆け落ちして幸せになることにしました

作者: 終夜翔也

久しぶりの投稿です。

長めの短編となりますがよろしくお願いします。

 とある森林にて、まるで人目を忍ぶようにポツンと豪邸が建っていた。


 広大な庭までついたそれはまるで王侯貴族が住む宮廷のような外観を誇っており、内装もそれに相応しく床に敷かれた高価な絨毯に天井に吊るされたシャンデリア、壁にかけられた精彩で緻密な絵画で彩られていた。


 青々とした葉が覆う周囲の風景とは場違いなまでに似つかわしくないが、それがかえって御伽噺じみた幻想感を醸し出しており、豪邸の荘厳さを引き立たせている。


 夢見がちな者や純粋な者ならばきっと胸を弾ませ、目を輝かせるであろうが、目敏い者は気付いてしまうだろう。

 その外観に反して豪邸が中の人間を閉じ込めるような造りをしているということに。


 「はぁ…………」


 広々とした間取りに不必要なほど高い天井、一切不足のない調度品で満ちた室内にいるその少女は端正な顔を曇らせ、暗鬱な溜息を吐いた。


 「【聖女】なんてもう疲れちゃったな……」


 少女――リズベットは美しい銀髪をかきあげると疲弊感を隠しきれない声色で洩らした。


 【聖女】とは強大な力を有する魔族の王であり、人類の脅威である【魔王】に有効なスキル【聖なる力】が発現した者のことで(男であれば【聖人】と呼ばれる)、リズベットは世界でも数少ない【魔王】に対抗できる存在だった。


 このスキルが発現したことにより彼女は【魔王】から世界を救う【聖女】として祖国である王国に担ぎ上げられ、魔族との戦いに身を投じることになった。


 しかし、これが疲弊の原因かと言われるとそうではないかった。


 確かに戦いは辛い。人間ではないとは言え、命を奪うのは心が痛むし怪我もする。

 でも、その分多くの人が救われて感謝してくれる。


 それがリズベットにとってなによりの励みでそれだけで頑張れると思っていた。


 少し前までは。


 彼女の疲弊の原因――それは魔族との戦いではなく彼女を囲む環境、味方であるはずの人間だった。


 リズベットは国王の娘という立場ではあるものの実子ではなく養女で元々は修道院に身を置いていたただの孤児だった。


 そんな出自の知れない少女の活躍をプライドの高い王侯貴族がよく思うはずもなく、リズベットはそういう連中から嫌がらせを受けていた。


 周囲はリズベットを内心見下していることを隠そうとしないし、義姉妹である王女達からはやっかみを受け、婚約者である第二王子は公爵令嬢と浮気に走る始末だ。


 だが、この程度で済んでいるのはまだマシかもしれない。

 邪魔者はどんな手段を使ってでも排除するのが王侯貴族の本分であり特権。彼らがその気になれば後ろ盾のないリズベットを始末するのは息をするよりも簡単なはずだ。


 そうしないのは彼らにとってリズベットが()()都合の良い道具であるからで【魔王】を倒すのに必要だからだ。


 しかし、【魔王】を倒した後はどうなってしまうのだろうか?


 そんなことを考える度、鬱々とした気分になる。


 逃げようと考えたこともあった。しかし、逃げようとしたところでリズベットには護衛という名目の監視が山のように付いており、それら全ての目を掻い潜ることは至難の技だ。


 そもそもこの豪邸"聖女の箱庭"も元々重要犯罪者を閉じ込めるために作られた監獄であり、長らく使われていなかったそれをリズベットの住居兼監視小屋に作り変えたのだった。

 人が暮らすには大きすぎる大きさも、多すぎる部屋の数も、入り組んだ迷路のような通路も、周囲から分け隔てられた立地も全てその名残だった。


 「はぁ…………」


 【聖女】になって明らかに多くなった溜息を再び吐く。


 子ども心に夢見る"白馬の王子様"が現れて自分を連れ出してはくれまいだろうか。そんなことを一人考え苦笑した。


 どうやら今日はいつもより疲れているらしい。


 疲弊しきった心身を休めるため早めの床に就こうとベッドへ向かう。

 

 「随分元気がないようだけど、どうかしたのかい?」


 そこへ聞き覚えのない男の声が鼓膜を撫でた。


 「!?」


 敵か、それともリズベットを煩わしく思う者からの刺客か、はたまた両方か。


 防衛本能が働き半ば反射的に攻撃を放とうとする。しかし、その攻撃が放たれることはなく、リズベットはまるで魂でも抜かれたように男に釘付けになった。


 夜空のような黒い髪に煌めく星のように美しい瞳、目鼻立ちは芸術の神が彫った彫刻を思わせるほどに過不足なく整っている。

 齢はリズベットよりも少し上だろうか。


 長い足を組み、窓枠に座るその青年はまさしくリズベットが思い描いた"白馬の王子様"そのものだった。


 「どうしたんだい?そんな一目惚れしたような顔をして」


 「あ……」


 まるで一流演奏者の奏でる楽器のような美しい声色で胸中を見透かされ、顔を赤くするリズベット。

 そんなリズベットを見た青年は愉快そうに笑い声を上げた。

 

 「アハハハッ!可愛い反応するなぁ」


 そう楽しげに笑うと青年は部屋に上がり込みズカズカと距離を詰めてくる。


 「わわわ……」


 「で、どうして元気なかったの?」


 顔を覗き込む形で再度尋ねてくる青年。わざとか無意識か、鼻が触れ合いそうなほど近づいた美形に狼狽するリズベット。


 「ちっ、近い!近いですっ!」


 近づきすぎた眩しい顔を遠のけようと肩を押すリズベットだったが、青年は笑みを絶やすことなくその場に縫い付けられたように離れようとしない。


 なんとか話題を逸らさなくては……


 「というより!わたしが誰でここはどこかあなたは分かって……」


 「今代の【聖女】、ここはそんな聖女様を守るための居城で王国内でも限られた者しかその存在を知らない"聖女の箱庭"だろ?」


 予想に反してこの状況を理解している青年にリズベットは絶句した。


 青年も言った通りこの国のほとんどの人間が【聖女(リズベット)】の所在はおろかこの"聖女の箱庭"の存在すら知らない。


 たまたまここへ迷い込んだ変わり者だと思っていたが、まるでこの場所に【聖女】がいることを知った上で訪ねてきたような口ぶりだ。


 「あなた……何者?」


 一転して警戒の目で問いかけるリズベット。


 それに対し、青年は貼り付けたような笑顔を崩すことなく沈黙を貫いたかと思うと……


 「それよりさ、先に答えておくれよ」


 リズベットの手を取り、ぎゅっと握りしめた。


 「ひっ!?」


 「君が落ち込んでいる理由をさ」


 いきなりのボディタッチにリズベットの警戒は面白いように吹っ飛び、代わりに体から湯気が噴き出しそうなほどの羞恥心が襲ってくる。

 まるで包まれた青年の手からその温かさが移ってくるように。


 「あ――あのっ!」


 振り解こうとするも青年の手が離れることはない。それなりの力で握っていることは確かなのだが、なぜか痛みは感じない。そういう握り方をしているからだろうか。


 「――――」


 それはリズベットが久しく受けていなかった思いやりであった。


 そうすると他のことにも気がいってしまう。


 例えば線の細い見た目に反して大きくて男らしく手をしているとか、男臭くなくて良い匂いがするだとか、瞳の色がとても綺麗だとか、これだけ距離を詰められても不快感がなく逆に心地よさを覚えてしまっているとか……


 (ああああああっ!ダメダメダメっ!)


 これ以上考えてはいけないと雑念を振り払うように頭を振るリズベット。そんな彼女の様子を青年は微笑ましいと言った様子で見ていた。


 「教えてくれたら離してあげる」


 そして、甘い声で囁いてくる。言外に理由を言うまで離さないぞ、とでも言うように。


 (それはホッとするけど少し寂しいというか……じゃくてっ!)


 青年の甘い声で痺れた頭をなんとか再起動させると

リズベットは悩みの種をポツポツと話し始めた。

 ほとんど愚痴に近い内容になってしまったが、青年は嫌な顔一つせずに静かに聞いてくれた。


 「なるほど……周囲からのいじめに王子の浮気か。ひどいことをするものだね。君みたいな可憐な女性をそんな風に……」


 「かっ、可憐なんてっ……!」


 またもや赤面させてくる科白に調子を狂わされるリズベット。


 落ち着くために一旦息をつくと代わるように暗い気持ちに襲われた。


 「わたしに聖女なんて柄じゃないんです。貴族の作法なんて固っ苦しくて馴染めないし、たくさんの人がイメージするお淑やかな女性を演じるのにも疲れました……」


 そう言うと青年に見られているのも構うことなく、座っていたベッドに仰向けに倒れた。


 【聖女】となり、ほどなくしてリズベットは気付いた。

 王国と民たちが求めているものはリズベットという【聖女】でははなく、【魔王】を倒し、世界を救う【聖なる力】を持った誰かだということに。


 誰もリズベットのことを見てはいない。

 彼らが見ている、或いは求めているのは【聖女】という名の虚像で【聖なる力】を持っているならリズベットでなくてもなんら問題はないのだ。


 それに気が付いたとき、リズベットは喪失感にも似た感情を抱いた。


 この【聖なる力(スキル)】を誰かに譲れるなら喜んで譲ってやりたい。そう思ったことはもう両の指の数では到底足りない。


 そんな悲嘆に暮れるリズベットを青年は感情を覗かせない双眸で見ていた。無関心にも、思うところがあるようにも見えるその表情は余人にその内心を窺わせない非人間的な雰囲気を纏っていた。


 そして、青年が何かを言おうと口を開く――


 「でも、もう大丈夫です」


 しかし、それを遮るようにリズベットがベッドから上半身を起き上がらせた。


 「あなたにこのモヤモヤを聞いてもらってスッキリしました」


 そう屈託のない笑顔を青年に向けてみせた。


 「それで……君はいいのかい?」


 そんな(リズベット)に青年は投げかける。


 「はい、それがわたしの存在意義ですから」


 断言するように真っ直ぐな瞳とともに答えたリズベットであったが、その赤い瞳に諦めの色が滲んでいることを青年は見逃さなかった。


 「……そっか。それならまた明日の晩、ここに来ていいかい?」


 しかし、青年はそれを指摘することなく代わりの提案を持ちかけくる。


 「え?」


 その意図が分からずに目を丸くするリズベットに青年は片目を閉じると詩でも読み上げるかのように言った。


 「君は僕に悩みを話してスッキリしたと言ってくれただろ?だから、毎晩こうして君の話を聞いて暗くなった気持ちを和らげてあげられないかって思ったんだけど、どうかな?」


 そう言うと青年は照れ臭そうに微笑を浮かべた。

 そんな優美な容姿に似合わない茶目っ気のある青年の仕草に胸がときめくのを感じる。そして暫しの沈黙の後、


 「はい!是非お願いします!」


 蕾が花開いたような満面の笑みで頷いた。

 この青年とまた会える。そう考えるととても心が躍った。まるで初恋を思わせるように。


 「リズベット様、どうかなされたのですか?何やら男の人の声が聞こえた気がしたのですが」


 だがその直後、ノック音とともにドア越しからメイドの怪訝そうな声がかけられる。


 「きっ、気のせいじゃない?男の人なんかいるわけないでしょ!」


 リズベットの動揺を隠しきれていない上擦った声での反論にメイドは呆れたとでも言いたげな溜息とともにドアノブに手をかける。


 早く部屋から逃さなくては。

 青年の方に顔を向ける。


 「あ……れ?」


 しかし、そこにはもう青年の姿はなく、ただ開いた窓から風が吹いていた。


 「失礼しますよ……あれ?」


 疑いを確信に変えて入ってきたメイドも予想に反した部屋の様子に目を丸くする。


 窓が開いていることには気付いたものの自分がノックしてから部屋に入るまでの間に逃げることは()()には不可能だろうと判断する。一応ベッド下やクローゼットの中を探してみるも誰もいない。


 メイドは狐につままれたような表情で首を傾げるも気のせいだったのだろうと考え、同じく目を白黒させているリズベットに向き直る。


 「今回は(わたくし)の気のせいでした。しかし分かっていると思いますが、許可を取らずこの屋敷に他人(ひと)を招き入れるといったことはくれぐれもしないようにお願いします。まあ、そんなこと出来ないとは思いますが」


 謝罪のひとつもなく、何故か注意を促してくるメイドに気色ばむものの他人(ひと)を部屋に入れたことは事実なので言い返す気にもなれず、素直に首肯した。


 リズベットの身の回りを世話しているメイド達は一般のそれとは異なり嫁入り前の貴族家の令嬢が勤めている。

 そのためリズベットを見る目は周囲にいる貴族達と変わらず、極力関わろうとはしてこない。

 嫌がらせのようなことはしてこないので他と比較すると幾分気楽ではあるのだが、心を許せる人物が誰一人いないのは精神的に辛いものがある。


 そんな中、突如として訪れた青年との邂逅はリズベットにとって暗闇に落とされた一筋の救いの糸。決して見失いたくはなかった。


 (嗚呼……彼に会いたいなぁ……)


 先ほどまで一緒にいたのも忘れ、恍惚の表情で青年との逢瀬を希った。


 ◇


 次の日の夜、屋敷に帰ってきたリズベットは壊れた楽器のような声を上げながら着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。


 今日は接待漬けだった。相手は【聖女】の活動を支援している商会の代表らに王国の軍事を統べると同時にリズベットの直接の上司である王国軍総帥とその取り巻きの将官達。


 一応普段から世話になっている人達なので機嫌を取るべく許嫁である第二王子が付き添う形で朝から晩まで方々へ赴いた。


 戦争と比べると肉体的な疲労は幾分楽だったが、精神的な疲労はこちらの方が遥かに上だ。


 何せ訪問した者達はことごとくリズベットを軽んじ、蚊帳の外に置いた。そればかりか主役を放ったらかし、ただの付き添いであるはずの第二王子と談笑に興じていた。


 彼らはリズベットは【魔王】が倒されるまでの付き合いにしか過ぎないと考えていた。なぜなら【魔王】がいなくなれば聖女(リズベット)の価値は薄れる一方なのだから。


 【魔王】を倒した直後は大丈夫だろうが、英雄の栄光というものは時を経るにつれ風化していくもの。やがで聖女(リズベット)は数多いる英雄の一人にしか過ぎなくなる。

 損得勘定の得意な商人や高官はそれをよく分かっていた。


 それならば尊き王祖の血を引き、子からその孫へと権威が受け継がれ続ける王族に媚を売った方が長い目で見れば得なことは一目瞭然。

 

 変に突っかかられない分気楽だと思うかもしれないが無視され続け疎外感を味わされるのは中々に堪える。


 「お前など不要だ」と暗に告げられているようで。


 「ううっ……」


 気がつくとリズベットは泣いていた。


 自分でも分からなかった。


 これくらいの仕打ちなどとうに慣れたはずなのに悲しくて堪らなかった。


 (彼に会いたい……)


 暗澹たる心象の中で救いの糸を求めるようにあの青年との再会を希う。

 また会いにきてくれると言ったあの言葉を信じて。


 「泣かないで。ありきたりな言葉だけどそんな顔、君に似合わないよ」


 そんなリズベットの願いが届いたように俯くうなじに耳障りの良い、労るような慈しむような声が落とされた。

 リズベットがパッと顔を上げると青年が優しげな笑みを浮かべそこに立っていた。


 ◇


 それから毎日のように青年はリズベットのもとへ来てくれた。


 【聖女】としての悩みから何気ない話まで青年は嫌な顔一つせずにニコニコと聞いて励まして、相槌を打ってくれた。


 青年の隣はとても心地が良かった。

 もうずっと話していたいくらいに。


 彼の笑顔が好きだった。

 彼の大きくて温かい手が好きだった。

 彼の労るような優しさが好きだった。


 そんな、ささやかでありふれた夜をくりかえしていくうちに、気が付けば青年だけがリズベットの拠り所になりそして――彼のことを好きになっていた。


 彼を理解したい。

 彼と手を繋いで歩きたい。

 彼とずっと一緒にいたい。

 彼と結ばれたい。


 そんな思いが心の底から止め処なく溢れてくる。


 しかし、それはもう叶わない願いとなってしまったことをリズベットは痛感していた。


 つい先日、長きに亘って駆り出した遠征の末に【魔王】を討ち果たしたからだ。


 本来なら喜ぶべきことなのであろう。


 だが、それは同時にリズベットの存在意義の消失に繋がった。


 魔王討伐の手柄を随行した第一王子の物とするため――というのは建前で実際は第二王子と公爵令嬢の婚約のために【聖女(リズベット)】に無実の罪を着せて婚約破棄とともに処刑するという計画を聞いてしまったのだ。


 例え用済みになったとしてもお飾りの地位を与えられ利用され続けられるか、最悪でも辺境での監視生活になると考えていたがどうやら甘い考えだったらしい。


 他人の恋路を成就させるためにリズベットは殺されてしまうのだ。


 しかし、偽りの【聖女】である自分には相応しい最期なのかもしれないと自虐的に思ってしまう。


 何度も言うが自分は多くの民草が思うような美しく、信心深く、高潔で清廉な【聖女】ではない。


 ただ【聖なる力】を得てしまっただけのどこにでもいる田舎娘なのだ。


 この美しい銀髪だってそうだ。

 【聖女】らしさを演出するために染めさせられただけで本当の――私自身の髪色じゃない。


 清く正しく生きようなんて心掛けてないし、譲れない信念があるわけでも誰にだって無償の愛を振り撒けるような優しさがわけでもない。


 自分を偽り続け、無垢な民草を欺き続けた罪業により【聖女】を騙る田舎娘は裁かれるのだ。


 そう思うことにしよう。


 諦めの極地に達したリズベットはベッドに身を投げ出すとまるで永遠の眠りに就くように力なく瞼を閉じた。


 「やっと明るい顔になってきたと思っていたのに……久しぶりに会ってみればま〜た酷い顔している」


 そこへすっかり聞き慣れた、しかしもう懐かしく感じる耳触りの良い声がかけられた。


 「……お久しぶりです。もう来てくれないと思ってました」


 声の主の正体は目を向けずとも分かった。


 リズベットはベッドに仰向けになったままいつの間にか隣に現れた青年に声をかけた。

 傍目には冷静さを取り繕っているように見えるがその声色の端々に喜びの感情が滲み出ているのを隠し切れていなかった。


 「何でそう思ったんだい?」


 「だって遠征中来てくれなかったから」


 「それに関しては寂しい思いをさせてごめんね。しかし、遠征ともなると人目も多い。君との密会が見つかる危険もあって容易に陣営へ近づかなかったんだ」


 「朝から夜まで厳戒体制の"聖女の箱庭"に毎回何事もないように侵入してくる人が何を言ってるんだか」


 呆れたように笑うリズベットに青年は肩を竦めた。


 「それで、落ち込んでいる理由は何なんだい?」


 その問いかけにリズベットは明るさを取り戻しつつあった顔色を再度沈めた。


 「……わたし、あなたにお別れを言わなきゃいけなくなりました」


 「どうして?」


 「【魔王】を倒して、もう要らない子になっちゃったから」


 「……そういうことか」


 青年は平坦な口調に僅かな苛立ちを乗せながら目を細めた。リズベットの言葉は酷く言葉足らずなものだったが、彼女の境遇とここまでの状況、知っている判断材料を全て照らし合わせることでその意味を正確に理解していた。


 「今まで……ありがとうございました」


 出来るだけ平静を取り繕った声で呟いた。


 「あなたに会えてなかったらわたしはとっくの昔に折れてたと思いますここまで来れたのは……あなたのお陰です」


 しかし、声はすぐに震えを帯び始める。


 「あなたに会えて毎日が楽しかった。毎日が輝いて見えた。今まではひとりぼっちでも耐えれたのに遠征中の……あなたのいない日がっ、とても……寂しかったっ……」


 ポツポツと雫が落ち、床が濡れる。それは涙だった。

 散々、泣いている姿ばかり彼には見せてきたのだ。せめて別れの最後くらいは泣かないと決めていたのに。


 「あなたともっと話したかった!あなたのことをもっと知りたかった!あなたともっと一緒にいたかった!」


 もはや取り繕うこともなく溜め込んだ思いを顔を濡らしながら吐き出す。


 これだけ大きな声で叫べば異変を聞きつけたメイドや見張りが駆け付けてくるかもしれないがもうどうでもいい。


 どうなろうと自分は死ぬのだ。

 彼と寄り添えることはないのだ。


 ならば伝えたい。

 この気持ちを、この思いを、この思慕を、この恋慕を、この恋心を、この熱情を。

 残すことなく、余すことなく、悔いの残ることのないように。


 「…………」


 青年はそんなリズベットの告白に何の反応も示さなかったが、目は決して逸らすことはなく、黙って聞いていた。


 しかし、しばらくすると困ったような笑みを浮かべ、リズベットに歩み寄ってゆく。


 「ぇ……?」


 そして、包み込むように優しく抱きしめた。


 「別れの挨拶なんて女の子がすることじゃないよ。そこは『わたしをどこかへ連れてって』言うところじゃないのかい?」


 青年はリズベットの頭を抱き寄せると耳に顔を寄せ、親が子に言い聞かせるように優しく、労るように囁いた。


 「それって……」


 「僕が君を助けてあげるって言ってるんだよ。あっ、どうせなら国王とか大勢が見てる前で連れてってあげようか」


 一変して悪戯でも企てる子供のような調子で言う青年にリズベットは再び涙を滲ませ、


 「その気持ちだけで、十分です……」


 そんなこと出来るはずがない、と声にならない呟きを洩らす。


 一応国の英雄であり、【魔王】を討ち倒した【聖女】を何処の馬の骨とも知れない男に連れ去られるなど王国の威信に瑕疵を付けることになる。そんなことを王国が許すはずがない。

 全勢力を以て青年を排除するだろう。


 王国軍の主力たる無敗の陸軍に加え、機動力に優れ、疾竜(ワイバーン)を駆る空軍、王国の隆盛を陰から支える機密局、国王直属のあらゆる汚れ仕事をこなす親衛隊。

 【聖女(リズベット)】を連れ去るということはこれら全てを敵に回すということだ。命がいくらあっても足りない。

 

 そんなことは青年も重々承知のはずだ。しかし――


 「出来るよ。信じて欲しいな」


 青年は言い切った。

 絶対の自信と確信を持って。


 「だから、希望を胸に待ってて欲しい。僕は絶対、君を迎えに来るから」


 リズベットの涙を拭うと青年は優しく笑った。


 ◇


 その後、しばらくして魔王討伐を祝う勲章授与式が王城にて行われた。


 参加者は王族、貴族、軍人と王国のトップが勢揃いであり、それだけこの授与式が盛大なものであることを示していた。


 ほとんどの者が浮かれた顔をしているが数少ない例外もいる。


 リズベットである。


 それもそうだろう。

 何せ彼女にとってこの授与式は功績を称えられる場ではなく、【聖女】を粛清する葬送式なのだから。


 青年との約束を忘れたわけではない。しかし、青年の言葉を鵜呑みには出来なかった。


 何せここには武力に秀でた魔王討伐の功労者が勢揃いしているのだ。それに首脳陣の護衛を目的とした大勢の兵士も待機している。


 これらの障害を踏み越え、【聖女(リズベット)】を連れ出すなど到底出来るとは思えない。


 しかし、リズベットにはどうすることも出来ない。力のない彼女は自分の"その時"をただ待つことしか出来なかった。


 ただし、心の中が諦め一色で染まっていたわけではない。

 リズベット自身もそれを自覚していたかは定かではないがその中には間違いなく、希望の色が滲んでいた。


 授与式はゆっくりと進んでゆき、最後にリズベットの番が回ってきた。

 空虚な拍手に見送られ前へ出ると義父である国王の前で膝を着く。


 「【聖女】リズベットよ。此度の魔王征伐にて貴殿は【聖女】の称号に相応しい活躍を見せ……」


 空々しい調子でお決まりの文言を続ける国王。これの終わりがリズベットの終わりだ。


 そして、国王が言葉を止めて、リズベットに勲章を与えようとした時、


 「お待ち下さい父上!」


 打ち合わせたようなタイミングで会場の扉が勢いよく開けられる。扉を開けた主は王族でありながら授与式の場にいなかったリズベットの婚約者第二王子シャルルだった。


 「まず私は【聖女】リズベットとの婚約破棄を宣言します!」


 「どういうことだシャルル!そんな勝手は許されんぞ!それに今は授与式の真っ最中でどういうつもりで……」


 「私は知ってしまったのです!【聖女】リズベットの恐ろしい所業を!」


 「何だと!?どういうことだ!?」


 まるで二流の演劇を見せられている気分だ。あらかじめ打ち合わせくらいはしていたのだろうが、間の取り方が下手すぎる。


 こんな猿芝居では全員を騙し通すことなど出来ないが、さしたる問題にはならないだろう。

 なぜなら王族の言ったことこそが真実となるのだから。


 「ここ最近、【聖女】リズベットの居城"聖女の箱庭"近くの町モンモラシにして多数の住民の行方不明事件が頻発しているのはご存知かと思いますが何と!その犯人こそがそこにいる【聖女】リズベットだったのです!」


 「何!?それは誠か!?」 


 相変わらず芝居臭いやりとりをする親子とそれに大袈裟に驚いてみせる他の者たち。


 無論嘘である。が、それを訴えたところでこの状況が好転するとも思えないので、しばらく黙って聞いていることにした。


 シャルルの言い分によるとリズベットは"聖女の箱庭"の使用人たちを脅して近くの町の住民達を誘拐させていたという。

 その動機についてだが、何とシャルルはリズベットが【魔王】と繋がっており、邪神降臨に必要な生贄を提供するためだと宣った。


 リズベットを確実に排除することだけを念頭に置いたあまりに突飛でリアルさに欠ける陰謀論だが、これも後に証拠をでっち上げるだろうから問題ないのだろう。


 「【魔王】に生贄を……それは断じて許されることではないな!処刑だ!処刑!!」


 「嘘です!大体どこにそんな証拠があると……」


 「とぼけるなこの売女が!既に証人もいるのだ!!入ってこい!!」


 流石に耐えかねたリズベットの声を遮るように怒鳴り散らすと扉に目を向ける。

 恐らく証人とは"聖女の箱庭"の使用人でここでリズベットのあらぬことを話し出すのだろう。


 (ふざけるな)


 こうなると分かっていたはずなのにそう思ってしまった。


 (わたしは王国のために、皆んなのために辛い気持ちを押し込めて戦っててきた。それなのに……どうして……)


 しかし、灯った怒りはすぐに立ち消え、代わりに悲壮感が湧き出してくる。

 どうして自分ばかりこんな目に遭うのだろう、と。


 そしてやはり青年は来てくれなかった。いや、もしかすると助けようとはしてくれていたが力及ばずここまで辿り着けなかったのか。


 ……そういうことしておこう。あの青年ならそうしてくれた気がするし、こんな【聖女(じぶん)】を助けようとしてくれた人が一人くらいいてもいいではないか。


 そんな最期なら今までの苦労も悪くなかったかもしれない。


 (そう言えば……彼の名前聞けてなかったな……)


 今更過ぎる後悔とともに閉じた瞼から涙が溢れ、それと同時に死を告げる扉が開いた。


 「………………え?」


 しかし、そこへ聞こえたのはシャルルの間の抜けた声だった。まるで予想外のことが起こり状況が理解できていないような。


 何があったのだろうと思いをリズベットは瞼を上げるとその目に驚愕の色を宿した。


 「…………!?」


 なんとそこにはいつもと違い、正装で着飾った青年が柔和な笑みを浮かべていた。


 「どう……して……」


 掠れた声でそう洩らすリズベット。


 「言っただろう?迎えに行くって」


 遠く離れたそこからまるで声が聞こえたように青年はウィンクした。


 「あら?誰かしらあの素敵な殿方は」


 「シャルル王子の言っていた証人でしょうけど……まるで宝石のように麗しいお顔立ちですわね」


 「私声お掛けしようかしら……」


 青年の登場に会場の婦女らが騒めき、吸い込まれるように目を向けた。


 いつもの平民然とした服装と違い、上下とも黒で統一されたフォーマルな貴族服に程度を弁えた金の装飾、そして肩には狼の毛皮で出来たマントを羽織っている。

 そこにリズベットの知っている爽やかさはなく、どこか危なげで妖しい色気を漂わせていた。


 「きっ……貴様は何者だ!私が呼んだのは"聖女の箱庭"の使用人たちのはずだぞ!大体厳重な警備が敷かれている王城にどうやって入って……」


 ここでリズベットとシャルルしか知らなかった事実が明かされる。


 青年が招かれざる客であることを告げられ怪訝に思う貴族たち。


 それに対して当事者である青年は慌てる素振りを見せず懐に手を伸ばし何かを取り出すと、シャルルの言葉を遮るようにそれを投げつけた。


 「ひぐっ!?……貴様ァ!私をいったい誰だと……」


 そこでシャルルは言葉を止め、顔に何か液体が付着していることに気が付いた。

 頬に手をやりそれを拭ってみるとそれは赤い液体だった。ワインかとも思ったがそれにしては妙に赤々しい。


 「……ひっ!」


 誰かが怯えたような声を上げた。それとほぼ同時にシャルルが投げられたものに目を向け、その理由を理解してしまった。


 そこにあったのは人の首だった。男女合わせて三つの。そして、その数はシャルルが待機させていた証人と一致していた。


 「はい、連れてきてあげたよ、嘘吐きさんたち。あと、たくさんいた見張りだけど、皆んな倒しちゃった♪」


 「うわああああああぁぁぉーーーーー!!!」


 後半部分が聞こえていたかは分からないがシャルルは目の当たりにした生首に恐怖し、発狂する。


 そして、遅れて気づいた周囲も同じような悲鳴を上げた。


 「お、お前たち!さっさっと奴を殺せええええええ!!」


 笑ってしまうほどの震え声で会場の警備兵に叫ぶシャルル。


 命令を聞いた兵士たちが青年に一気呵成に襲いかかる。

 控えめに見ても一人がどうにか出来る人数ではない。誰もが青年が血祭りにあげられる姿を幻視していた。


 しかし、それはすぐに覆される。


 青年はただ手刀を横薙ぎに振るった。

 それだけだった。

 それだけで立ち向かった兵士たちは鮮血を噴き出し、沈黙した。


 「なっ、なっ、なっ!?」


 声にならない声で慄き、尻餅をつくシャルル。その股下は既にぐっしょりと濡れていた。


 「き、貴様は何者だ!?こんなことをしてただで済むと思って……」


 次に声を上げたのは国王だった。指の本数では収まらない一瞬で兵士を全滅させた相手に対して王としての威厳を保とうと必死だ。


 「僕が誰かって?いいよ、教えてあげる」


 次の瞬間、青年の纏う雰囲気が一変した。



 人を寄せ付ける芳しい色香から周囲に恐怖と混乱をもたらす重苦しい重圧感へ――――そして、青年の姿もそれに合わせるように変わってゆく――――



 そこに麗しき漆黒の青年の姿はなく、肩から夜空のような大翼と頭から二本の角を生やした人ならざるものが佇んでいた。


 「僕の名前はベリアル。魔族の王にして一人の女の子を救いに来た――【魔王】さ」


 「…………え?」


 これに対して最も激しい動揺を見せたのはリズベットだった。

 それもそうだろう。何せ自分が心を寄せていた相手が人間ではなかったどころか倒すべき敵である【魔王】だったのだ。


 (今まで騙されてたの?)

 (何のためにわたしに近づいてきたの?)

 (どうして人間じゃないと気付かなかった?)


 様々な疑問や不信がリズベットの頭の中をグルグル回る。


 (いや、それよりも……)


 「戯け!!それなりの力を持っていることは確かなようだが、【魔王】は既に我々が倒したのだ!!もういるはずがないのだ!!」


 そう。【魔王】は既に倒された。他ならないリズベットの手によって。


 「ああ〜……それってあの老害(サタン)のこと?残念だけどアイツは【魔王】じゃないよ」


 しかし、その怒号を青年――ベリアルは嘲笑うように否定した。


 「正確には【魔王】じゃなくなったって言うべきかな?アイツは闇雲に戦いを起こすしか能のないヤツでね、若い魔族からはウケが悪かったんだよ。だから僕は若い魔族たちと画策して【魔王】のスキルをサタンから奪ったんだよ。そして、抜け殻となった老害たちを君たちに倒させた。魔族は世代交代して既に新しい勢力を築きつつある。――まだ、魔族との戦争は終わってないんだよ」


 落とされた特大の爆弾に会場全体が驚愕に震える。


 【魔王】が目の前にいる。

 魔族がまだ生き残っている。

 魔族との戦争がまだ終わっていない。


 なら、今しているこの魔王討伐の授与式とは何なのだろうか?


 「…………フッ……フフフフフ……フハハハハハ!……ハハハハハハハハ!!!」


 混乱が支配した空間にタガが外れたような哄笑が響いた。


 笑いの主は国王だった。


 彼は笑って、嗤って、咲って、呵って、哂って、破顔って、笑った――まるで都合の悪いことから目を背けるように。


 「何も問題はない……お前さえ……お前さえ倒せばいいのだ。そうすれば頭を失った魔族どもは瓦解する……お前さえ……倒せれば……」


 「確かにね。でも、言うは易く行うは難しだよ」


 「……皆の者……かかれえええええええええええ!!」


 腹の奥底から引き絞って出された王命に貴族らは己を奮い立たせるように、それに応えるように声を上げ、次々と魔法による攻撃を放つ。

 しかし、効かない。四方からの魔法攻撃を受けているにも関わらずベリアルは平然と歩み続ける。――リズベットに向かって。


 「ひいいいいっ!おい!貴様もさっさっと戦わんか!こういう時の【聖女】であろう!?」


 それを自分を狙ってると勘違いした国王が【魔王】と戦うよう命じる。先程まで切り捨てようとしていたくせに。


 「戦えと言ってるんだこの下民がっ!!誰が貴様を王族に押し上げてやったと思ってる?誰のおかげで英雄になれたと思ってる?この私のおかげであろう!?だから私のために戦えええ!!」


 分かってはいたが言葉にされると唖然とする。この国王の人としての浅さに。


 王族であることが最上の幸福であると信じ、それを他人に押し付け、恩までせびる。

 初めてここへ連れてきた時は国のために、世界のためにと言っておきながら「私のために戦え」と恥ずかしげもなく叫ぶ。


 どれだけ綺麗事を並べても結局は自分のためなのだ。

 【魔王】を倒した国の国王という称号が欲しいだとか、他の国より優位な立場になりたいだとか、全ての民から崇敬される存在になりたいとか、自分が助かりたいだとか。


 「お断りします。あなたのためなんかに戦いません」


 キッと国王を睨みつけ、リズベットははっきりと拒絶の意を突き付けた。


 「ッッ!貴様アアアアアア!!!」


 逆上した国王が平手を振り上げる。しかし、その手は振り下ろされる前に文字通り吹き飛んだ。


 「ぎゃあああああああーーーーー!」


 半ばなくなった腕を押さえ、苦痛にのたうち回る国王。


 その間にもベリアルはリズベットの前に辿り着いていた。

 背後に【魔王】が通ったことを証明するが如く屍山血河の光景を添えて。


 「待たせてごめんね」


 「…………」


 見慣れない姿で見慣れた笑みを浮かべるベリアルにリズベットは未だ戸惑いを捨てきれていない目で見つめていた。


 「今まで隠してきたことは謝るよ。でも、最初に魔族だってバラしたら怖がられると思ったんだ。許して欲しい」


 まるでリズベットの心を読んだかのように釈明の言葉を口にするベリアル。

 それは尤もだろう。魔族は人間にとっての脅威。それが目の前に現れたのなら関わりを持とうとなんて思わない。


 リズベットもそこに思うところは何もなかった。しかし――


 「じゃあ、何でわたしに近づいてきたんですか?【聖女(わたし)】は魔族(あなた)たちにとっての敵で邪魔な存在でしょう?」


 そこが不思議でならなかった。魔族のベリアルにとって【聖女(リズベット)】は天敵。生かしておいて百害あって一利なし。

 それなのにベリアルはリズベットに対し、優しくしてくれた。慰めてくれた。励ましてくれた。


 それなのにどうして……


 「まさか……わたしを利用しようとして……」


 一つの答えに達したリズベットにベリアルを首を横に振った。


 「違うよ。確かに……最初僕が君に近づいた理由は同族の脅威を倒すという普遍的なものだった。でも、【聖女】の居城に忍び込んでびっくりしたよ。だって、そこにいたのは"ただの女の子"だったんだから」


 「……え?」


 「飛ぶ鳥を落とす勢いで魔族を駆逐し続ける"救国の聖女"なんて聞いてイメージするのは美しく、信心深く、高潔で清廉な女性だろ?それが蓋を開けて見れば寂しがりで純心などこにでもいる女の子だったんだ。何とかしてあげたいって思うのはおかしいかい?」


 なんてことのないように言ってみせるベリアルに困惑する。


 本当にそれだけの理由で殺すことをやめたというのだろうか?


 そんな優しい理由で――


 「あ……れ……?」


 涙が滲む。


 しかし、決して不快ではない。いつものように悲しくて流す涙ではなかった。


 こんな感情――知らない。否、忘れていた。


 「それに……」


 ベリアルは今までで一番柔らかな笑みを浮かべると言った。


 「君は笑顔でいる時が一番可愛いから悲しい顔をして欲しくない。僕なら、君に悲しい顔なんかさせない」


 それだけで胸が切なく、甘く、嬉しいとときめいた。


 「待てっ!お前がいなくなれば我々はどうやって【魔王】を……」


 外野から国王の耳障りな声が聞こえてくるがどうでもいい。

 【聖女】だとか【魔王】だとかも関係ない。


 (ベリアル)と一緒になりたい。


 そんな思いが涙とともに溢れてくる。


 「さあ、僕と一緒に来てくれないか」


 そう、呼びかけると【魔王(せいねん)】は手を差し出す。それは愛の言葉にも似ていた。


 「……はい!」


 考えるよりも――答えるよりも先に【聖女(しょうじょ)】はその手を取った。


 そして、結ばれた二人は喜びを分かち合うように屈託のない笑顔を浮かべた。

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