表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋の花咲くこともある。─蝶々姫第一章─  作者: 薄氷恋
第一章 恋の花咲くこともある

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/28

18・誘拐

 ハルモニアの『火の道』から出た場所は、どうやらエルダナの執務室らしかった。

 執務机が二つ。

 一つはエルダナ本人のものだろう。

 もう一つが誰のものなのか、今のエイオンには知る由もない。


 『火の道』の出入り口になったのは暖炉らしい。夏なので、当然火は灯されていない。

 エルダナはいつも通り、顎髭を扱きながら倒れている仮面の男達と起きあがったハルモニア、そしてエイオンを眺めている。

 ハルモニアが立ち上がって、背の高いエルダナを見上げながら言った。


「父上。父上の暗殺を企て、尚且つカティの麻薬を嗜んでいた『墜』なる者共を捕らえました。7人居た内の5人ですが……」


「ハルモニア」


 エルダナは笑顔で息子の名を呼ぶ。


 そしてぱん、とハルモニアの頬を軽く叩いた。


「ハルモニア、お前は少し冒険が過ぎる。自分の身を何だと思っている? それがルクラァンの王太子の行うべき行動か? 自分の身を危険に晒すな。あまつさえカテュリアからのお客様を巻き込むなど言語道断」


 息子を叱るエルダナは一人の父親であり、また一人の国王でもあった。

 シュンとうなだれるハルモニアを横目にエイオンは恐る恐る立ち上がった。


「エルダナ陛下。『墜』の割符を見つけました」


 服の中に隠した『墜』の割符と、腰に下げた荷物入れの中から出した『アグニーニ』の割符をエルダナに差し出す。

 受け取ったエルダナの手の中で割符は合わされ、逆さの十字架と火の鳥の絵が浮かぶ。

 火の鳥の嘴には花。


「見事。ご苦労様でした、アーシャ殿。『墜』がアグニーニに麻薬を売買していた模様ですな」


 エイオンはエルダナが既に自分の仮名を把握している事に驚きながら、言葉を続ける。


「エルダナ陛下、『墜』はまだどこかで別の組織に麻薬を作らせ続けている模様です。それが何処かはわかりませんが、突き止めて花を奪還しようと思います。守護フィローリと私の名に掛けて」


 エルダナは鷹揚に頷いた。


「気持ちは分かりますが決して無理はなさいますな。我が息子に振り回されていては身が持ちますまい」


 そこでエルダナはふとハルモニアの腰帯の妙な膨らみ方に気を取られたにのか、手をやり布に包まれた護り刀を引き出す。


「おや、ハルモニア。この剣の鞘はどうした?」


「あ! あの、これは…ヴァンティオンで」


 ヴァンティオンの名と共に、何故かアジェールの白いふくよかな胸を思い出してしまったハルモニアは頬を赤く染め、しどろもどろに答える。

 エルダナは独り言のように髭を扱きながら呟いた。


「ヴァンティオン? お前が行くにはまだ早いと思うが……。……まさかアーシャ殿?」


 エルダナがエイオンにうろんな視線を向けると彼もまた真っ赤になって否定する。


「い、いえ、違います!」


 ハルモニアはエルダナからもぎ取るように護り刀を取り返して腰帯に戻すと、エイオンの手を強引に握った。


「エイオン、鞘を取りに戻ろう! 父上、そいつらの処分はお任せします! あ、ヴァンティオンでの後始末も!」


「そ、それではエルダナ様、失礼致しました!」


 エルダナが言葉を掛ける前に火の輪に包まれて消え去る二人を見送って、彼はやれやれと、穏やかな溜息を吐く。


「私をこき使うなんてレカと『レディ』以外ではお前だけだ。まったく、生意気に育ったものだ」


 そして、二人に向けていた視線とは打って変わった冷たい視線を床に転がった者達に向ける。

 その中にパンドーラ公の姿があるのを認めて、エルダナは歌うように呟いた。


「開けてはいけない禁断の箱。君は開けてしまったのだね。私はその中に残った『希望』を真っ先に踏み潰そう」


◆◆◆


 ハルモニアとエイオンがヴァンティオンに戻ると、アジェールが酷く心配していて、二人を交互に抱き締めてきた。

 たわわな胸に顔を埋められて真っ赤になるハルモニアを、また女達がころころと笑う。


 ハルモニアの護り刀の鞘は無事に返された。彼は腰を痛めただけだった館長の老婆にも詫びを入れたが、金銭の類は受け取ってもらえなかった。


 ハルモニアの小さなルビーの耳飾りも、エイオンの金のブレスレットも戻ってきた。

 エイオンはついでにヴァンティオンの娼婦達から名刺の雨を渡され、おろおろと立ち尽くすばかり。

 結局、エイオンの手を引いてヴァンティオンを出たのはハルモニアだった。


 二人は中央区街へ向かいながら、物騒な話をする。


「アグニーニ、偽鏡、墜の三つが黒。ヴァンティオンは墜に利用されていただけで白。真実の目は壊滅状態……。『陽気な悪党団』は?」


 エイオンの問いに、ハルモニアが答える。


「それは絶対にない」


「どうして言い切れる?」


「じゃあ見に行くか?」



 中央区街、エカミナの店から数分歩いた場所で大の大人達が酒場の主人に向かってペコペコと頭を下げていた。

 周りに居る取り巻きは壊したテーブルを運び出したり、新しい家具を入れたり、大忙しだ。

 更に代表格の男は、妻らしき女性に往来で説教を受け、同じく往来で酒場に向かって土下座させられていた。


「すんませんッした……」


 エイオンはそれをポカーンとした顔で眺める。


「な? 単に酒癖の悪い男達の集まりなんだ。エカミナも言ってなかったか?」


「言っていた」


「彼らは大きな(なり)をした子供なんだ。夜に沢山はしゃいで翌朝は謝罪、昼は弁償。それでも酒は止められない……と。今に酒で身を滅ぼすだろうな。エイオンも深酒は止めた方がいいぞ」


 妙に深い言葉を呟きながらハルモニアはその場を離れた。エイオンもその後を付いて歩く。


「なあ、モニ」


「なんだ?」


「今まで報告書に上がっていたものを一つ一つ見てきたが、私が自分の目で見ていないものが一つだけある」


「……『真実の目』だろう?」


「ああ」


 前を歩いていたハルモニアは、エイオンの方を振り向き、馬鹿馬鹿しいとばかりに手を振った。


「『真実の目』は頭目が半年前に捕縛されていて、3日後には処刑される。残党は騎士団が追っている。潰れるのも時間の問題だ」


「わかってる。それでも私はその組織をこの目で見た訳じゃない。私は怪しいものを全て自分で見ない限り納得はしない。納得など出来ない」


 きつい口調で重ねるエイオンに、ハルモニアが冷たい目を向ける。


「……10日間だったな。つまり残り5日。ルクラァンの騎士団が全力で追っているものがあと5日で見れると思うか?」


 エイオンは俯いて唇を噛んだ。

 そんな美味い話、ある訳が無い。


 10日間で密輸された花と受け取り、悪用した者を見つけろという方が無理なのか。


 フィローリが遺したあの花々を。



 不意に、中央区街に居た彼らの周囲でどよめきが起こる。

 エイオンが顔を上げてみると、ハルモニアが隠れ家にしている大時計台の文字板の扉からチラシが撒かれるところだった。


 遠くから見れば小さな紙吹雪のように。

 だが実際には両手で掴める大きさのチラシ。


 ひらり、ひらり。

 残酷な処刑の知らせ。


 ルクラァンの人々が歓喜してチラシを拾う。つまりそれが答え。

 ルクラァンでは『真実の目』のガノッツァは処刑されて然るべき存在なのだと。

 人々を見れば解る。

 解るのだが、エイオンには納得がいかなかった。


 冷めた目でエイオンはチラシを拾う。

 下手な絵で描かれた、頭目の顔。

 赤い髪に赤い目。この絵の通りだとしたら相当不細工な男だ。


 彼はそのチラシを綺麗に四つ折りにして荷物入れに仕舞った。

 ハルモニアが追い討ちを掛ける。


「ガノッツァの処刑でも見て勉強して帰るんだな」


「……。……だが私は…。まだ時間が残されているなら、足掻きたい。それはいけない事か?」


 舞い散るチラシの中、ハルモニアとエイオンは見つめあう。

 何度目かの視線の交錯。


 人々の歓声。いずこからか聞こえる酒瓶が開けられる音。乾杯の音頭。


 それでも青年は視線の強さを弱めない。

 やがてハルモニアが折れて溜息を吐いた。


「花を探すのは俺の目的にも合致している。一緒に行こう。だが、あと5日で見つからなくても文句は言うなよ」


 エイオンがホッとしたように唇の端を緩めた。


「ありがとう、モニ」


 日が傾いてきた。優しく優しく、ルクラァンを夕日が赤く染める。

 赤く染まる雑踏を彼らは二人で並んで歩いた。


「これからどうする?」


 エイオンがハルモニアに話しかける。


「今日は……そうだな。また王宮に帰ってフダを貼られては、たまったものじゃない。今日もエカミナの家に泊まる。ああ、その前に貯金箱を回収しないとな」


「そうか。たまには王宮に帰れよ。フダを貼られるのは、それなりの理由があるからだろう? 5日も帰っていないという理由が」


 エイオンが笑うと、ハルモニアが唇を尖らせた。


「エイオンは口うるさいな。時編む姫のようだ」


「時編む……?」


「なんでもない。俺の専属教師の呼び名だ」


「ふぅん」


 ハルモニアが歩みを止めた。


「それじゃ、大時計台に向かうからここでお別れだ。また明日。明日からは『真実の目』を探ろう」


「ああ、また明日」


 手を振り、王宮の方角へ戻ろうとするエイオンにハルモニアが声を掛ける。

 照れたような顔で。

 頬が赤いのは夕日の所為だと、ハルモニアは自分に言い訳をしながらエイオンを真っ直ぐに見つめる。


「あの。弁当の作り主に伝えてくれ。サンドイッチと茶がとても美味しかったと」


「ああ、わかった」


 エイオンはハルモニアに出会ってから初めて喜びによる笑みを零した。


◆◆◆


 王宮へ向かって歩いていくエイオンを見送り、ハルモニアは思案に暮れる。


 そういえば彼は何者なのだろう。


 カテュリアから来た、愛国心の強い──しかし自国の法にすら疎い不思議な人物。

 剣も体技も使えて、王族である自分にも全く引け目を感じずに対等に話しかけてくる。

 カテュリアの王族に精霊の血は混じっていないと以前、時編む姫に習った。

 ならば精霊の血を引く貴族が居るのだろうか。

 当分王宮に帰るつもりは無いので、時編む姫に聞くのはまだ先になりそうだ。

 明日、彼に会ったら聞いてみよう。

 自分の素性ばかりが相手に伝わっていて


 自分が

 好きな相手の事を

 知らないなんて


 ──そんなのずるい。


 そんな事を考えながら時計台に向かう路地に入った時には、麻のローブを目深に被った者達に囲まれていた。


「お前がハルモニア王子だな?」


 違うとも、そうだとも言う暇も無く、背後から両腕を掴まれ、左腕に針を突き立てられた。

 ハルモニアはその正体を見て、ぎょっとする。

 液体の入った管。その先に針。

 親指で後方のピストンを圧すと中身の液体が減るそれは……


 ──注射器!?


 腕に液体が無理矢理に浸入する痛みが走る。その部分から冷たく凍っていくような感覚。


「痛っ……!」


 じわじわと腕が侵されていく。


「すぐに痛みなんか忘れるよ。ねんねしな、坊ちゃん」


 液体が浸入を終え、両腕が解放される。


 ぐらりと目が回る。声も出ない。


 せかいが まわる。

 知らず仰ぎ見た時計台が、ぐるり。まわる。

 建物で切り取られた四角い空。

 ゆうやけ。

 あかい……


 その赤さに、赤い左目、紫色の右目をした青年が脳裏をよぎった。

 意識が途切れる前にハルモニアの唇が紡いだ声なき声は。


(エイオン……)


 足に力が入らず、目の前に居た者に縋るような形でハルモニアは崩れ落ちた。


 くくく……と笑う者達が、意識を失ったハルモニアを抱き上げる。

 ぐったりとした身体を外套で包み込み、頭以外は見えなくする。

 そして、彼らは路地を出て

 北区街へと向かった。


◆◆◆


 中央駐屯地を越え、エイオンがどこから王宮へと入ろうかと思案している時、ふと視線が西を向いた。

 駆けていく、外套の男。

 その腕の中にはどこか見覚えのあるツンツンと跳ねた髪。


「モニ……?」


 強い夕風に煽られたエイオンの髪が一瞬、視界を妨げる。

 髪を手で押さえた時にはもう彼らの姿は見えなくなっていた。

 まさかな。

 よく似た髪型の子供なんて沢山いるだろう。大体、体つきもよくわからなかったし。


 そう思って、エイオンは王宮へ戻った。



 『ラゼリード』が、ハルモニアの消息不明を知らされたのは、その夜遅くの事だった。

パンドーラ公は、名付けた時から「パンドラの箱=害為すもの」と考えていました。

でも彼に希望は入ってません(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ