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第一話「シュネーリアの鬼神」

 太陽がさらに登り、昼前になってきた頃。

 ジンらが自分らの拠点がある南に向けて雪原を直進していたところ、前方遠くに黒い点が見えてきた。それも一つや二つではない、ざっと数えて百かそれ以上ある。

 モービルを止め、ジンは双眼鏡を覗いて確認した。


「──行軍中の歩兵が大量だ。あらら、モービルも何両かいらっしゃる。服の色からしてソドスベリア軍だなありゃ」

「でしょうよ。味方がこんな所に居てくれたなら、昨日の任務はどれほど楽だったか」

 ジンは舌打ちをし、銃座から頭を引っ込めて車内に戻る。

「だが、ありゃ俺らの進行ルートだ。あそこを通らにゃ帰れねえぜ」

「どうします?通過するのを待ちますか?」


 操縦席の貼視孔(てんしこう)(※覗き窓のこと)から米粒のような敵の影を確認したマキナはジンに問うた。

 相手多数に対してこちらは二人と一両のみ、それに武装も十分ではない。通常なら敵の通過を待つか、大きく迂回するのが無難だろう。


 だが、このジンという男は、「普通」の枠に入るほどありきたりな存在ではなかった。それはマキナも承知していたし、自らが駆るカモシカというモービルの特異性からも実感している。

 だから本当は、彼の答えを聞くまでもなかった。


「──いや、ここは突っ切ろう。ついでにちょちょっと戦力減らしてこうぜ」

「言うと思いましたよ……どうなっても知りませんからね」

「おう、任せろ。責任は俺がとるさ」


 あまりにも無謀な作戦──いや作戦と言うのもおこがましい蛮行だ。マキナは呆れたようにため息をついた。

 だが、そんな彼女の口元にはジンのそれと同じ獰猛な笑みが携えられ、その眼中には目前の「獲物」がしっかりと据えられている。捕食者の眼差(まなざ)しをしている。


 ジンが問うた。


「マキナ、煙幕弾は何発ある?」


 マキナは簡潔に、しかし的確に答えた。


「昨日五発使ったんであと三発です」


 ジンがまた問う。


「手榴弾は?」


 マキナが答える。


「あなたの腰のポーチに二個」

「十分だ」


 ジンはニィっと不敵に笑うと、マキナから煙幕弾一発を受け取り、再びハッチを開けて銃座につく。


「マキナ、発射装置に煙幕弾装填!」

「もうやってます!」

「有能っ! じゃあ前進っ、前進だ! あいつらに鉛玉のプレゼントを届けに行くぞ!」

「アイサー!」


 バルン、バルン。とエンジンが唸りを上げ、モービルの後部履帯が雪をがっちりと掴んで蹴る。積もりたての雪は舞い上がり、まるでモービルに小さな羽でも生えているかのように見えた。




『──ん? 左になにか居ないか?』


 行軍中であったソドスベリア兵士の一人は異変に気が付いた。その声につられて他の者もそちらの方を見る。隊列に対して左方面に広がる雪原の一点には異様な起伏が出来ていて、それが少しずつ動いているように見えた。


『ン、ほんとだ。何かいるな』


 一人が足を止め、双眼鏡を取り出して確認する。そして「それ」が何かを理解して叫んだ。


『シュナル(※ソドスベリア語特有の訛りでシュネーリアのこと)のモービルだ! 一両で突っ込んでくる!』

『なッ、九時の方向敵襲! 敵襲!』


 それまでエンジン音や雪を踏みしめる音と愚痴しか聞こえてこなかった雪原が途端に慌ただしくなる。全員がモービルが来る方向を見、武器を取り出し、構える。

 部隊長が叫んだ。


『近くに雪上車があればそれを盾にしろ! それ以外は固まらず、散らばって構えろ!』


 兵達は言われた通りに行動し、来る敵に照準を向けた。部隊長はまた叫ぶ。


『工兵、合図とともに斉射せよ! 構え!──』


 歩兵らは騒然としていたが、重モービルの銃座から敵のモービルを確認した兵はあきれたように言った。


『なんでぇ、たかがモービル一両にビビりやがって』


 しかし、それを聞いた車長の男は怒鳴る。


『馬鹿野郎、ありゃ「シュナルの鬼神」だ!』

 (たわ)んでいた空気も一転、その名前だけで車内の全員が震えあがった。

 なにしろ、その通り名はあまりにも悪名高い、戦場の伝説であったからだ。


『シュナルの鬼神って……きのう単騎で北の歩兵中隊を半壊させたって噂のモービルか!?』

『あの、民間車みてぇに(ちい)せぇ図体。あれは旧式の「カモシカ」に違いない、しかも昨日の今日で北からやって来た。間違いねぇ──ほら来るぞ! 構えろ!』


 相手の正体を知った兵達はより一層慌てた。ある者は構えた銃を震えさせ、ある者は神に祈る、せめて自分の方には来ないでくれと。噂では「シュナルの鬼神が通った後には死体と廃車しか残らない」と言われているからだ。



 一方、件の「シュナルの鬼神」たる二人は極めて楽しそうに、口角をつり上げ、眼を闘志にギラつかせながら直進する。


「ジンさん、視界が良いからもうバレバレですよ! 防御態勢とられてます!」

「分かってらぁ。マキナ、合図したらめいいっぱい手前に煙幕発射、それと同時にブレーキで急減速しろ!」

「アイサー!」


 二人のモービルとソドスベリア軍部隊の距離がどんどんと狭まってゆく。


 ソドスベリア部隊長が叫ぶ。


『総員、撃ち方構えェッ!』


 ジンが叫ぶ。


「マキナ、用意っ!」


 五○メルカ、四十五メルカ、四○、三五、────。

 そして互いの距離が約三○メルカを切ったとき、部隊長が命令した。


『撃てェッ!』


 それとほぼ同時に、ジンもマキナの背を足で軽く蹴りながら合図する。


「今だ!」


 ダコンッとモービルの発射装置から煙幕弾が打ち出され、炸裂し、前方に煙のカーテンを作り出す。

 マキナが雪上車(カモシカ)にブレーキをかけ、履帯の駆動輪が金切り声をあげながら急減速する。その反動で二人はまるで胸ぐらでも掴まれたかのように推進方向に引っ張られた。


 その刹那、煙のカーテンに穴を開けるように砲弾がかすめた。四発、五発とカモシカのギリギリを通って後方に着弾する。

 これを一発でも喰らっていればカモシカは既に鉄くずになっていただろう。


 しかし、当たっていないのであればそれはただの「演出」も同じだ。命中もしない砲弾に怯えるほどジンもマキナも臆病ではなかった。


「よしッ、前進!」


 マキナはすぐにブレーキを解除し、エンジンをフルスロットルまで回す。履帯がギュリッと一瞬空転したのち、地面と噛み合い急激に加速した。モービルは自らが打ち出した煙幕を突っ切り、前進する。

 視界が晴れて前方にいるソドスベリア兵がジンの目に入った。


 ジンは手榴弾のピンを抜きながら叫んだ。


「ほらプレゼントだ、受け取れ!」


 モービルの通り抜けざまに手榴弾が二つ、地面に落ちた。モービルはそのまま走り去り、一拍おいて爆発音が二つ。すぐさまその余波がジンの頬に伝わってくる。誰かが死んだ事の証左だ。


 爆発からは離れた場所にいたソドスベリア兵は、逃げ去ろうとしているジンたちを追撃した。

 しかし重モービルや戦車などは主砲の旋回や装填が完了していないため、副兵装である機銃や歩兵達の小銃による攻撃だけであり、それもまばらだった。


 ジンが、銃座の機銃下部に付けられた発射装置から煙幕弾を後方に撃ち、炸裂させる。それがまた壁になって、まともに狙う事すらできなくなったソドスベリア兵はジンたちのモービルに傷一つ付けられないまま逃してしまった。




『被害状況、報告しろ!』


 ソドスベリア部隊長は苛立ちを隠せないまま叫んだ。数秒して部下が駆けて来て敬礼し、手にしたメモを読む。


『報告します。重モービル一両大破、死者九名、負傷者十二名、うち重傷者は四名で──』


 ぱっと聞いただけでも大損害である。部隊長は気が遠のきそうな気分になった。あんな軽モービル一両に、と。


『──最後に、敵のモービルはあの「シュナルの鬼神」であると思われます』


 部下は、苦々しく最後の報告を切り出した。その顔には怯えと憎しみの両方が詰まった表情を携えている。


『シュナルの、鬼神──クソッ、忌々しい! モービル部隊から一両を重傷者の帰還用に回せ、軽傷者は応急手当だけしておけ、それが終わったら進軍だ! さっさとしろ!』

『ハッ!』


 部隊長は指示をしたあと、大破して炎上するモービルとその隣に残った小さなモービルの軌跡を確認してより一層苛立つ。


『──化け物めッ』


 彼の独白は白息となって空に昇って消えたのだった。

──次回予告──


戦場を生き残った兵士達に与えられる一時の安らぎ。

だがそれは次の戦場に赴く為の準備期間に過ぎない。

ジンとマキナに与えられる、次の戦場とは、一体。


次回「アラスク基地」


休む暇もなく、戦争は変貌する。

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