風、吹いて、夏。
台風がやってくる。六月を迎える頃、ある夏の話だ。ニュースがそう告げていた。自転車に薄い鞄を載せ、学校への道を走り出す。湿気を含んだ風が頬にあたる。梅雨から初夏の時期特有の、湿った、少し冷たい風。まばらな住宅の向こうに、何度となく見てきた山並みが見える。この時間帯に見たのは三ヶ月ぶりだろうか。緊急事態宣言が解除されて以降、初めての登校だった。
空は曇り。その雰囲気を反映してか、目に入る景色すべてが薄く灰色がかって見える。台風はまだ日本の南東に位置しているが、一週間以内には私の町にもやってくるだろう。
学校に着き、駐輪場に自転車を止める。台数は少ない。人影はまばら。今日は、二年生だけの登校だった。昨日が三年生で、明日が一年生だけの登校。密を避けるための方針らしい。他の学校でもそうなのか、うちの学校だけなのかは知らない。人気のない運動場を横切り、教室には向かわず、体育館へと歩く。登校と言っても、今日は朝礼と今後の学校日程についての連絡を体育館で行い、昼前には解散ということだった。
体育館の中へ入ると、入り口にクラスごとの出席簿が置かれていた。自分の名前に丸をつける。ステージを前方に、クラスが列ごとに並ぶ。ただし、二メートル弱の間隔をあけて。
並びに関して特に出席番号等は気にしないようで、私は自分のクラスの最後尾についた。すでに十人ほどが前にいる。ひとまず腰を下ろす。体育館の床は冷たかった。時計を見ると、集合完了時刻まではあと二十分ほどあった。
正直なところ、この密を避けた整列方式にほっとした自分がいた。四月のクラス替えも早々に登校自粛になったため、顔と名前が一致しない人の方が多い。それに、私は自分から積極的に話しかけるほうでもなかった。
私は考える。戻れるだろうか? ……元の生活に。私の体は、自粛中の生活に八割方ほど順応していた。心の方は、十割と言っていい。こちらはおそらく、自粛が始まるよりも、もっと、前から。
集合時刻となり、学年主任の挨拶もそこそこに、今後の連絡事項となった。明後日の金曜日から、全校の登校となるらしい。学年ごとに分けることはしない方針。その後、社会情勢を鑑みて、六月末には中間テストも行う予定だそうだ。もっとも、期末テストがどうなるかは未定のため、実際は日程が動く可能性はあるとのこと。それは結局、未定である、ということの別の言い回しであるように私は感じた。
ただ、金曜日に関しては急遽、簡易的な球技大会を行うらしい。本来はゴールデンウィーク明けに行っている我が校の伝統行事。例年であれば二日間かけて行っているが、今年に関しては一日だけ、クラスの親睦のためにも、一日だけでも開催する予定となった。そのため、体操服を持ってくるように、とのことだった。なお、天候不純の場合は実施せず、延期もなし。開催可否は当日判断。
では、解散ーー。その言葉を最後に、集会は終わった。午前十一字過ぎ。私は、再び駐輪場へと向かう。
外に出ると、先ほどよりも風が少し強くなっていた。
昼前の街並み。人通りは少ない。私は自転車を走らせ、家路につく。
ペダルを漕ぎながら、頭の中を考えがめぐる。台風は三日後。警報は出るだろうか?
今朝よりも、低気圧が近づいたのだろうか。学校に向かってくる時は向い風だったため、帰りは楽だろうと思っていたのだが、帰りも向かい風を浴びている。しかも朝よりも強い。低気圧が近づくと、場所によって風向きは変わる。そんなことを、地学の授業で習ったような記憶が朧げながら、ある。
町は依然として灰色。台風は金曜日までに来るだろうか、来ないだろうか。
風が、吹いていた。