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第十三話「三人目」


 まず、一両。


「直進しろ!」


 しかし、まだ一両残っている。

 急な反転に追いつけなかった敵モービルとすれ違った。

 互いに主砲で狙えない向きなので機銃で応戦する。だがどちらにも損傷はなかった。


 速度を維持して狙いをつけられないようにしなければならない。

 ジンは銃座を反転させて彼らに照準を据えた。

 遮蔽(しゃへい)に利用するために、大破したモービルの側を通る。


 その時、炎上する車内から兵士が服を燃やしながら出てきた。

 彼らは悲痛な叫び声をあげて地に伏す。更に、それに続いて何人か這い出てくる。


 これまで何度も敵を倒してきたジンにとっては見慣れた光景であるが、何度見ても気分のいいものでは無い。

 自分や仲間が生き残るために、仕方の無い事なのだとしても、自分達の向けた殺意によって引き起こされる悲劇を嬉々として見られる神経は持ち合わせていなかった。


 赤く、赤く。

 悪魔のように彼らを抱き込み、死の世界へ引き込もうとする烈火はまさに自分が向けた殺意の体現だ。


 ジンは見届ける。


 苦しみ、のたうち回る彼らを。どうしようもない戦争の醜さや人間の無慈悲さを感じながら。


 チュゥンッと、甲高い音を鳴らして敵の弾が銃座の盾に着弾した。

 ジンはその音によって、死にゆく兵士達に奪われた意識を目の前の「生きた敵」に戻す。


(仲間を殺されて怒っているか)


 指切り射撃もせず、やたらめったらに撃ち込まれる銃弾。

 狙いを外して、木や、地面や、彼方を攻撃する砲弾。

 それら見てジンは自らの罪深さを実感した。

 きっと彼らは死にゆく味方を目のあたりにして(たけ)り狂っているのだろう。


 誰かを殺すならば、殺される覚悟も持つべきだ──ふと、いつかに読んだ本の最初の一文を思い出す。


(悪いが、まだ死ぬわけにはいかねえよ。俺には任務と、アイツとの『約束』があるんだ)


 邪魔な思考を払い除けて、小型砲の弾を再装填し、照準器と敵モービルとを重ね合わせる。揺れのせいでブレる狙いを身体全体で無理やり抑え込みながら引き金に指をかけ、引き絞った。

 弾道は少々下にズレて敵モービルの下部に飛んでゆく。


 外れたか──否。

 そこには履帯があった。

 重々しい金属音が鳴って敵モービルは急停止した。


「敵の履帯を切ったッ! 二時の方向へ離脱しろォッ!」

了解(アイサー)ッ!」


 運転席からは小さなサイドミラー以外に後方を確認する手段がない。だからジンは代わりにマキナの目となって指示を送った。


 そして小型砲に残った薬莢(やっきょう)を素早く排莢するや、発煙弾を取り出し、装填し、発射する。


 力強い反動の後に、地面から白い煙の花が咲いた。


 発煙弾によって敵を撹乱し、そのうちに離脱する──ジンの常套手段だ。


 煙で視界が切れる寸前に敵の砲弾が放たれるが、木をへし折るだけで結局カモシカに損傷を与える事は出来なかった。


 なんとか、逃げきれたのだ。



     ◇◆◇◆◇



「左の岩陰で停車。各種点検だ」

 不運な会敵のせいで朝イチから交戦を強いられたジン達のカモシカ分隊だったが、終わってみれば敵モービル一両を大破、一両を行動不能にさせ、こちらは装甲に銃痕が増えた程度で実質損害ナシと快勝であった。

「──煙草は吸いますか?中尉」

 開け放たれたドアに、背を預けて水を飲んでいたスミスに、煙草の箱をちらつかせながらジンが言った。

 彼は煙草を箱から二本取り出して、片方を(くわ)える。そしてもう一本を差し出した。

「ああ、ありがとう。頂くよ」

 彼女も、喜んでそれを受け取る。

 ジンがライターを取り出して、スミスが咥える煙草に火を点けた。

 彼女は一息吸って、「ふぅ」と吐き出す。

 冷たい空気の代わりに入り込む煙が肺を満たした。

「マキナが『煙草嫌い』なもんで、カモシカの中だと吸えないんです」

 履帯に腰掛けた彼の言葉に、スミスは思わず失笑してしまう。

 階級も、歳も、果ては性別まで違う二人。それなのに、どういう訳か見事に噛み合っているのだ。

 スミスは感心した。歴戦の彼女でも、彼らほど連携の取れる「家族」はなかなか見たことがない。


 至福のひと時。その間、スミスはさっきの戦いで会話した、あの哀れなソドスベリア兵の事を思い出していた。

「──彼らは、ソドスベリア北部に居るはずの大隊の、その斥候だと言っていた。それと今からシュネーリアに向かうところだとも言っていた」

 彼が、スミスが敵であると知らずに言い渡した情報。

 先ほどの戦闘は双方にとって災難だったが、この情報だけは思わぬ収穫だった。

「侵攻軍の補充か……」

 ジンにとっては何故だか分かりかねるが、ソドスベリアの「首脳」たる人物達はよほどシュネーリアの領土が欲しいらしい。

 国内の軍事力を集結してまでシュネーリアに侵攻しているほどだ。

「中尉殿は、ソドスベリアでは軍に潜入していたんですか? 軍隊の構成に詳しいようですが」

 ジンは「詮索してはいけない事だったのではないか」と若干心配になったが、彼女は気にした様子もなく気さくに回答した。

「ああ、そうさ。王都で軍部の情報士官をやって資料なんかを集めてた。私が持ってきた──そこの鞄にヤバい情報が大量に詰まってるが、興味あるかい?」

 彼女の目線の先には砲手席の足元に置かれた革製の鞄がある。大きさはそれ程でもないが、厚みはかなりのものだった。

 それらを見たところで自分には意味もないだろうと、ジンは思った。

 「遠慮します」

 彼女にはそう断って、彼はマキナの仕事を変わってやる事にする。車の反対側で履帯の点検を行っている彼女の肩を叩く。

「マキナ、休憩してこい」

 すると彼女は嬉しそうに「ありがとうございます」と返事した。そしてスミスの方に駆けていく。


「──アタシがスパイになった理由?」

 煙草を堪能していたスミスに、マキナが質問した。

「ええ。スパイは敵地に独りで潜入するから、バレて捕まれば殺されるか拷問されるかの危険な役職だって。ジンさん──ジン准尉が言ってました。」

 彼女の言葉にスミスは自分の事を考えさせられた。


 ──何故、諜報員(スパイ)になったのか。

 最初からそれを目指して軍に入った訳では無い。そもそも、軍に入る前は諜報員という存在さえ知らなかったほどだ。

 しかし、答えは単純だった。

「アタシはね、父親がもともとソドスベリア人なんだ。その影響で小さいころからソドスベリア語が話せた。だからさ」

「『だから』──? それだけですか?」

 マキナは問い直すが、彼女は表情を変えずに答えた。

「ああ。これが私に出来る仕事だから──それだけさ」

「……そういうもの、なんでしょうか」

 マキナは少し困惑したような様子で口ごもる。

 彼女はそれを見て微笑み、優しく言った。

「そんなモンさ。大体、アンタだってたった二人で敵地にやって来たじゃないか」

 そういうもの──アラスクの基地を出る前にも言われた言葉だ。だがそれでも、イマイチこれという答えを自分の中に見出せないでいる。

 周囲から見れば些細な悩みだとしても、マキナ自身にとっては大きい問題だ。暇があればずっと思い悩んでしまうほどに。

「──ソドスベリア兵から見れば『悪魔』でも、アタシにとっては正真正銘『天使』だよ。アンタらは」

 シシシと、スミスは少年の様に笑いながら彼女の頭をガシガシと撫でた。マキナのポニーテールは揺さぶられて動く。(ポニー)と言うよりは、「尻尾を振る犬」のほうが相応しい表現だった。

「ああっ、スミス中尉っ!髪が崩れちゃいます!」

「『さん』でいいよ。准尉の事もそう呼んでるだろう?あとアタシの前で准尉呼びしなくてもいい。いつも通りのアンタで居な──マキナ」

 従軍四年目とは言えども実践の面でマキナはまだまだ新米の運転手だ。

 そんな自分を、歴戦のスミスが。

 彼女が名前で呼んでくれた事は、自分が「兵士」として認めてもらえたような気がして嬉しかった。

「は、はいっ!スミスさん」


 三人はその後、北の山を一つ越えた所で歩みを止めて五日目を終了した。

──次回予告──


窮地を脱した三人とカモシカ。

彼らは愛しき故郷への帰路につく。

訪れた一瞬の(いとま)に、

男は自らの身の上を少し、明かした。


次回「ジンの謎」


こいつの過去には「何か」ある。

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