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恋の花咲くこともある。─蝶々姫第一章─  作者: 薄氷恋
第一章 恋の花咲くこともある

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23・肩代わりの縛り

 ヨルデンは歩く内に下水の臭いが幾分か収まった事に気付いた。


 彼らの前をゆっくりゆっくり歩いていたガノッツァが立ち止まる。

 丁度、三叉路になっていた。


「一休みしよう」


 ヨルデンは捕虜である筈のガノッツァに指図された事に多少腹を立てたが、主君を抱えた腕が痺れてきたのもあり、おとなしく通路に座った。


 膝の上にエイオンを抱え、何人たりとも主君に触れられないように両腕で庇った。

 その忠臣ぶりにガノッツァは肩を竦める。


「私は最早、お前達の脅威でもなんでもない。むしろ今なら良い事を教えられる」


「何ですか、良い事って」


 ヨルデンは少し離れた場所に腰を下ろしたガノッツァに胡散臭い目を向ける。


「先程の爆発で我々が助かった理由だ」


 ヨルデンはガノッツァの垂らした釣り針にあっさりと食いついた。

 視線の尖りを緩め、ガノッツァの話に耳を傾ける様子だ。ガノッツァは満足して話し始める。


「守護というものは、基本的に色々なものに束縛されて生きている。例えば、守護するものから長期間離れられない」


「知ってます」


 ヨルデンが可愛げのない返事を寄越した。


「そうか。では守護が被害を肩代わりするのも知っているな?」


 ガノッツァが意地悪く微笑む。


「肩代わり……?」


 ヨルデンは剣を握っていた時とは打って変わった子犬の様な表情でガノッツァを見た。


「そうだ。守護は護るべきものに害が及んだ時に替わりに痛みを背負う。傷はつかない。痛みだけをそっくりそのまま受ける。今、その男が気を失っているように。……その人物は、カテュリアのラゼリード王女…いや、今は王子だな?」


「……っ」


 ヨルデンが歯を食いしばる。

反応だけで肯定しているようなものだが、ガノッツァは話を続けた。


「お前の主人は、お前を守るべく『肩代わりの縛り』を受けた。そこにたまたま私が居ただけだ。だから全員助かった。お前は主人に愛されている。主人に感謝するんだな」


「アーシャ様……」


 ヨルデンは悲しそうな目をしてエイオンを抱く腕に力を込めた。


 う、と呻く音がエイオンの口から漏れ、ヨルデンは腕の力を緩めなければいけなくなった。


 間もなくエイオンの薄い瞼が震え、普段通りの赤と紫の瞳を開いた。ヨルデンがまた騒ぐ。


「アーシャ様! アーシャ様! お体は無事ですか!?」


「は……じょ…」


 エイオンの顔色は青く、今にも嘔吐しかねない。そんな状態で彼は口を気だるげに動かす。


「何ですか?」


破城鎚(はじょううつい)で吹っ飛ばされた門みたいな気分だ……」


 苦々しく吐き捨てると、エイオンは自分がどこに行儀良く収まっているのかに気付き、ヨルデンの腕の中から身をよじって逃げ出した。


「ここはどこだ?」


「さあな?」


 ガノッツァの返事にエイオンが色違いの瞳でじろりと睨む。


「カテュリアでは王族にそんな目つきをしろと教えているのか?」


 ガノッツァが挑戦的に口に笑みを描いた。

 それとは真逆にエイオンが唇を噛む。


「! ……何故解った」


「髪の色、瞳の色、守護の能力、そこの小僧が口走った名前、そして私達『真実の目』に接触してくる異国人。これだけ情報があってなお正体が解らないとなれば、私の頭が残念だという事になる。……それで? 私を捕らえに来たのではないのか、ラゼリード王子」


 ガノッツァは片足首の健が切られているのにも関わらず、すっくと立ち上がった。

 エイオン、ヨルデンもそれに続く。


「『真実の目』が何をしたかでガノッツァ、お前への対応は変わる。頭目なら答えろ。『真実の目』がカティを密輸し、麻薬に変えて各地にばらまいた犯人か? そしてお前が主犯か?」


「否とも是とも言える。そもそも密輸の話を持ち出してきたのは『墜』だ。我々は受け取って加工し、ばらまいた。多分な。密輸の話を持ちかけられ、受けたところで私は捕らえられた。後は仲間達がやっただろうな。憎いか? ラゼリード王子よ」


「その名を呼ぶな! 今の私はアーシャだ!」


 エイオンは素早く右手で剣を抜いてガノッツァの喉元に突き付けた。

 ガノッツァは動揺したりはしなかった。


「憎いなら私を殺すがいい」


 エイオンは剣先が『ぶれる』のを感じた。


 明らかに自分は動揺している。先程、殺してしまった男が脳裏をよぎった。


「…………」


「どうした? 殺さないのか。さっき初めて殺しただろう。私の元・仲間を。あの要領でやればいい」


 黙り込んだエイオンをガノッツァが煽る。

 やがてエイオンがぽつりと呟いた。


「……出来るならば殺したいさ。私の大事な花を、フィローリの花を悪用したお前を、お前達を。だが……」


「だが?」


「ガノッツァ、お前はもうルクラァンで罪に対して罰を受けている。私が今、お前を斬れば私は必ず後悔する。罰されたものを殺したとすればそれは私の思う正義ではない。ただの私刑だ」


 エイオンは剣を向けたままガノッツァを見据えて続けた。


「私の国民は私が犯罪者を捕らえ、殺す事を正義と見なすだろう。しかし、正義の形などいくらでもある。人の数だけあると言っても過言ではないだろう。私の正義の形は罪人が己の罪を受け止め、法により罰せられる事。正義とは己の胸にあるものだと私は信ずる。だから私はお前をエルダナ様に引き渡す。死にたければあの方の前で死ね」


 そう言ってエイオンがガノッツァの喉元から剣を引こうとした瞬間、彼の右手の甲から手のひらを氷の刃が貫通した。


「なっ……!?」


 派手な音を立ててエイオンの剣が水路に転がる。

 ヨルデンが剣を抜くよりも早く、何者かがエイオンとガノッツァの間に飛び込んできた。

 それは水色の髪をした女だった。


「お頭! 逃げて!」


「チェルラ!?」


 チェルラはナイフを手にエイオンを刺そうと向かってくる。

 エイオンはそのナイフを避けるのに精一杯だった。


 何せ通路が狭い。ヨルデンが膝まで水に浸かる深さの水路に飛び出し、乱入者を斬ろうとした瞬間、エイオンはチェルラの手首を捕まえて、鮮血の溢れる右手でナイフを叩き落とした。


 ──エイオンの手から流れる血が、パッと散った。


「きゃああああああ!!」


「!?」


 エイオンは耳をつんざく悲鳴に驚いてチェルラの手を離してしまったが、チェルラはもう襲ってこなかった。


 彼女はナイフを握っていた右手を庇う様に左手で覆い、通路に膝から崩れ落ちた。


「なに…? 今…何が起きたの? 私の右手…熱い…折れ……た?」


 チェルラは泣き出しそうな声で言った。


 彼女の右手は萎れた花のようにうなだれていて、真っ赤に腫れ始めていた。


 エイオンが何が起きたかを理解出来ない内にヨルデンがチェルラのナイフを回収し、また、エイオンの剣をも回収していた。


「おかしら、おかしら…」


 チェルラは今や泣きながら背後のガノッツァにすがりついていた。

 ガノッツァはチェルラをあやすように寄りそった。


 ヨルデンはテキパキとエイオンの手に応急処置を施す。

 傷はズキズキと痛んだが、包帯代わりに布を巻かれると痛みが幾分か引いた気がした。


 エイオンはチェルラを見下ろし、問いかける。


「お前は、先程仲間割れして下水道に突き落とされていた『真実の目』の女だな。幹部か?」


「チェルラ、言うな」


 ガノッツァの言葉は間に合わず、チェルラはわざわざ自己紹介してくれた。


「そうよ! 私がカティの花を管理してたチェルラ・リグよ。何か文句でもあるのかしら」


「文句ならある。沢山な。私の真の名はラゼリード・エル・グランデル・カテュリア。盗まれたカティの育ての主だ」


 チェルラが身を引いた所為でガノッツァに勢いよくぶつかった。

怯えきった顔が彼にとっては不愉快だった。


「ままま、まさか! 本人がこんなドブの中に居る筈無いじゃない! 大体カテュリアのラゼリードといえば王女じゃ……」


 ガノッツァが背後から訂正を入れる。


「チェルラ、ラゼリード王女は王子でもある。男女の姿を持つ両性だと聞いている」


「嘘、嘘って言って、お頭」


 チェルラの懇願に、エイオンは冷淡に水を差す。


「残念だが本人だ。チェルラと言ったな。アジトに案内してもらうぞ」


 エイオンがチェルラの腕を左手で掴むと彼女はいやいやと被りを振った。


「お願い、触らないでっ! 痛いのは嫌ぁ」


「そういう訳にもいかない。ヨルデン、剣を」


 ヨルデンは手当てをしたばかりのエイオンの右手に、回収した剣を渡した。

 エイオンは嫌がるチェルラを立ち上がらせ、後ろ向きにさせる。

 そして背後から細い首筋に刃を当てると彼女は黙った。


「行くぞ」


 敵とはいえ、女性を人質に取るのは気分が悪かった。



◆◆◆



 ジョノは荒い息を吐きながら走っていた。


 頭の中には「何故、何故!?」という言葉が繰り返し響いていた。


 黒い外套の者達が、どんなに撒いても付いてくる。どんどん仲間が殺されて行き、どんどん敵が増える。


 もう逃げるしかないと彼は思った。


 それには人質が要る。

 そう、ハルモニアだ。


 あの子供が必要だ。


 ジョノは走った。


 アジトにしている建物に入り、ハルモニアの姿を探す。


「おい、ジョノ。なんだよ、切羽詰まって」


「お頭はどうなったんだよ」


 仲間が何人か声を掛けてきたが、ジョノは自分が生き延びる事しか頭に無かった。




 ハルモニアはカルートの部屋に居た。


「ジョノ、どうした? シアリーを殺ったのか?」


 カルートが訊ねるが、ジョノは返事の代わりにカルートが作りかけの麻薬にマッチを擦って火を落とした。


 たちまち甘い香りが部屋に充満する。


「なっ! なんて事をするんじゃ! これではこの部屋では作業が出来んではないか!」


「作業がなけりゃ寝てな」


 その言葉と共にジョノはカルートの鳩尾に拳を叩き込む。


 カルートは抵抗らしい抵抗も出来ずに床に這いつくばった。


「さて……」


 ジョノはカティの花を見上げて残念そうに首を振る。


 チェルラのいない今、いつ氷が溶け出すかわからない上、量が多過ぎてとてもじゃないが持ち歩けない。


 その代わりジョノは振り返り、水に濡れたまま床にうつ伏せに倒れているハルモニアを肩に担ぎ上げた。


 意識はまだ戻っていないようだった。



 そして彼は北区街から西区街へと逃げ出した。



◆◆◆




 薄暗い下水道の中、男の声が響く。


「爺様」


 黒い外套の男性は手にした緑色に光る札に向かって話し掛けた。


 それは風の魔法の札。

 その証拠に札が震え、何処からか声を運んでくる。


『なんじゃ、リチャード』


「爺様、目標は『真実の目』幹部のチェルラ・リグを捕獲。アジトに向かう模様」


『そのまま追え』


「爺様は?」


『こちらは運良く特定出来た主犯格ジョノ・スイルトンを追っている。札によるとアジトに着いた後、逃亡を図っておるようじゃ』


「爺様はアジトへ?」


『無論じゃ』


「了解。任務続行。アジトにて」


『アジトにて』


 札はピリリと震えると緑の文字が薄れ、光を失ったと同時に札はバラバラに破れた。


「札、消費早い。予備も保つかどうか……」


 彼が懐から別の札を取り出すと、赤い光が点滅しながら札の上を動いているのが見えた。

 それは札使いの彼らにしか読めない地図。


「王子の指輪、歩みは遅い」


 溜め息混じりに彼は一人呟いた。


「間に合うか、否か」

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