第十八話「爪痕」
ジンとマキナ、スミスの三人は第三歩兵中隊の輸送モービルに乗って戦線を離脱した。
気絶しているマキナを看護するために衛生兵まで付いてくれている。
「どうやら転落した時に頭を打ったようですね、それと骨折もしているかも」
衛生兵の男は、マキナを簡単に診て言った。
「とりあえず最寄にあるカラクスク基地の救護所に搬送します。アラスク基地に帰るのは遅くなってしまいますがご了承ください」
「ああ、分かった。カラクスクまではどれくらいかかる?」
「おそらく着くのは深夜です」
カラクスクは第三中隊が所属する基地であり、ジンの所属するアラスク基地よりずいぶん北にある。
「カモシカならその半分もかからなかったろうに」
スミスが冗談めかして言う。
「──ああ、俺のカモシカなお日様が落ちるより先に着いてたさ」
だからジンも、あえて笑った。
そして胸ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
たちまち肺にまで温かい煙が入り込んできて、安心できた。
すると、気絶していたマキナがピクリと動いた。
瞼をゆっくりと開き、ジンのほうを向く。
「──ジン、さん……?」
かすかな声ではあったが、彼女の声が聞けただけでジンは嬉しかった。
彼女は生きているのだ、と実感できたからだ。
ジンもスミスも、彼女の傍まで寄って様子を確かめる。
「マキナ! 目が覚めたか!」
「ああ、良かったマキナ」
彼女は状況を飲み込めていない様子で、おぼろげな眼差しを二人に向けた。
「わたし、──っ!? グ、ううっ……!」
だが状況を訊ねようとした瞬間、突然の刺さるような痛さに襲われる。
マキナは思わず顔を顰め、胸を押さえて呻いた。
衛生兵がすかさず彼女を抑えて処置する。
「骨折した胸が痛むんでしょう、鎮痛剤を打っておきます」
慣れた手つきでポーチから取り出した鎮痛剤のキャップを外し、ズボン越しに足へ注射する。
しばらくすると、また喋れる程度には痛みが和らいできた。
そしてある意味ではこの痛みのおかげで、完全に意識が戻ったといえる。
そうすると当然、様々な疑問がマキナの中で湧き上がってきた。
「ジンさん、わたしたち、助かったんですか──?」
不安そうな顔で、マキナは訊ねる。
エンジンの音にかき消されそうなほど、か細い声。
だからジンは安心させるためにしっかりと答えた。
「ああ、俺たちは帰れるんだ。だから今はゆっくり寝てろ」
それを聞いて、マキナの表情は和らいでいった。
「──はい。ジン、さん─────」
やはりケガによる疲労は相当なものだったのだろう。
返事をすると、本当に眠ってしまった。
それは、言い換えればジンを彼女が信頼しているという事の表れだった。
普段こそ言い争いの堪えない二人は、それでもお互いに欠かせない相棒として生活を共にしてきた「家族」だ。
マキナはジンの指示に従うし、言葉を信じる。
だからこそジンは、こんなに優秀で大切な部下である彼女を失わずに済んで良かった、と心から安堵した。
基地までの道のりは長い。
ジンとスミスの二人はクッションの効いていない硬い椅子に身体を預け、一定のリズムで震えるエンジンの鼓動を感じていた。
それ以外には誰も喋らず、ただじっと座っている。
そうやって落ち着く時間を手に入れてようやく、ジンは現実を受け入れられるようになってきていた。
思い返してみれば、やはり壮絶な任務だった。
今日だって、中隊が援護に来てくれていなければジン達は死んでいただろう。
スミスもそんな死地を共に生き延びた仲間。
わずか数日とはいえ、ともにカモシカの中で生活してきたのだ。
ジンにとっては、もはや彼女も「モービル家族」と呼んで良い存在となっていた。
それはエンジンの音だけが流れる空間の狭苦しさに嫌気が差したからかもしれない。
あるいは約束を破りかけたことや愛機を失ったことで感傷的になっていたからかもしれない。
思わずジンは、隣に座るスミスに自身の過去を吐露し始めていた。
「……俺は、孤児でした」




