21、勇者の心核
意識が覚醒し目を覚ますと、そこは地獄だった。
宙に浮かぶ異形の何かが、無力な生徒たちに向けて無差別に攻撃をしていたのだ。客席は苦痛に悶える呻き声や悲鳴が響き渡っている。
修練の日々を送っていたとはいえ、本物の戦場を知らない皇室育ちのアシェリアにとってこの光景はとても恐ろしいものに映った。
魔族。なんて、悍ましく恐ろしく絶望的なのだろう。
そんな存在に臆することなく立ち向かう二つの影があった。
一つは周辺を魔法の盾で防御して生徒たちを守りながらも光の魔法で戦っていた。
もう一つは目で追うのがやっとの速度で縦横無尽に駆け回って攪乱させていた。
恐らく二人共勇者。この状況で立ち向かえる者など勇者しかあり得ない。それが誰なのかも理解できる。
しかし、勇者二人掛りでも魔族を倒しきれないようだ。それ程までに魔族は強いらしい。
――私も加勢しなくては。
立ち上がろうとしたその時、激痛が襲った。どうやら折れているらしい。よく見たら服も血に染まっている。
意識を失う前のことを思い出す。
――そうだ。魔族の攻撃を受けて吹き飛ばされたのだった。
全身を覆っているはずの完全防御を感じない。どうやら直撃した際に役目を果たして剥がれ落ちたようだ。この傷は恐らく吹き飛ばされた時に出来たものだろう。
両の足に力を込めるが痛みばかりで立ち上がることすらできない。それどころか、動こうとする度に血が滲み、口内には一層鉄の味が広がる。
――こんな有様で、何が竜姫だ。
アシェリアは己が無力さに歯を食い縛る。
そして己の本当の弱さを恥じた。下らない理由で嵌めて陥れたあの弱き勇者は、どれ程虐げられようとその虐げられた者たちを守ろうとしているではないか。
勇者でも、人間なのだ。怒りもすれば憎みもする。
だというのに、あの少女は我々の代わりに脅威へ立ち向かっている。
何と、尊きことだろうか。美しきことだろうか。正しきことだろうか。
「……ふふ、確かにアンタは、勇者ね」
自嘲気味に、けれど讃えるように笑みを零す。
しかし次の瞬間再び戦慄する。状況が変わったのだ。
押しているように見えたが、実際は違った。魔族がいつの間にか用意していた転移魔法で奇襲を仕掛け、フランがリィンをその攻撃から庇って吹き飛ばされたのだ。
フランに動く気配はなく、攻撃がリィンに集中する。
しかし流石は勇者。全力の槍を何度も受け流し躱してきただけはある。圧倒的な速度で敵の攻撃を躱しきっている。
――リィンなら、まだ勝機はある。
決勝戦でかなり消耗しているとはいえ、魔族の攻撃はリィンの速度に追い付けるものではない。現に段々と距離を詰めている。何れ刃が届くだろう。
だが、現実は無情だ。魔族の指先が、なんとこちらを向いているではないか。
――逃げなければ、殺される。
完全防御が無い今、魔族の攻撃を受ければ間違いなく死亡する。
腕を使って地べたを必死に這いながら逃げようとするが、折れて機能を失った足は枷となって死の回避を許さない。
――ああ、無理だ。逃げ切れない。
数多の呪詛を孕んだ魔弾が眼前に迫り、ここで終わりだと、そう悟ったその瞬間だ。
白い影が、目の前に割り込んできたのだ。
まるで翼を織り成す天使の如く儚くも美しいそれは、アシェリアを魔弾から身を挺して守り、その白翼を散らした。
魔弾の衝撃に飛ばされた白を何とか受け止め、そのまま後方へごろごろと全身の激痛に耐えながら転がる。
「ぐ――リィンっ!?」
腕の中でリィンはぐったりとしていて動かない。
気絶しているだけなのか、それとも……。
「あ……ああ……」
言葉に出来ない、今まで味わったことのない強烈な感情がアシェリアを襲う。
「ごめんなさい……ごめんなさい、リィン……。私は、なんて……」
悲愴感と罪悪感に胸を締め付けられながら、腕の中の少女を抱き締める。
「リィンさん!! アシェリア殿下!!」
そこへ、動かなくなった少女に付き添っていた騎士が慌てて無様に駆け寄ってきた。いつも冷静な彼だったが、こんな状況では仕方がない。
それよりも――
「なんで……なんでリィンと一緒に戦わないの!? アンタは五体満足に動けるでしょ!?」
自分でもわかるぐらい、見当違いの怒りをぶつける。どうしようもない過酷な現実を見せつけられてしまっては、こうでもしないと自我を保てない。
「私にアレと戦えるだけの力があるのならば、この人の為に尽くしました。ですが……」
声と手足を震わせながらルグレイは答える。力無き者の加勢は足で纏いになる。
――そうだ。彼もまた、戦いに参加できないことを悔やんでいる。
下らないことを言った自身にまた恥じながら、動かぬ少女を抱く腕に力を込める。
戦闘は終了したわけではない。魔族はまとめて止めを刺そうと、指先をこちらに向けている。
リィンまだ死んではいない。心臓の鼓動と熱が服越しに伝わってくる。
ならば、守らねば。人類の希望である勇者を失うわけにはいかない。
リィンを庇うように身を乗り出す。
「――ん、ちょ、アシェリー苦しい」
突然の声に驚き思わず身体を離す。
「リィン、体は何ともないの!?」
華奢な体を隅々まで眺めるが、目立った外傷は見当たらない。確かに魔弾に直撃したはずだがこれはどういうことだろうか。
「完全防御がまだ効いていたのでしょう。……全く、無茶しないで下さい」
ルグレイは心底安心したように胸を撫で下ろす。それはアシェリアも同じだ。ただでさえリィンには申し訳ないことをしたのにまた自分のせいで傷を負ったとなれば、自責の念に押し潰されて自害しかねない。
「生きテいたカ。だが戦力二ならヌ者を二人も纏メてどウする? 逃ゲ足だけノ勇者よ」
再び魔弾が放たれる。
リィンでは魔弾を躱すことはできても防ぐことはできない。よって防御はこちらで何とかするしかない。
防御魔法を展開しようと魔力を搾り出すが全身の傷が思いの他重く、上手く纏まらず零れ落ち消えてしまう。
――まずい。これでは全滅だ。
「光よ、邪を拒め――聖光の壁!!」
刹那、眩い光の壁が眼前に出現する。光の壁は魔弾を受け止めることに成功するが、まるで薄いガラスを投石で割るように簡単に崩れてしまった。
聖光の壁は聖属性の防御壁を展開する聖職者の魔法で、魔に強い耐性を持つはずなのだが、それが一撃で粉砕された。それだけ魔族の攻撃は桁違いなのだ。
「……申し訳ありません。ボクにはこれが精一杯です」
「ううん、守ってくれてありがとう。私が注意を引き付けるから、ルーくんはアシェリーを連れて早く逃げて」
リィンは立ち上がり、実現可能な最後の策を、わざと言葉を欠いて告げる。
それが最善だと、もうそれしかないと訴えているような眼差しだった。
フランが倒れ、アシェリアも重傷を負ってしまった今、倒すことよりも他の生徒を逃がすことが最優先だ。
現状魔族と真当に戦えるのはリィンのみ。本気で――それこそ自らを犠牲にする覚悟で挑めば、逃走の時間ぐらいならば作れるだろう。
あの魔族も逃げた生徒が協会に連絡を取れば勇者が派遣され、すぐに討伐されるはずだ。
魔族を倒す以前に、より多くの人を救うのが勇者。今の彼女は全く以て勇者らしい。
……彼女は、笑っていた。まるでその結末を悔いなく受け止めているように。
そして、今までで一番速い速度で駆け出して行った。
――それが、どうしても許せなかった。
何故そんな顔ができる。何故躊躇わない。何故迷わない。自らを傷つけ陥れた者たちに、どうしてそこまで命を掛けることができるのだ。
勇者とは聖人でも神でもない、ただの人間だというのに。
高潔過ぎる魂。それこそが勇者の心核。
確かに尊い。確かに美しい。確かに正しい。
だがそれでは、人間性の否定だ。
「――ふ」
それを怒る自分自身にアシェリアは嘲笑う。人間性を否定してずっと空っぽだったのは、それこそ自分自身だったからだ。
――絶対に勇者にならなくてはてはならない――
この誓いは、誰の為のものだったか。
この呪いは、何の為のものだったか。
醒めぬ理想から目を覚ます。胸に飛来する願いはただ一つ。その願いこそ、ようやくアシェリアが見つけた人間らしさ。
――あの、馬鹿な親友を救いたい。
今までの人生を否定してでも、彼女は、彼女だけは今までの全てに勝る、掛け替えのないものだと信じて。
「ルグレイ、アンタは聖堂騎士。なら、治癒魔法も当然習得しているはずよね?」
「え、ええ。それはそうですが、何を……?」
「完全に治せとは言わないわ。少しの間でも良い、私を動けるようにしなさい」
ユヴァ・ミルキス
女性 27歳
クラス 剣士/魔族
クラススキル
剣術B
多くの流派を会得し、その全てを高い精度で使いこなせる。
魔族E
憑依型の形も名もない下級魔族。魔族としての格は序列持ちには勿論、ネームドにすらも遠く及ばない最底辺。
経験模倣A
人から生まれた魔族の特性。宿主の技術、知識、経験を完全再現する。但し、宿主の性格や思考までは模倣できない。
自己再生C
ダメージを受けても時間経過で自動治癒する。ダメージの大きさによっては掛かる時間が異なる。また、祝福を受けた勇者によって受けたダメージはこのスキルでは治癒されない。
変容A
形を持たぬ名無しの魔族は変容に特化する。宿主の体をベースに自由自在に魔力で造り変える。
ステータス
筋力B 技量B 魔力C 耐久C 精神D 敏捷B 幸運E
固有スキル
魔法行使B
魔術師系のクラスでなくても多くの魔法を行使できる。
多芸多才D
系統の異なる他クラスのスキルを低ランクで使用できる。ユヴァは剣士以外にも多くのクラスを経験しているが、そのどれもが中途半端であり、器用貧乏であるとも。
教師B
他者に道理を教え、導く才能。ユヴァは学園に勤める教師として高い才能を有する。ユヴァの教えを受けた者には付与される経験値が多く加算される。
選定への渇望A
ユヴァは元勇者志望であり、自身が選定される日をずっと夢見ていたが遂に叶わず、勇者の道を諦め教鞭を取った経歴を持つ。勇者そのものに対し強い憧れを抱き、それが叶わぬ夢故、精神が脆くなる。




