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恋の花咲くこともある。─蝶々姫第一章─  作者: 薄氷恋
第一章 恋の花咲くこともある

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22・血の雨そぼ降る夜

残酷描写がふんだんに含まれます。ご注意下さい。

 真実の目は頭領であったガノッツァを不要とした。


 彼らにとって必要だった物を全て失っていたガノッツァは、仲間から死という形の制裁を受けようとしているのに何も言わない。


 抵抗の素振りも見せない。

 ただ目を閉じて佇むだけ。


 エイオンは混乱していた。


 真実の目がカティを加工した──つまり密輸の犯人であるのはジョノという男の口から語られた。

 真実の目とガノッツァは『ラゼリード』が捕縛しなければいけない対象。

 だが、今の状況は。


 真実の目による一方的な交渉決裂。

 おそらく此処にハルモニアは居ない。

 端から連れて来られていないのだろう。


 では探さなければ。

 だがどうやって?


 男達がじりじりと包囲網を詰めてくる。

 その手には鈍器から剣、槍まで、多彩な武器。


 エイオンとヨルデンは咄嗟にガノッツァを挟む形で背中合わせに位置を変える。


「「!」」


 エイオンとヨルデンはチラリと振り向き、お互いに驚いた顔をした。

 ガノッツァも目を開けて状況を確認し、驚愕の表情を浮かべる。

 この主従は同じ事を考えていたのだ。

 今の彼らにはガノッツァは必要な鍵。


 守らなければ。


 そう決めた彼らはすらりと剣を抜いた。

 一本、もう一本。


 二人共、両手に剣を帯びた二刀流。

 エイオンとヨルデンは共に同じ流派の剣術を習った兄弟弟子だった。

 だが悲しい事に、師匠ディンナー伯爵の息子であるヨルデンの方が腕は上である。


 その証拠に、ヨルデンは近寄ってきた男を牽制する目的で剣を薙ぎ払った。


 その一閃でゴトリと地面に落ちる──腕。


 一瞬遅れて上がる男の悲鳴。

 真実の目に動揺が走った。


「ヨルデン! 殺すな!」


「何甘い事を言ってるんです!? この状況で生かしておけば我々の命に関わります!」


 ヨルデンが振り向いた。


「では極力殺すな! ルクラァンの法で裁かせる!」


「甘いです!」


 ヨルデンが振り向いている隙に飛びかかってきた男を彼は見もせずに斬り捨てた。


「ヨルデン……!」


 真実の目は容赦なく斬って捨てるヨルデンよりも、迷いのあるエイオンに目を付けた様子だった。

エイオン側の包囲網が厚くなる。


「うらぁ!」


 斬りかかって来た男の剣をエイオンは受け止め、同時に足で鳩尾を蹴り上げる。

 嘔吐しながら崩れる男の次は槍を持った髭面の男。


 エイオンは槍を受け止めると片方の剣で穂先をへし折る。

 武器を失った男が引き下がると、今度はまた別の敵。


 容赦無く殺すヨルデンとは違い、命を取るまいとするエイオンは処理速度も遅く、すぐに敵に囲まれた。


「アーシャ様!」


 自分の前に居た敵をあらかた片付けたヨルデンが回り込んできて敵を散らす。


「ヨルデン! やめろ! やめ……」


 エイオンが叫ぶも、ヨルデンの剣は止まらない。踊るように敵の命を散らしていく。


 ガクン。


 エイオンの足が何かに引っ張られて止まる。


 足元を見れば、さっき鳩尾を蹴り上げた男が口の端に吐瀉物を付けたままエイオンの足首を掴んでいた。


 エイオンの頭上へ鈍器を振りかぶった男の影が落ちる……!


「アーシャ様!」


 ヨルデンが斬った敵が倒れざまに勢い良くエイオンの身体にぶつかった。

 彼はバランスを崩して倒れる。


 その左手の剣が、偶然。



 本当に偶然に鈍器の男の左肩から胸元までざっくりと切り裂いた。



 溢れる鮮血。



 返り血を手に浴びたエイオンの両目がこれ以上ない程に見開かれる。




 鈍器を振りかぶっていた男は痙攣し、頭の後ろへと得物を落とす。

 エイオンの体重が掛かった剣は心臓まで届いたらしく、大量の血が吹き出しエイオンの顔や服を濡らした。

 生温い液体。

 それが段々と冷えていく。


 エイオンの口が震えながら開いた。


「う」




「うわぁああああ!!」





エイオンが喉も潰れんばかりに叫んだ。

絶望の色が、悲鳴を彩る。



 エイオンは無我夢中で剣を引き抜き、男が倒れるのも見届けずに、足を掴んでいる別の男をもう片足で容赦なく蹴った。


 力の抜けた手から足首が解放されると、エイオンは元来た下水道の穴を目掛けて走り出した。

 そのまま穴の中へと身を躍らせる。


「アーシャ様! お待ちを!」


 ヨルデンは血払いをして剣を鞘に戻すと、背後に庇っていたガノッツァの身体を素早く横抱きにして後を追った。


「なっ、何を……!」


 ガノッツァが何か文句を言ってるがヨルデンは無視する。


 同じように下水道へと飛び降りると、エイオンの風魔法がふんわりと彼らの身体を包んだ。下水道通路の床に叩きつけられる事は無いらしい。


 ガノッツァを抱えたまま着地したヨルデンだったが下水道内に彼の主の姿は無かった。


 水の流れる音に紛れて遠くに向かって駆け去る足音を頼りに、ヨルデンはガノッツァを抱いたまま走る。

 頭上が騒がしい。此処はまだ安全ではないのだ。




◆◆◆




 何処をどう走っただろう。



 汚水がザバザバと水路に流れ込んでくる地点でエイオンは足を止め、がくりと崩れ落ちた。


 からん、と通路に転がる両の剣。


 大量に血が付着した左の剣と、己の手を汚した血を見ると、エイオンは先程『初めて』殺してしまった男の死に様を思い出し、汚水の臭いも相まって胃の中のものを吐き出してしまった。



 げほげほと噎せる。それでも嘔吐は止まらない。背中は汗に塗れて気持ちが悪いのに、手足が冷え切ってガクガクと震えていた。



 彼─彼女─は人を殺した事がなかった。


 カテュリアで密輸出を行った貴族達を捕らえた時も、人死には出たが自分では誰一人殺していない。

 ラゼリードが剣を一振りするだけで兵士が動いたのだ。


 なんというお飾りの剣だったのだろう。

 その剣が血に塗れている。


 剣が創られた本来の目的に染まってしまった。

 赤い、血の色に。


 エイオンは右手で口を拭うと、血に染まった左手ごと血塗れの剣を水路に浸した。

 少々汚れた水だろうと構うものか!


「アーシャ様、剣は水に浸してはいけませんよ。血は振って払うんです」


 背後からヨルデンの声がして彼はビクリと身を竦ませた。


 いつの間に追い付かれたのか、ガノッツァを抱えたままのヨルデンが通路の角に立っていた。


 彼の顔を見ると緊張していた心が解けていくのが自分でも分かった。


 立ち上がり、水に浸けていた剣を引き上げ、ディンナー伯爵に習ったように水滴を切る。そして剣を鞘に戻した。


 平静を装ってヨルデンに話し掛ける。


「ヨルデン、敵は?」


「今の所、追ってきていません」


 その時、ヨルデンの腕の中でガノッツァが身を捩った。


「お、降ろせ……。何故、何故、私を守る?」


 ヨルデンはガノッツァを降ろして立たせながら、そっけなくあしらう。


「勘違いしないで下さいね。あなたにまだ利用価値があるから守ったんです。好意ではありませんから。それに僕にはちゃんと恋人もいますし」


「…………」


 ガノッツァが複雑そうな表情でヨルデンを見る。

 今の言い方は確かに誰でも腹を立てるだろう。

 相変わらずヨルデンは口下手だ。


「利用価値か…。仲間に見捨てられ、もうすぐ死ぬだろう私に何の価値がある?」


 自嘲気味に笑ってガノッツァは俯いた。


「? もうすぐ死ぬというのは、処刑の事か?」


「違う。私はエルダナによって体内に爆弾を仕込まれている。奴はいつでも好きな時に私を木っ端微塵に吹き飛ばす事が出来る」


 三人の間に沈黙が降りる。




 その時、彼らの居る通路に細い筒が投げ込まれた。導火線から火花が散っている。



「爆弾だと!?」



 ガノッツァが声を上げた瞬間、ヨルデンがその筒を拾い、抱きかかえるように身を伏せた。




「ヨルデン!!!」




 エイオンが悲鳴のように彼の名を呼んだ瞬間、エイオンの両目が鮮やかに色を変えた。


 それは、どの精霊にも宿らない、金色。



ド ン ッ …



 爆弾がヨルデンの腹の下で爆発した。

 小型ながらになかなかの威力のそれは、熱をはらんだ風を狭い下水道の中で起こし、大きな衝撃を生む。


 誰も目を開けられなかった。

 誰もが死を覚悟した。


「あれ……?」


 やがて、声を上げたのは爆弾を抱え込んだヨルデン本人だった。


「生きてる……?」


 五体が吹き飛ぶ事を覚悟の上で身を投げ出した彼は、自分の腹から腸が飛び出たり、腕が千切れたりしていない事に驚く。


「う……」


 通路の壁にもたれかかりながら崩れ落ちたのはエイオンだった。

 床に膝をついた衝撃で、彼の左目から片眼鏡が落ちて転がる。


「ラゼリード様!!?」


「!」


 ヨルデンが思わず呼び慣れた本名の方を口走って彼に近寄る。

 主の片眼鏡を踏み潰した事にも気付かずに。


 ガノッツァは、その名と今の不可解な出来事で全てを悟った 。

 血は一滴も流れていなかったが、エイオンは完全に意識を失っていた。


「ラゼリード様! ラゼリード様!」


 泣き出しかねない声を上げて主を揺さぶり、胸に掻き抱くヨルデンの肩にガノッツァが手をかけた。


「その男は『守護』だな? ならば生きている」


「え……?」


「逃げるぞ。奴らが戻ってくる前に」


 そう短く告げると、ガノッツァは足を引き擦りながら必死で前に歩み始めた。

 ヨルデンは涙の滲んだ目を乱暴に拭うと、力の抜けた主を姫君のごとく優しく抱き上げてガノッツァに続いた。




「ちっ、あいつら…まだ生きてやがる。化け物か?」


「待て。今あの小僧が『ラゼリード』って言わなかったか?」


「『ラゼリード』って言えばカテュリアの……」


 離れた場所から様子を窺っていた男達が固まってひそひそと囁いている。

 その背後から冷たい男の声が掛かった。



「詮索無用」


「え?」


 男の一人が振り向いた時には喉を掻き切られていた。


 派手に上がった血飛沫に驚き、他の二人が逃げようとするも、背後から飛んできた紙切れのようなものが身体に触れた途端、動きが止まった。

 動くのは口のみ。


「なな、な、なんで動けないんだ?」


「ししし知る訳ねえだろ!」


 背後から死神が囁いた。


「詮索無用、と言った筈」


 シュッ、という喉を掻き切る鋭い音と共に下水道にむせかえるような血の臭いが立ち込めた。


 悪夢の様に降る血の雨の中を黒い外套を纏った死神は潜り抜け、先程までエイオンが倒れていた場所に辿り着く。


 彼は青硝子の割れた片眼鏡を拾い上げると大事そうに懐にしまいこんだ。




◆◆◆




「ジョノの奴……っ! ふざけんじゃないわよ!」


 一方、交渉が決裂された際に下水道に突き落とされたチェルラは、切ったばかりの水色の髪を振り乱し、下水道の中を走っていた。


 頭上の出口は閉ざされてしまっていたから、反対側の──つまり、ガノッツァ達が出てきた通路へ向かおうと必死だった。


 全ては恋人であるガノッツァの為に。


 ジョノ達にガノッツァが殺される前に、彼女を取り戻さなければ!


 取り戻した後、どうするのかなんて決めてなかった。ジョノ達はもう信用ならない。

 ただ、もう一度ガノッツァの腕に抱かれたい、それだけの想いで彼女は走る。


 それ故に、通路の角を曲がる際、近付く気配に気づかなかった。


「きゃっ!」


「っ!」


 黒い外套を被った人物とぶつかりそうになって、彼女は慌てて身を引いた。

 外套の人物も体勢を立て直す。男の声がした。


「手配書6番、チェルラ・リグか」


「!」


 チェルラは咄嗟に下水の水を操り、盾とする。その水を断ち割るのは外套の男の剣。

 チェルラにとって敵であるのは間違いなかった。


 しかし、ルクラァン騎士団の人間ではない。こんな黒い外套を纏った追っ手など見た事が無い。


「誰だか知らないけど、あたしの邪魔をしないで!!」


 チェルラは水の槍を外套の人物に降らす。相手が怯んだのを見て。そのまま水を凍らせた。


「ぐあっ……!」


 腕を氷の槍に貫かれ、男が剣を落とす。


「トドメよ」


 男が気付いた時には、彼は水に閉じ込められた氷柱と化していた。


「人間風情が精霊にかなうわけ無いじゃない」


 チェルラは短くなった髪を乱暴に払った。


「さて、急がないと」


 彼女は再び駆け出した。




─────




その夜は何かがおかしかった。


ジョノは地上を駆け抜けながら追っ手から逃げる。


ガノッツァを連れて来た連中が逃げた直後、取引現場の覆い布を切り裂いて現れた黒い外套の人物達。


彼らは何も言わず、ジョノの仲間を殺していった。


今、何人生き残っているのかも判らない。

ジョノはとにかく逃げた。

北区街にあるアジトへと向かって。


それが追っ手にアジトの場所を教えるとも知らずに。


全てはエルダナの掌の上にあった。

残酷ですみません。でもここでエイオン(ラゼリード)が人を殺してしまうのは物語の核なのです……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ( ゜д゜)ハッ!なるほど!!核!! 彼女の死に対するショックの尋常では無い様子に胸がギュッと詰まりました…
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