24、それから
「痛たた……」
あれから数週間が経過したが、リィンは未だ学園内の病院の中に居た。
先の戦闘での負傷は自分で思っている以上に深刻だったらしく、すぐに医療班に担がれてフラン、アシェリアと共に緊急入院させられたのだ。
最新の医療魔法のおかげで順調に回復してはいるが、魔法も万能ではない。外面の傷の修復は早いが、失った血液や抉れ落ちた肉、複雑に折れた骨などは完治させるのに時間が掛かる。その証拠にまだ支え無しでは歩けないのだ。
病院内の、白い石壁の清潔な廊下を這うように歩く。その様はかなり情けなく、とてもではないが勇者には見えない。
「あ、病室に居ないと思ったらまた勝手に抜け出している。まだ安静にするよう言われているじゃないですか」
「いや違うんだよルーくん。ちょっとアシェリーのお見舞いに行くだけだから」
「はぁ、入院中暇なのはわかりますが、それでは治るものも治りません。それに、何度も訪ねて来られては殿下も迷惑ですよ」
「えー、でも行くとすっごい喜んでくれるよー?」
「それはきっと貴女に気を使っているんです。……ほら、肩を貸しますから」
「あれ、てっきり無理矢理抱えて連れ戻すかと思ったよ」
「何度言っても聞かないですからね。ボクも殿下のお見舞いに行く予定だったので、ついでに、ですよ」
「えへへー、ルーくん大好きっ!!」
「はいはい。抱きつくんじゃなくてちゃんと前見て歩いて下さい」
未だ残る全身の痛みに耐えながら、ルグレイに肩を借りて歩く。
あれから学園内は再び混乱状態になった。協会からは何人も調査官が派遣され、学園の警護の見直しや人員の再配置、負傷した生徒たちのフォローなど、学園長であるフランは傷も碌に癒せないまま対応に追われているらしい。
ルグレイもあの一件以降監視官として何度も協会に出向いて事の報告や後始末に追われていてかなり忙しいようだ。
それでもルグレイは暇を見つけてはこうして毎日世話を焼きに来ている。
怪我の具合があまり良くないのもそうだが、勇者という立場もあって院外に出して貰えず、毎日退屈しているリィンにとっては貴重な話し相手となっていた。
しかしそれでも暇は暇なので、同じく暇をしているであろうアシェリアの病室にこっそりとお邪魔しまくり、それを見つかってはルグレイや看護婦に怒られていたのだが、今回でルグレイの方は根負けしたようだ。
しばらく歩いて、アシェリアの病室まで無事辿り着く。そしてアシェリア以外の人間が中に居ないのを扉の隙間から確認して中に入る。
「やっほーアシェリー、今日も来たよー」
「ああ、リィン、待ちくたびれたわ!!」
リィンよりも重傷なアシェリアはベッドから上体だけを何とか起こし、来訪者を満面の笑みで歓迎する。
「さぁ、早く中に入りな――」
突如、アシェリアの表情が固まる。ルグレイも来ていることを知らなかったから驚いているのだろうか。
「お久しぶりです殿下。お加減は如何ですか?」
しかし驚いているという様子ではない。一緒に入ったルグレイを何故か睨みながら何かをボソボソと呟いていた。
「あの、殿下……?」
「……れなさい……」
俯きながら小刻みに震え、ベッドに掛けられた布団を握り締めている。明らかに様子がおかしい。
こちらの心配を余所に、ゆっくりと再びこちらに向き直り、眼差し鋭く竜は吠えた。
「私のリィンから離れなさいと言っているのよ、この下郎っ!!」
「「えっ」」
予想すらできなかったその言葉に思わず二人で目を丸くする。当人に巫山戯ている様子はなく、至って真面目だ。
思えば、普段から男装をしているルグレイはリィン以外に性別を明かしていない。
アシェリアもルグレイを男だと思っているので、自分の友人が必要以上に、しかも異性に接触しているのが気に入らないのだろう。
だがしかし、この見解では疑問が生じる。
――今までも目の前で結構ベタベタしていたような……?
リィンはルグレイへのスキンシップを変えたつもりはない。アシェリアと出会ってから今までずっとこのままだ。何度か訝しがられたことはあったがここまで嫌悪感を顕にされることはなかった。
「ええっと、他人ならともかくルーくんだよ? そこまで邪険にしなくても……」
ルグレイの元を離れ、よろよろとアシェリアのベッドまで向かう。すると手を引かれ、抱き寄せるように強引にベッドの上へ引きずり込まれた。
「何言っているの。親友の身を案じて何が悪いのよ!」
「ちょ、苦し、ていうか痛い!?」
「あっ……じゃあボクはこの辺で。お邪魔しました」
何か察したのか、ルグレイは渋い表情で踵を返し病室から立ち去ろうとする。
「待ってルーくん!! アシェリーが変なの!!」
「協会の狗なんて放っておきなさい」
ルグレイを呼び戻そうとすぐにベッドから離れようとするも、簡単に押し倒されてしまう。怪我をしているとはいえ、そもそも力で敵う相手ではない。
「しかし、これは良くないわね……。なんでいつも一緒なのかという疑問はアイツが監視官だからというのを知って解決できたけど、アンタはアイツに色々と許し過ぎている気がするわ。これじゃ毒牙に掛かるのも時間の問題……。それに学園中にアンタの魅力が知れ渡ってしまった今、退院後きっと色んな奴が言い寄りに来るはず……。焦らないつもりだったけど、これはそうも言ってられなくなったわね」
「あ、アシェリー? 目が怖いんですけど……」
「リィン、アンタは私の親友。だから、私だけを見て。私もアンタだけを見続ける。思えば、出会ったあの日から今までずっと私はアンタに惹かれていたわ」
お互いの吐息が掛かる距離まで顔を近付けられる。押し倒しているアシェリアの息は荒く、頬は朱に染まり、瞳は恍惚の光が灯っていた。
逆に押し倒されているリィンはその両手をがっちりと掴まれ、更に上から体重を掛けられているので全く身動きが取れず、戸惑いと恐怖が入り混じって混乱する。
「アシェリー……もしかして、いや、もしかしなくても……?」
「大丈夫。天井のシミを数えている間に終わるから……」
「好かれ過ぎて貞操の危機!? 助けてルーくん!!」
唯一動く首だけを振って出口の方へ叫ぶ。
「あ、そう言えば、今回の件の功績というわけではないですが、リィンさんにも正式に二つ名が与えられましたよ。終わったら教えてあげますね」
「終わったらって何!? そもそも始まらせないで――ひゃっ!? アシェ、ちょ、やめ」
監視の騎士は悟ったように微笑み、無情にも病室の扉を静かに閉めた。




