第二十話「終戦」
月に照らされて、カラクスク基地に一両のモービルが帰還した。
ジンの乗った輸送モービルだ。
車両が止まると、ジンや衛生兵たちは協力して担架を救護所に運んだ。
そして、連絡を受けて待機していた軍医に彼女を託す。
マキナが欠け、二人になったカモシカ分隊は通信所に向かった。
アラスク基地の司令部と連絡を取るためだ。
電報で「任務成功」と「マキナ負傷のため入院」の二つを伝える。
しばらくすると、返信がきた。
内容は『負傷者ハ残シ、基地ニ帰還セヨ』という旨のもの。
マキナの傍に居てやれない事が悔しくもあったが、ジンは彼女に「すぐ戻る」と告げ、カラクスクを発った。
そこからまた一日かけてアラスクに帰ることになる。
カラクスク基地を出るときに拝借した汎用モービルをジンが運転したが、やはりカモシカとは違う操作に違和感を拭えなかった。
だから基地に到着するまでの間、スミスはジンの愚痴(主に操作感や速度に関してのもの)を聞かされ続けたのだった。
そして到着した時、入口門にはエビスが立っていた。
この寒空の下で、書類仕事を投げ出してまで帰還を待っていたのだと考えれば、やはり彼女も相当不安だったのだろうとジンは思った。
二人は車を降りて彼女の前に立つ。
エビスは、まず最初に敬礼をして迎え入れてくれた。
ジンと顔を合わせた瞬間、彼女は顔を綻ばせたが、自身の立場を思い出してすぐさま表情を整えた。
そしてスミスに向かって挨拶をする。
「スミス中尉。大役、ご労様でした」
「いえ、大尉殿。小官がこの資料と共に帰ってこられたのはジン准尉と、妹君のお陰であります」
「それは、姉としても誇らしく思います。──では司令部に案内しましょう。ジン准尉は通常の任務に戻って下さい」
「了解、しました」
上官としてのエビス──つまり仕事モードに戻っていた彼女は、スミスの帰還報告を優先し、ジンの事は後回しにした。
一人、モービルと共に残された彼はため息をついた。
マキナの事を彼女にどう謝ろうか、どう償えばいいだろうか、と。
「ここにいたのね」
ジンが基地に戻ってから、バーで酒を煽っている。との噂を聞きつけたエビスは、職務を終えた後にバーへ足を運んだ。
「エビス───すまない。俺は、マキナを……」
彼は、またも涙を堪えきれず泣いてしまった。
いざエビスの顔を見ると不安が抑えきれなくて、だから酒に逃げたというのに。
それは逆効果だった。むしろ普段は理性で抑えている感情を隠し切れなくなっていた。
エビスは隣の席に座って、彼の背に手を添える。
その表情には怒りや悲壮感など微塵もなく、ただ我が子をなだめる母親のように微笑んでいた。
「いいの、いいのよジン。貴方はマキナを生きて返してくれた、それで十分じゃない。立派よ」
彼女の言葉がたまらなくて、彼女の顔をまともに見れなくて、ジンは酒を煽った。
弱い自分も一緒に飲み込むように、気持ちを切り替えようとした。
だがエビスに優しくされて、なおさら涙が溢れた。
もうどうしようもなかった。
「もう……弱い人。マキナが見たらガッカリするわ。あの子が貴方をどう評価してるか知ってる?」
ジンをどうにか慰めようと、エビスはマキナの秘密をひとつ教えることにした。
「あの子『ジンさんは仲間思いで優しくて強いカッコイイ人なんです!』って言ってたわ。今の貴方は『強い』の部分が抜けてしまっているわ。だから、元気出しなさい」
それを聞いて思わず、ジンは笑と涙とが入り交じった滅茶苦茶な顔になってしまった。
しかし、エビスに許してもらえたことで元気は取り戻せた。
そしてまた酒を煽る。
今度の安酒は「しょっぱさ」が薄まっていた。
◇◆◇◆
雪が外を真っ白に染め上げる日曜日。カラクスク基地にある救護所のベッドで、黒髪の少女を尋ねる者がいた。
大柄で強面な男だったが、入り口で吸っていた煙草を看護婦に取り上げられ怒られて、しょぼくれているところを見るとどうやら悪い人間ではないらしい。
そのちょっとした騒ぎに少女は訝しんでいたが、更に怒られている男が知り合いだという事に気が付いて、嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「ああ、ジンさん!久しぶりですね」
少女は怪我人であるというのに元気そうに手を振り、読んでいた本に栞を挟んで机に置いた。
「マキナ、元気そうだな」
ベッドの隣にあった椅子を引き寄せ、どかっと座ったジンはニット帽を外して言った。
「当たり前じゃないですか!たかが骨が数本折れただけですよ、二週間もすれば治るそうです」
マキナは皮肉なのか本音なのか分からないくらい晴れ晴れとした表情で答える。
そして「それまでは」と付け加えた。
「──それまでは、あのウスノロな汎用モービルで我慢しててくださいね。」
「ああ、やっぱりカモシカじゃないとな。俺にはどうにも他のモービルは合わねぇ」
「私が戻ったら、きっとカモシカを──内地の輸送型を改造してでも、そこらの予備品をつなぎ合わせてでも、カモシカを蘇らせて見せます」
彼女はジンがカモシカにこだわっていた理由を、カモシカが『形見』であったことを知らない。
本当なら、「あの機体」ではない他のカモシカにはジンの「思い出」は詰まっていない。
だがマキナが一緒なら、どんな機体だって。
「お前が約束してくれるなら、俺はいつまでだって我慢できるぜ」
ジンは久々に会うマキナと何を話せば良いか迷っていた。
だが彼女と居ると、思いのほか自然に口が動く。
それがなんだか可笑しくて、つい失笑してしまった。
シシシと、声が漏れる。
「それ、スミスさんの笑い方ですよ。伝染っちゃいました?」
言いながら自分でも可笑しくなったのか彼女もシシシと笑ってしまう。
「おまえも中尉の笑い方が、伝染っちまったな」
「ええ、ええ。そうですね──ふふっ」
面会のあいだ、二人に憎しみや悔しさなどの負の感情は一切なかった。
ただずっと、楽しく笑っていた。
戦争の事は、今だけ忘れて。
◇◆◇◆◇
二週間後、マキナが退院するより少し早くソドスベリアは降伏した。
シュネーリアの反対側──ソドスベリアの西側に面するウィンター公国が皇国に加勢する形で参戦したからだ。
公国軍は、「まるで全て知っているかのように」ソドスベリアの防衛網の隙間を縫って侵攻し、重要拠点を潰して回った。
戦力をシュネーリア方面に集中しすぎていたソドスベリア王国は、予想外の電撃攻撃に成す術もなかった。
この状況に危機感を抱いたソドスベリア王はシュネーリア及びウィンター公国と和平条約を結び、戦争の舞台から退場したのだった。
ソドスベリアという戦友を失い孤立した南部のアレリア王国は不利な状況に追い込まれながらも粘り強く継戦したが、その約二か月後に国内で発生した革命運動によって継戦不可となり降伏を宣言する。
これが、五か月にわたって続き、多くの犠牲者を出した──後に「北方大戦」と呼ばれる戦争の終結である。
北方大戦の終戦後まもなく、基地に復帰していたマキナとジン宛てに小包が届いた。
中に入っていたのは皇都でしか手に入らない高級葉巻とワイン、そして手紙だ。
『皇都で料理屋を開いた。終戦記念に君達を招待する。姉君も連れてくると良い──隻眼の友人より』
短い内容だったが、しかし二人は胸を躍らせた。
あの任務の時カモシカの中で聞いた料理の数々を食べられるんだ、と。
さて、ここでジンとマキナ・メイカーの話は終わりとなる。
ジン、エビス、マキナ、スミス。彼らのその後を知る者は少ない。
だが「一両のカモシカが敵国に単身潜入し、スパイを連れ帰って戦争を勝利へ導いた」という噂は第三中隊を中心に広がり、軍内では有名な伝説となっていた。
もう一つ別の噂がある。
皇都のとある料理店に「皇王からのみ授与される名誉勲章」が複数飾られている、というものだ。
そこではシュネーリア料理のみならず、ソドスベリアの郷土料理まで食べられて新鮮だ、と市民から人気だという。
皇都に訪れた際には、一度立ち寄ってみてはいかがだろうか。
fin.
あとがき
さて、これにて「装甲雪上車カモシカ」は完結となります。
この作品を書くきっかけになったのは、かつてTwitterで拝見した「まんた」先生のオリジナルキャラクター「マキナ・メイカー」と「ジン」に感銘を受けたからでした。
先生が描くイラスト内でのマキナとジンの関係や雰囲気がたまらなく僕に「刺さる」もので、思わず「二次創作してもいいですか?」メッセージを送っていました。
面識もない人間から突然こんな事をお願いされて先生は大変困惑されたでしょうが、心優しく快諾してくださり今に至ります。
執筆に際して、マキナちゃんの「メカニック」という要素を最大限引き出すにはどんな物語がいいだろうか? と考えた結果が戦記物という路線でした。
また、エビスさんやスミスさんも先生の創作キャラで、キャラ同士の関係性もおおよそ原作準拠となっています。(スミスさんに関しては僕の手が加わりまくってますが……)
「カモシカ」や「モービル」といった架空兵器も、マキナちゃんが着ているジャケットから「寒い場所」「雪原」「ソリ」「スノーモービル」と連想した結果生まれたものです。
(いやソリ要らないだろ、普通の戦車でいいじゃん!みたいな脳内ツッコミは「ロマン」の一言で片づけました)
拙い作品ではありますが、ジンさん・マキナちゃん・エビスさん・スミスさんの四人の魅力を伝えるために尽力いたしました。
ここまでお読みくださった読者の方々もぜひ、先生のツイッターアカウントをフォローしてみてください。幸せになれます。(https://twitter.com/manta_umi)
こんな二次創作を許して下さったまんた先生に、改めて感謝の意を表します。
著:随喜夕日




