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第十九話「吐露」

「……俺は、孤児でした」


 これまで滅多に自分から話さなかったジンが、口を開いた。

 その事実にスミスは彼の心情を察し、黙って耳を傾けることにした。

 彼は煙草を一口吸い、語り始める。


「俺は、皇都にある協会の前に捨てられていたんです。ジンって名前は、神父様がつけてくれました」


 煙草の煙が漂うのをぼんやりと眺めながら自身の人生を振り返る。


「協会には俺と同じような捨て子が何人かいて、その中で一人、俺が『兄貴』って呼んで慕ってた人が居ます。彼は成人してすぐ軍に入りました」


 シュネーリアでいう成人は十六歳のことだ。それほど若い時から軍に入る人間は珍しい。


「俺も、後を追って入隊しました。俺にとって目標になるような人が神父様か兄貴しか居なかったんで、迷うことはありませんでした。神父を目指すってのは…まあ見ればわかる通り俺には向いてませんでしたから」


 今夜は爛々と輝く月が闇夜を照らしてくれている。

 まるでジン達が帰るのを手助けしてくれているようだった。


「兄貴はカモシカ乗りでした。だから俺もカモシカ乗りを目指して、最終的に兄貴と同じ分隊に入れました。──その時一緒に配属されたのが、マキナの姉のエビスです。あいつは『復讐の為に』って死に物狂いで訓練を受けていました」


 ジンの中で当時のエビスが思い起こされる。当時の彼女は、この任務の出立の前に見たバーでの弱々しい彼女とはまるで逆の、猛獣のような雰囲気を纏った少女であった。


「俺には、俺には何も無かった……。兄貴と離れるのが不安で、離れたくない一心で軍に入っただけだった」


 もう何年も前の事だというのに、ジンにはつい最近の事のように感じられた。

 それだけ「あの大隊」での思い出が強烈だったからだ。


「戦争の事を詳しく知ったのは、エビスから妹の──コイツの事を聞かされた時です。それまでは訓練をするだけの日々だったのが、俺の中で領土奪還の為の準備の日々に変わりました。分隊員として少しでも彼女に協力したかったんです。──ああ、その時はエビスが運転手で俺が砲手、兄貴が車長でした」



 ジンは、段々と饒舌になる口に任せる事にした。

 何故だか、そうしたい気分だった。


「ある日、上官から異動の命令が下りました。俺らの頑張りが認められたって言ってて、最初は何事かと思ったんですが、新しい大隊が作られたって言われた。それこそが、鬼神大隊だったんです」


 鬼神大隊──その名を聞いてスミスも少なからず興奮する。

 なにせ謎に包まれた「幻の部隊」だ。

 そこに在籍していた張本人から直接話を聞けるのは願ってもない幸運だった。


「鬼神大隊は、どんな所だったんだい」

「……一言で言えば、恐ろしかった」

「恐ろしい?」


 意外な表現をされてスミスは困惑する。訓練が厳しかったのかと推測した。

 だがジンは意外な答えを言った。


「大隊全員が、ソドスベリアに対して憎しみだとか怨みだとか──そんな強い感情を持ってたんです」


 それを聞いて、スミスは鬼神大隊に関する有名な噂を思い出す。


 ──皇王直属の「親衛隊」となった新生大隊は、古いしきたりのもと皇王との契りを交わす為に謁見した。

 その際に彼らの眼を見た皇王が「まるで鬼神のような眼をしている」と言い表したのがそのまま部隊名として呼ばれるようになったのだ、と──。


 スミスは、あの噂は本当だったのだと確信した。


「それで、大隊結成から半年もしないうちにモアルドの奪還作戦、よく言う『領土奪還(レコンキスタ)作戦』が通達されました。大隊の連中は『ようやくか』と沸き起こって決行の日に臨みました。その結果は、まあご存知でしょう」


 領土奪還レコンキスタ作戦を知らないシュネーリア軍人は居ない。

 占領されていたモアルドが解放され、それを発端に完全な「領土奪還」を成し遂げた有名な作戦であるからだ。


「……あの日、俺たちは闇夜に紛れ山脈地帯を西へ西へと進み、未明にモアルドを奇襲しました。敵の反抗は激しくて制圧には何時間もかかりましたが、とうとう敵は敗走。残党は街を捨てて逃げ出しました。まあ、カモシカを出し抜けるほど速いモービルなんてこの世に存在しませんから、そいつ等も全員やっつけましたがね」


 本来ならこれはシュネーリア皇国軍が反旗を翻した痛快な武勇伝だ。

 この話だけならばスミスのような部外者も伝え聞いている。

 だがこの話には、鬼神達(かれら)以外に知らない続きがあった。


「町を奪還した後、町中が歓喜して凱旋する大隊を迎え入れました。その時にマキナとエビスが再会したんで、二人きりにしてやって、俺と兄貴は逃げ遅れて降伏したソドスベリア兵の監視をしました。そこが、本当の地獄だったんです」

「どういう意味だ?」

「簡単な話ですよ。大隊の連中はみんな、ソドスベリアに何かしら恨みを持ってる。目の前には捕まったソドスベリア兵がいる。捕虜は、当然のように酷い仕打ちを受けました──。死ぬよりもです! 死ぬよりも苦しい痛みと恐怖を味わって、そうしてやっぱり、死んで行きました……」

「……」


 捕虜の暴行、虐待。それは戦争が起きるとしばしば聞く話だ。


「俺には復讐心も、何も、無かった……あんな事出来なかった──」

 ジンは手で顔を覆い、「でも、止められなかった…」と呻く。


 彼は殺人鬼ではない、只のシュネーリア軍人だ。そうであるが故に、きっとその光景は彼を苦しめたのだろうと、スミスは感じ取った。

 捕虜は一体何をされたのか、想像に難くない。


「幸いだったのは、エビスとマキナがあれを見ずに済んだ事です──。次の日すぐに『東の要塞へ向かえ』と命令がありましたから。本土の部隊と連携した挟み撃ちで陥落させるためです」


 ここでジンの言葉が詰まった。スミスは、地図から目線を移して彼の顔を見た。

 目元が潤んでいた。

 彼ともあろう男が、涙ぐんでいるのだ。


「──その任務で、兄貴が、死にました」


 スミスは息を飲む。目の前の屈強な男が、ひどく、か弱い子供のように思えたからだ。


「要塞からの機関銃弾が、首に当たったんです。俺は急いで止血しようとしたんですが、血が、止まらなくて、死んじまった……」


 彼はとうとう涙の川を頬に作って感情をあらわにさせる。スミスにはどうしようもなかった。


「喉元をかっ切られると、声も出せないんです!兄貴の最後の言葉が聞こえなかったんです……!」


 ジンは袖をタオルにして目元を拭い、「ふぅ」と息を整えてまた語る。


「俺は、兄貴の死体を跨いで銃座につきました。それで、弾が尽きるまで打ち続けました。作戦が終わった時には、カモシカの中は血の海で、兄貴は薬莢の山に埋もれていた……」


 きっと壮絶な、まさに地獄のような戦いだったのだろう。

 この要塞戦を記した資料にも、両陣営ともに被害甚大であったと書かれいたのをスミスは思い出した。 


「このふたつの任務で俺とエビスは鬼神大隊を離脱しました。エビスはマキナを連れて皇都へ帰り、勲章を貰って昇進、後方勤務の情報部に入った。俺は、俺は受勲を断りました」

「……どうしてだい?」


 受勲は軍人にとって非常に名誉な事だ。断って良いことなどひとつもないように感じられた。


「俺には、向いてないんですよ。後方勤務やら、部隊指揮やら、砲の照準を合わせるので精一杯なのに──。だから断ったんです」


 弱く、ジンは笑った。


「で、それじゃあ英雄に示しがつかないから、と皇王陛下は俺に「なにか欲しいものはないか」と仰って、だから『俺が乗っていたカモシカを下さい』、と答えたんです」


 本当は半分冗談のつもりだったんですけどね、と付け足した。

 確かに普通なら認めがたい要求だ。 


「けど皇王陛下は寛容にも認めて下さいました。だからあのカモシカは、俺にとって愛機だったんです。そんでもって、兄貴の形見でもあった」


 これが、旧世代のカモシカがたった一両だけ前線を駆け回っていた理由だった。


「──話が長くなっちまいましたね、これで最後です。どうか愚痴を聞いてください」


 彼は、はははと力無く笑って言った。スミスから見れば、まるで触れば崩れ落ちる繊細なガラス細工が隣にあるようなものだった。


「もちろん、聞くとも。聞かせておくれ」


 だからこそ、彼の気を紛らわすのは必要なことだろうと考えた。


「マキナは、俺にとって家族みたいなもんです、エビスも。俺は、もう二度と仲間を失いたくない」


 これは、決心の現れだった。

 もうこれ以上、姉妹(ふたり)を悲しませたりしない。というジンの決意だった。


「中尉を迎えに行く前──基地を出る前に、エビスに『マキナを頼む』って言われました──。こいつを、マキナを死なせる訳にはいかない」

「ああ……、ああ……そうだな」


 後ろを向いて、マキナの様子をちらりと確認する。彼女は静かに寝息を立てていた。

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