脱走ファムファタール
「隊長!」
それは蒼玉騎士団第一小隊隊長カルスティン・クリューガーが副隊長であるゲオルク・シュナイダーの監視の下、溜まっていた事務作業を何とか終え一息ついた頃。執務室に駆け込んできた青年、ルカ・ウィンクラーは自身の属する小隊の隊長と副隊長の前に立ち、姿勢を正すとよく通る声で告げた。
「脱走です!」
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リンデンブルグ皇国には紅玉騎士団、蒼玉騎士団、翠玉騎士団、真珠騎士団の四つの騎士団が存在する。
その中で少々立ち位置が特殊な真珠騎士団以外の各騎士団は幾つかの小隊に分けられており、小隊のなかでも四つの分隊に分かれていた。その隊も五人編成の班を二班合わせたものでそれを纏めているのが分隊長だ。
ルカが分隊長を務める隊は本日公休であり、隊員の何名かは外出許可を申請して出かけていた。騎士団に所属する者はある一定の階級になるまでは敷地内での寮生活が義務付けられている。平素は勿論、休みであっても許可なく外出する事は出来ず、また定刻までの帰寮が定められていた。そして定刻を迎え隊員の点呼を取った際、今年入隊した新人のルッツ・ベッカーが戻っておらず、遅延連絡は入っていなかった。
「……事情はわかった。しかし脱走と決めつけるには早いだろう」
時間を忘れて楽しんでいるだけの場合もあれば、何らかの事件事故に巻き込まれた可能性も考えられる。現段階でいえばただの無断遅延、報告義務を怠っただけだ。まぁそれだけでも規律違反には違いないが……。
ルカの報告に頭を抱えながらもカルスティンは口を開いた。
「ルッツの班の班長はヴェルナーだったな。ルカ、お前とヴェルナーで明日の業務開始時刻までに見つけ出せ。そうすれば規律違反も軽く済む」
「イエス、サー!」
カルスティンの命にビシッと敬礼を決めるとルカは駆け込んできた時同様に執務室を飛び出していった。
「日付が変わる前に見つかると良いですね」
終わらせた書類に目を通しながらのゲオルクの言葉にカルスティンも頷いた。
見つけるのが遅くなればなるほど違反は増える。日付が変われば無断外泊、業務開始時刻に間に合わなければ無断欠勤も加わる。
「はい、確かに。隊長、やれば出来るのですから普段からしっかりやってください」
一通り書類に目を通し、確認をしたゲオルクに溜め息混じりに言われ、カルスティンは僅かに眉を下げた。
「……すまない、事務作業はどうも苦手で……」
「溜め込むから面倒になるのです」
「……」
副隊長であるゲオルクは階級こそカルスティンより下ではあるが、下士官からの叩き上げで経験は豊富であり、年齢も上だ。それ故にカルスティンは部下であるはずの彼に頭が上がらない。
「では、お疲れ様でした。ルカからの報告は俺が受けますから隊長は帰っていただいて構いませんよ。約束があるのでしょう?」
言いながらゲオルクは一枚の紙をカルスティンへと渡した。それはカルスティンが報告を受けていた際に入ってきた通信を印刷したものだ。執務室の通信機には業務に関する物は勿論、隊員への私信も届く。
渡されたものにざっと目を通したカルスティンは「感謝する」と一言告げると瞬く間に執務室から出ていった。
***************
城下のメインストリート。
そこに軒を連ねるブティックやジュエリーショップの綺麗にディスプレイされたショーウィンドウを楽しげに見つめながらエレノア・ベネットはゆっくりと歩をすすめた。
「あの……!」
不意に背後からかかった声にちらりとウィンドウに視線を向けて、そこに写る相手に内心で密かにほくそ笑む。
「……何か?」
ゆっくりと後ろを振り返り、エレノアは僅かに小首を傾げて声をかけてきた相手を見上げた。無地の開襟シャツにスラックスとシンプルな服装をしたこざっぱりとした青年だ。
「これ、落とされましたよ」
差し出された白いレースのハンカチに、エレノアは「あっ!」と小さく感嘆の声をあげた。
「ありがとうございます。これ、お気に入りなんですよ」
ハンカチを差し出す手に自身の手を柔らかく重ね、拾っていただけて良かったと言って微笑めば、青年の顔に僅かに朱が走る。
「この後お時間ありますか?お礼に何かご馳走させてください」
「そんな……俺はハンカチを拾っただけなので……」
頬を紅く染めながら「お礼なんてとんでもない」と言う青年に、エレノアはなおも微笑みかける。
「そうおっしゃらずに。実は食事の約束がキャンセルされてしまって困っていたんです。親切にして頂いたところに漬け込むみたいで申し訳ないけれど、お付き合いいただけませんか?」
重ねた手を両手で包み込むようにして握り、上目遣いに見上げるエレノアに、青年は一度ゴクリと唾を飲み込むと、こくこくと何度も頷いた。
腕を組むようにして手を引いて、青年がエレノアに案内されたのは城下で人気のバルだった。テーブル席は満席になっており、込み合ってはいるものの席同士の距離が離れているため窮屈さを感じさせない。静かすぎず煩過ぎない店内は居心地がよく、落ち着いた雰囲気を醸し出す。
正面に座るのはブルーグレーとクリームイエローのヘテロクロミアが印象的な美女。
テーブルにはバジルとトマトソースの色味が鮮やかなマルゲリータやたっぷりの魚介が入ったペスカトーレ、ガーリックの香りが食欲をそそるアヒージョ、あつあつのラクレットチーズがたっぷりかかった温野菜サラダ、ハーブと黒トリュフの香るラム肉のローストが所狭しと並び、背の高い繊細なフルートグラスには金色のシャンパンが半分ほど注がれていた。シュワシュワと泡を立てるそれは、細かな気泡がグラスに沈む真っ赤なベリーをキラキラと輝かせる。
グラスを手にしたエレノアが柔らかく微笑んだ。青年は夢でも見ているような心地で促されるままにグラスを持ち上げる。それを僅かに傾け合わせれば、チリンと軽やかで涼し気な音を立てた。細かな細工が美しい薄いグラスがエレノアの紅く色づく艶やかな唇に触れ、ゆっくりと流れていく黄金色。彼女の中へと消えていくそれを目で追っていれば、知らずゴクリと喉が鳴った。何だかいけないものを見ているような気になって、誤魔化す様に手にしたグラスの中身を煽れば炭酸の爽快感が喉をかけ、華やかな香りが抜けていく。
「どうぞ、冷めないうちに召し上がって。ここのお料理はどれもとても美味しいですよ」
言葉と共に差し出された小皿にはとろりと溶けたチーズのかかったポテトとブロッコリーが。それに続くようにペスカトーレをよそった皿がすすめられる。ほかほかと湯気を立てるそれらを受け取り、カトラリーを手にしたその瞬間。
「何をしている?」
肩に乗った手と上から降ってきた低い声音に青年の体が硬直した。
それは青年、ルッツ・ベッカーがよく知る声だった。自身が所属する隊の隊長である男の、低く張りのあるバリトンは時に聞くものを威圧させ、時に安心させる。今で言うなら圧倒的に前者だ。
恐る恐る顔を上げれば、青年を見下ろす端正な顔立ちの男の、陽の光の様なカナリア色の瞳と目があった。暖かな色味のそれは色と真逆の温度を持って青年に注がれている。凍り付きそうな程に冷ややかなその視線に、心臓が握りつぶされたかの様な心地がする。呼吸の仕方を忘れたかのように酸素がうまく吸えない。
それはほんの出来心だったのだ。騎士団で国家の為に尽くすことは誇るべき事で、仲間たちと切磋琢磨し己を磨き上げていく生活は充実していた。ただ少し、日々の訓練の過酷さや厳しい規則に嫌気がさした。だから、少し、ほんのちょっとだけ、休みを満喫しようとしただけなのだ。地元で少しだけのんびりできたらなんて……。
「あ、あの……その……」
「速かったですね、クリューガー大尉」
何か言おうと口を開いたルッツと重なるように、鈴を転がすように軽やかでトロリとした蜂蜜の様に甘く、けれども薔薇の様な棘を隠した声がして、ルッツは見上げた先から視線を下げた。え?今……。ルッツの驚きをよそに口元に笑みを刻み、カルスティンを見上げる美女はただ妖艶に微笑むだけだ。
「……ベネット少佐、隊員を保護していただき感謝する」
カルスティンの視線がベッツからエレノアへと向き、変わりに肩に乗せられた手に力が籠る。ぐっと握られた肩の痛みに顔を顰めるも、告げられた階級にただ驚くしかない。少佐?じゃあ目の前のこの美女は……。
「あら、感謝しているのはこちらの方です。ベッカー2士にはお気に入りのハンカチを拾っていただきましたの。誰かさんにキャンセルされたお食事にも付き合っていただいているしね」
グラスを持ち上げシャンパンを一口含む。サラリと揺れた宵闇色の髪を耳にとかけて、エレノアはルッツに向けて笑みを深めた。それは慈愛に満ちた優し気な、それでいて濡れたような色気を纏っていて。ルッツはただ見惚れてしまう。
何か今、ものすごい爆弾を落とされた気がするけれど。突き刺さるような怜悧な視線への恐怖は確かにある。しかし向けられた笑顔にはそれらを全て忘れてしまえるような甘やかさがある気がした。
「あぁでも、もう門限が過ぎてしまっているんですね。ごめんなさい、大尉。連絡を怠ったのは付き合わせた私の落ち度です。食べたらお礼も兼ねて寮まで送りますね」
一緒に帰りましょうねと笑いかけられ、ルッツは何度も大きく縦に首を振った。
「そういうことですから、クリューガー大尉。私の顔に免じて今回だけはお咎めなしにしていただけませんか?」
顎に指を添えて甘える様な仕草で微笑みかけるエレノアにカルスティンは小さく息を吐く。
「……今回だけです」
「ありがとうございます。じゃあ戻って2士の無事を皆様にお伝えしてください。きっと皆様で探していたのでしょう?」
よろしくねと笑うエレノアはとても綺麗で。反論を許さないと言わんばかりの圧がある。こういう時のエレノアには何を言っても無駄なのだとカルスティンは経験から知っていた。
「……わかりました。ではベッカーをよろしくお願いします」
姿勢を正し、エレノアに対し小さく会釈をすると、ルッツへと視線を向けた。
「そういう事だ、ルッツ。あまり遅くならない様に」
見下ろす視線と声の冷ややかさに肝が冷える。全身の血管が凍えるような心地にルッツは首を竦めた。
「は、はい、隊長……」
口から出た声は哀れなほどに震えていた。
***************
リビングの扉を開けるとふわりと香ったのはカモミール。エレノアが夕食後に好んで飲むハーブティーだ。
「おかえりなさい。遅かったですね」
リビングで寛いでいたエレノアはティーカップを片手に微笑んだ。基本的に定時で帰ってくる事が多いカルスティンが残業とは珍しい。
カップをローテーブルに置き、ソファーから立ち上がると側に来ていたカルスティンに手首を取られる。軽く引かれた力に逆らうことなく身を預ければ、逞しい腕の中へとポスンと収まり、きゅっと痛くない程度の力加減で抱き締められた。
「ただいま」
言葉と共に降りてきた触れるだけのキスをエレノアはくすぐったそうに受け止める。
「ご飯どうします?」
用意してありますよと訊ねれば、カルスティンの眦が僅かに緩む。食事は基本的にカルスティンが用意することが多いが、夕飯は先に帰ってきた者が用意することにしている。今日はエレノアが一番先だったのだ。
「頂こう」
「じゃあ温めますね」
そう言ってキッチンへ向かおうと思うものの、カルスティンの力は緩むことなく腕の中から抜け出せない。
「離して貰っても?」
「……やだ」
「カル?」
珍しい態度と少し甘えた声音。抱き締める力が僅かに強くなる。
「疲れた。抱きたい。癒されたい。抱かせてくれ」
「……また事務作業ため込んでましたね?」
「…………」
自身よりも20㎝以上高い相手を見上げ、呆れたような声音で訊ねればバツが悪そうに視線を外された。苦手なんだとか、量が増えててなどとブツブツ呟く相手に、仕方ないですねと微笑んで、エレノアはカルスティンの首の後ろへと腕を伸ばした。
踵を上げただけでは届くことのない相手に、回した腕に力を籠めることで意図を伝えれば、正確にくみ取り屈んできた。
縮まった距離を埋めるように相手の唇に自身のそれを合わせた。啄ばむ様に何度か繰り返し、相手の舌が求める様に唇に触れたのを感じるとそっと離す。エレノアはカルスティンの唇へとちょんと人差し指を押し当ててフワリと笑って見せた。
「まずはご飯にしましょうね」
準備しますと言うエレノアをカルスティンも今度は大人しく開放し、着替えるべく自室へと足を向け……かけてすぐにエレノアへと手を伸ばし、離れていこうとする相手の腕を捕まえた。
食事は摂りたいし、早く抱きたい。しかしその前に確認したいことがあった。
溜め込むことになった事務仕事。最近になって量が増えている原因。その一端。
「エリー、先日、俺を帰した後にルッツに何をした?」
あの後から第一小隊では規律違反が増えていた。
あの日。騎士団の自身の執務室に戻り、待機していたゲオルクにルッツを見つけたことを告げ、己の権限で違反は揉み消した。無断遅延は無かったことになり、エレノアに連れられ戻ってきたルッツは翌日から何事も無かったように訓練に参加していた。
とはいえ違反として処理されていないだけで隊の中では知れ渡っていて、ルッツ本人が夢現で話したために遅延理由も隊員の知ることとなっていた。
騎士団には女性騎士もいるにはいるが圧倒的に多いのは男性だ。特に蒼玉騎士団は男所帯で女性騎士は本当に数える程度だ。
故に女性に対する耐性がない。むしろ飢えている。声をかけられようものならホイホイついていくだろう。
今回は所属する団は違えど相手が同じ皇国騎士であったからよいものの、これが他国の者であったならその他愛もなさは少々不安にすらなるほどだ。
そんな中でルッツの話す『城下を歩いていたらベネット少佐のハンカチを拾い食事に誘われた件』を聞き、尚且つルッツを送るために隊員寮へと訪れたエレノアを見た隊員たちはこともあろうか我先にと脱走を謀る様になったのだ。
曰く「ベネット少佐と食事できるなら俺も脱走する!」「俺も至近距離で見つめられたい!」である。
脱走の目的がエレノアであることもあり城下を隈なく探せば見つかるし、探さずとも翌日には諦めて帰ってくる。しかし隊長として規律違反を黙認するわけにもいかない。
隊員たちを連れ戻し、始末書を書かせ、今後そのようなことを考えることが無いようにと性根を鍛えなおすとばかりに訓練内容を見直した。出かける気力も失せる程に身体を動かしているだろうに、それでも減ることのない始末書。なかには休暇届を申請し、合法的に城下を歩き回ろうとする輩もでてくる始末だ。
溜まる書類と増える勤務時間。それらの原因は……。
訊ねられたエレノアは一瞬キョトンとしてそれからふわりと笑って見せた。
「一緒に食事をして送っただけよ?」
知っているでしょ?とエレノアは微笑んでみせる。
食事をしただけ。送っただけ。エレノアからすればそれだけなのだろう。しかし自身の魅せ方を知っているエレノアはその一挙一動で他人を惹き付ける事に長けていた。
エレノアの前では免疫のないルッツなど一溜まりもないだろう。察したカルスティンはため息を一つこぼす。
……刺激が強すぎたか……?
***************
勤務時間も終わりを告げた公休日の前日。ルッツは同じ班で同室のクルト、イーヴォ、エルマーと飲んでいた。
四人部屋の大きくもないテーブルに人数分のビール瓶が並ぶ。コップに注ぐなどといった上品なことはせず、瓶から直に飲みながらつまみへと手を伸ばす。テーブルの上に所狭しと並べられた厚切りのビーフジャーキーや風味豊かなスモークチーズ、香ばしくローストされたナッツに一口サイズのクラッカー。
ビーフジャーキーを一つ摘まんで口に入れた。肉の旨みを凝縮し、噛めば噛むほど味が出て肉本来の風味が鼻を抜ける。スパイシーな味付けのジャーキーを追うようにビールを流し込めば炭酸の爽快さが喉をかける。
公休日前の部屋飲みは恒例と化していて、最近の話題はただ一つ。
「俺も!ベネット少佐と!飲みたい!!」
手にしたビール瓶をガンッと音を立てて置きながらクルトが叫ぶ。それに続くように「それなー」と間延びした声が上がる。すでに酔っているのかケラケラと楽しそうに笑いながらイーヴォは口どけの良いスモークチーズを口の中に放り込む。チーズの風味を損なわず程よく香るスモークチップが深みのある味わいを作り出している。
「あ、でも少佐となら訓練でもいいーフランケンシュタイナーかけられたいー」
少佐の得意技だってーと話すイーヴォにクルトとエルマーの目の色が変わる。
フランケンシュタイナーとは自らの太腿辺りで相手の頭部を挟み込み、バク宙のような形で回転しつつ、巻き込んだ相手の頭を床に叩きつける技だ。
「それってあのおみ足に挟んで頂けるってことか!?」
「は?何それ最早ご褒美じゃん」
ってかそれどこ情報だよ。
エルマーの疑問に「んー」と首を傾げたイーヴォは「先輩たちー」と笑う。五人兄弟の末っ子だというイーヴォは人懐っこく物怖じしないキャラクターで先輩たちに可愛がられている。それ故に団内の情報に詳しかった。
なんでも入隊直後の格闘訓練時に教官として参加したことがあるらしい。その際に隊員たちの前で華麗な投げ技を披露したのだとかなんとか。
「なんかー士官学校の頃から有名らしいよ。かけられたらしばらく起きられないってー」
それは確かに起きられない。むしろ起きたくない。可能であればそのままずっと挟んでいてほしい。
「あーでも脚もいいけど俺としてはあの谷間に埋もれたい」
クラッカーに手を伸ばしながら真顔で言うエルマー。目が本気だ。
「だって反則じゃね?あんなに腰細いのに胸デカいとかなんなの?」
エロ過ぎるだろあれ。
「わかるー。いいよねおっきいの。ロマンだよー」
「俺はやっぱり脚だな。細いのに程よい肉感を感じさせるあの脚!最高だ……」
うっとりとした眼差しで思いを馳せるクルト。恍惚とした顔つきで口からこぼれた呟きは「かじりたい……」だ。
「おまえ脚派だったの?俺は断然胸だ!」
「お尻もいいよねー」
プリっとした感じたまんないよねー。
「なんかー男の夢と希望と欲望を全部詰め込んだまさに抱きたい身体だよねー」
イーヴォの言に二人の首が激しく縦に振られる。
わかる。いやもう全てが完璧だ。胸も尻も脚もこれ以上無い程の理想的なスタイル。しかも美人。是非ともお相手して頂きたい。飲むだけでもいい。見つめられるだけで幸せだ。出会いたい。出会えない。何故!?
「どこ行ったら会えんだろうなーマジ羨ましいなルッツ」
新しい瓶を開けながら呟くエルマー。
あの日、エレノアと共に帰寮したルッツは彼らからは勿論、他班や他隊の者たちからも質問責めにされた。「あの美女は誰だ」「どこで知り合った」「どういう関係だ」etc……。
その一つ一つに夢現で答えながらもルッツの脳裏に浮かぶのは微笑むエレノアだ。
あれから一月近く経った今でも鮮明に思い出せる。
アルコールを含み僅かに紅潮した頬と潤んだ瞳。小さく開かれた紅く色づく唇とそこからのぞく粘膜の艶めかしさ。口腔内に含まれ引き抜かれるカトラリーの濡れた切っ先。咀嚼され、緩やかに動く細くて白い喉元。目があえばふわりと優しくとろける眼差し。
手を絡め、並んで歩くその距離の近さや鼻孔を柔らかく擽る爽やかな甘い香りと時折腕を掠める柔らかさ。
あの日の出来事を思い出せば最近は過酷さを増してきた訓練も耐えられる。しかもエレノアは約束してくれた。また一緒に食事をしないかとルッツが誘った時だ。
『あまり特定の士官を可愛がるようなことはしないことにしているの。……でも、そうね。ベッカー2士が曹に昇格したときはお祝いしましょうね』
エレノアが祝ってくれると言ったのだ。何が何でも一日でも早く昇格しなければ。そのためなら日々の過酷な訓練も越えていけるというものだ。
一人で悦に入るルッツを措いて、三人の酒と会話は進む。
「しっかしさー訓練と言えば最近のマジヤバくね?クリューガー隊長鬼?鬼なの?」
今日とか終わった後マジでしばらく動けなかったわーとぼやくエルマーにイーヴォとクルトも「うんうん」と同意する。
「そういえばベネット少佐が関わると性格変わるってウィンクラー分隊長言ってたー」
「あ、それ俺も聞いた。ベネット少佐に近づこうとすると制裁されるって」
「え?何それ?隊長と少佐ってどんな関係?」
イーヴォとクルトが口々に話す情報にエルマーが食いつく。「たしかー」とイーヴォが思い出すようにして首を傾げた。
「同棲してるらしいよー紅玉騎士団の第五小隊隊長と三人でー」
「は?じゃあ隊長、少佐と出来てんの?」
「付き合ってはいないらしいよー」
先輩たちが言ってたーと楽しそうに話すイーヴォ。
付き合ってはいないけれど一緒に住んでいる。妙齢の男女が。一つ屋根の下で。三人で。
え?そんなの何もないわけないじゃんね!?
だってあんなエッロいのが隣にいるんだよ!?
つまり毎晩三人でお楽しみってことですか!?
そんな……そんなの……。
「「「いかがわしい!!!」」」
イーヴォ、クルト、エルマー。三人の口からは息を合わせたかのように同じ言葉が飛び出した。
エレノアさんの手腕と新米騎士の飲み会が書きたかった!
おまけ的にカルスティンの癒されタイムをつけるつもりが割とガッツリ書いてしまったのでムーンライトノベルズに移しました。
興味があればそちらも探してみていただければと思います。