第十七話「守りたいもの」
目前に迫り来る敵のモービル、戦車、歩兵部隊。
ジンの手に持つそのちっぽけな銃一つでは抗いようもない敵。
逃げようとしても、雪上での行動のために作られたモービルと、雪に足をとられながらマキナを引きずる二人では人間とアリで競争するのも同じだ。
だが、なんとか。せめてマキナとスミスだけでも。
ジンは必死に考えを巡らせる。
しかし思い付くどの方法も、そのどれもが、「全滅」という結論を導き出す。
もはやどうしたって、逃げ道など無いのだ。
『マキナを、頼むわ』
いつかの記憶が蘇る。脳裏に声が再生される。
上官としての姿を捨て、ただの一人の女として感情を吐露したエビス。
ジンが横目に見たその時の彼女は、不安と恐怖で打ち震えていた。
もし彼女が、自分はまだしも唯一の肉親であるマキナを失ってしまったら。
そんな考えが頭をよぎって、ジンは感情を抑えられなくなった。
思わずジンは呻く。
「エビスに、約束したんだ……マキナを無事に帰すって……俺は……」
鼓膜を破りそうな爆音がそこかしこで炸裂する。
三人を守る最後の盾となったカモシカは、その体にどんどんと穴が増え、傷が増え、もはや見るに堪えない状態になっていた。
もう猶予もない。
それでも。
「俺は帰るんだ……っ!」
「ジン…………」
彼も、本当は分かっていた。この状況を打破するための手段など存在しないという事を。
「ぐっ、うぅ……くそぉ、ぐぞぉ──」
そしてその現実に堪えられなくなって、思わず雫がこぼれていた。
スミスも、そんなジンを見て言葉を失ってしまう。
彼女がその腕に抱く黒髪の少女は、息こそしているものの目を覚ます気配はない。
もうどうしようもないのだ、という事実をひしひしと感じていた。
ジンにとって大切な事は三つあった。
それは任務と、愛機と、故郷。
だが本当は、もう一つ彼にとって大切なものがあった。
誰にもそれを主張したことはなかったが、ジンが絶対に失いたくないものだった。
それは、仲間だ。
共に愛機の中で夜を過ごし、共に戦い、共に笑い、たまに喧嘩して、また共に笑う。
そんな家族同然の仲間。
だから彼女を──マキナを、自分が護らなければならないのだと心に決めていた。
それだというのに、今。
故郷たるシュネーリアを侵略せんと迫り来る軍勢に屈し、任務も失敗し、カモシカも失い──。
あげくマキナやスミスまで失うのか、とジンは呻いた。
先行していたモービルが一両、ゆっくりと距離を詰めてくる。
真綿でじわじわと首を締められるような恐怖が迫る。
恐怖で狂ってしまいそうな心を抑えるために。
あるいはせめてもの抵抗のために、ジンは涙で霞む視界の中で再び銃を構えた。
カモシカのボンネットから顔を出して、敵のモービルめがけて撃つ。
ボルトを引き、弾を装填し、また撃つ。
軍に入って以来、何度も反復した動作。
敵を殺すための行為。
だが、無意味だ。
重機関銃の弾丸をも弾くモービルの装甲に対し、それは何の効果もない──。
──しかし、その弾倉に込められた最後の五発目を撃ち放った瞬間、信じられないことが起こった。
目前に迫っていたモービルが、爆発したのだ。
ジン達を一点に捉えていた砲塔が空中に高く、高く飛び、炎の雨を散らしながら落下する。
これは明らかに小銃の攻撃による結果ではない。
しかし、ジンには見覚えのある現象。これは。
ジンとスミスの両方が同時に、はっとして振り返った。
そして敵の来る方とは逆側──後方から新たな影が丘を越えて来ているのを目撃する。
それも一つや二つではない。大量にだ。
ソドスベリアの軍隊とは違う、雪を纏ったかのような純白の機体。
そこから放たれる七十五ミリ榴弾の音色。
敵のモービルはひとたまりもなく粉砕される。
カモシカ狩りは、戦争へと一変する。
けたたましく唸るエンジン。怒号のような砲撃。
モービル達の側面に描かれた紋章。
彼らこそ、シュネーリア軍第三歩兵中隊。
窮地にあったジンに手を差し伸べた、天からの使いだ。
「援軍だ──」
スミスが思わず顔をほころばせて叫んだ。
「電報を受信して駆けつけてくれたんだ! 間に合ったんだ!」
中隊の陣から雪上バイクが一両、砲弾の雨をかいくぐって全力でジン達に近付いてくる。
「まるで天使が来てくれたみたいだ──」
左右に雪を巻き上げる様がまさに天使が翼を広げているようだった。
バイクが止まると、運転手が叫んだ。
「無事ですか!?」
「ああ、アンタらのおかげでね!」
「じゃあ急いで乗って! 撤収します!」
ジンとスミスは協力してマキナを担ぎ、荷台に彼女を乗せて座る。
バイクは急発進して雪原を駆け、丘を登った。
鼓膜が破れそうなほどの轟音を鳴らす戦車の傍を走り抜ける。
ジンの心を蝕んだ砲声と似て、非なるもの。
今は逆にその爆音がジンに安心を与えていた。
「目標の回収に成功!」
バイクが止まると、そこは味方陣営の中央。
中隊を指揮する男が立っていた。
「ジン准尉、数日ぶりだな」
「中隊長殿……本当に感謝します……!」
ウェイド中隊長だ。
彼はジンの顔を一目見てふっと笑い、そして全体を見渡して叫んだ。
「よォし、任務は達成した! これより国境線まで撤退する!」
ジンは、地獄の崖っぷちから生還したのだ。




