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つんつん娘は、独りで何処へ行った

作者: ノイテ



 つんつん娘は…、



 人に会っても、何も言いません、

 物を貰っても、何も言えません、

 だから、友達も、誰もいません。



 そんな、つんつん娘が、独りで山に行きました。



 すると、山で、大きな赤鬼に会いました。

 赤鬼は「おはよう」と、挨拶しました。

 それはそれは、恐ろしい赤鬼でした。


 それでも、つんつん娘は、つんとすましたまま、挨拶も言いませんでした。


 赤鬼は、娘に言いました。

「挨拶できんなら喰ってしまうぞ」



 つんつん娘は、挨拶も言わないまま、赤鬼を静かに見つめ、こう言いました。



「赤鬼さん、挨拶もできん、こんな、おらを喰ってくれねぇだか」



 赤鬼はじっと娘を見つめ、こう言いました。

「娘よ、挨拶できんなら喰ってしまうぞ…。

 だが、

 しかし、

 挨拶もできんなら、そのわけを話せ、娘よ」



 …

 ……

 ………



 娘は名を「千代」と言った。


 千代は、川のほとりにある小さな村で、父親と二人で暮らしていた。

 母親は、川の洪水で流されたという。

 その川は、大雨になると氾濫し村人を困らせていた。


 ある年、千代が病にかかった。

 家は貧乏な小作農なので、父親は医者を呼ぶ事も出来なかった。

 もう、死ぬんだと思った千代は、最後の我儘を父親に言った。

 祝いの時一度だけ食べた「あずきまんま」が、食べたいと、

 そう、言ってしまった。


 母親が一緒にいた時、両親と笑いながら「美味しい、美味しい」と食べた、そんな思い出が言わせたのだった。

 その祝いの後に、母親は川に流されてしまった。

 また食べられるとは、千代は思わなかった。

 家の外では雨が、ただ、降っていた。



 熱で魘されるなかで、父親が「千代、あずきまんまだ、食え」と言った。

 味など解らなかったが「美味しい、美味しい」と、それを食べた。

 ウソでも良かった、

 父親が千代の我儘を聞いてくれたのが、ただ、嬉しかった。

 


 父親の看病の甲斐があってか、千代の病は良くなった。

 千代は、父親が畑仕事に出てるあいだは、家で独りきりだった。

 どうしても、ただ、寂しくなり、家の前で、手まりついて、歌った。



「おらは ゆんべ あずきまんま 食べただ♪」



 …

 ……

 ………



 千代の暮らした村には、ある風習があった。

 氾濫した川を荒魂に見立て、人柱を捧げ鎮魂する風習が。


 ある夜、雨が激しくなり村人たちは咎人を人柱にしようと相談しあった。

 そこで千代の手まり歌を聞いた村人が、父親が地主の倉から盗みを働いと決めて話すと、父親は村人に引っ立てられて、人柱として川に流されてしまった。


 あの夜、小豆を買う金もない父親は、地主の倉から米と小豆を盗んで千代に食べさてやったのだった。



 あの夜、父親に我儘を言わなければ、

 あの日、母から教わった唄を歌わなければ、

 あの時、毎日唄った、手まり唄を歌わなければ、


 千代は、何日も何日も泣き続けた。

 泣き止むと千代は、もう挨拶も出来ないようになったといった。



 …

 ……

 ………



「赤鬼さん、

 おらは、もう、

 挨拶も出来ねえだ。


 おっとぅが畑行くとき『いってらしゃい』って言いてえ。

 畑から帰ってきたら『おかえりなさい』って言いてえ。

 朝起きたら、みんなに『おはよう』って言いてえ。

 夜寝るときに『おやすみなさい』って言いてえ。

 食べるときは『いただきます』って言いてえ。

 食べおわったら、どんな時にでも感謝して、

 残さずに『ごちそうさま』って言いてえ。

 村のもんにあったら『こんにちは』『こんばんは』って言いてえ。

 おっとぅに我儘言って『ごめんなさい』って言いてえ。

 おっとぅ、おっかぁに『ありがとう』って言いてえだ。

 おっとぅ、おっかぁに『さようなら』って言いたかっただ。


 でも、もう、そんなこと、もう言えねえんだ。

 悲しくて、怖くて、苦しくて、おら言えねえんだ。

 赤鬼さんにも『はじめまして』って、言いたかっただ。


 …おっとぅの代わりに、おらを人柱にして欲しかっただ。

 …我儘なおらを、おっとぅと一緒に人柱にして欲しかっただ。

 …おっかぁが流された川を鎮められるなら、人柱でも良かっただ。


 …


 だから、

 赤鬼さん、

 挨拶もできん、

 おらを喰ってくれ、

 お願えだ、赤鬼さん」



 赤鬼は、深く深く逡巡したあと「よかろう」と、娘に言った。



「鬼さん、ありがとう」



 …

 ……

 ………



 ほんの、まだ小さな娘が、家の前で手まりをテンテンつきながら、楽し気に歌っていました。


 昨日の ゆんべ 誰と 何を たべーただー♪

 おらは ゆんべ、あずきまんま たべーただー♪


 今日の ゆんべ 誰と 何を たべーよかー♪

 おらは 今日は あずきまんま たべーるだー♪


 明日の ゆんべ 誰と 何を たべーよかー♪

 おっとぅとおっかぁと 一緒に たべーるだー♪


 明後日の ゆんべ 誰と 何を たべーよかー♪

 あまい あまい あずきまんま たべーるだー♪


 おらは ゆんべ…

 あっ

 おっとーだ、

 おっかぁ おっとぅ帰ってきただー

 おっとぅ おかえり おつかれさま

 おら良い子してただよ ほんまだよ

 うん ほんまに 良え子してただよ。


 おっかぁ 今日 おまんまなんなん?

 祝い事って ほんにあずきまんまなん!

 おっかぁ ほんま あずきまんまなん!

 おっとぅ おら 初めて食べるだ!

 おっかぁ 祝い事てなんなん?

 おっかぁに やや子できたんわかったん?

 おらが、姉さになるん? ほんまに?

 ほんまに、ほんまなん!


 はーい

 まんま、ようけ食べて おら大ききくならなね


 おっとぅ

 おっかぁ


 いただきまーす





参照:まんが日本昔ばなし「雉も鳴かずば」より




そして…



鬼に「ありがとう」と言った娘は…、

その「ありがとう」の言葉で、鬼に喰われることは無くなってしまい…



ずっと、その赤鬼のそばにいたとそうな。



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