第十二話「接敵」
五日目の未明──と言っても、北の冬は八時前後にようやく陽が登り始めるので実際はそれほど早い時間でもない。
ジン達は朝食を食べ、カモシカの燃料補給をした。
被牽引車の備蓄も少なくなったので、残りをカモシカ内部に移して切り離し作業を行った。トレーラーは見つからないよう簡単に隠蔽しておく。
そして空が白むなか、もと来た道を戻っていた。
雪は止んでいたが今日も寒く、山沿いの森は相変わらず霧で視界が悪かった。
まず「それ」に気が付いたのは昨日からの新しい乗組員であるスミスだった。
「敵影アリ!二時の方向!」
彼女の言う方角を二人が確認すると、確かに黒く大きい影が動いていた。少なくとも二両は霧の奥に居るのが確認出来る。
ジンは即座に停車を指示した。なんとかやり過ごせないかと息を潜める。
だが無情にも、影はカモシカに合わせたように止まり、動きがなくなる。
「まずいぞ。これはまずい」
障害物が多く速度を出せない森の中では複数敵を相手に勝利を収める事は難しい。
逃げるにしても同じだ。
しかも敵が二両だけとも言えないのが更に状況を悪くさせていた。
「偵察部隊か?侵攻軍か?」
ジンの疑問に誰かが答えを出す前に、更に状況が悪化した。
「─ァ──ド─!!」
人影が見えて、その方から声が聞こえてくるのだ。兵士が一人、近づいて来ているようだ。
ジンは「来ないでくれ」と思いつつも機銃の照準を影に合わせる。スミスも主砲を声の方に向けた。
「中尉、なんとかやり過ごせませんか?」
三人の中で唯一、ソドスベリア語を話せるのはスミスだ。
マキナは「スミスが誤魔化せばなんとかなるのでは」という一縷の望みに、すがるような気持ちで訊ねた。
「やってみるが、難しいぞ」
だが、彼女の答えは渋い。
それでもやってみないことには分からない。さもなくば敵であるとバレて不利な戦いを強いられてしまう。
(カモシカは、誤魔化すには機影が特徴的すぎる──)
スミスは内心舌打ちをして考える。
先程ソドスベリア兵が叫んでいたのは『誰かいるのか!』という意味の言葉だ。
取り敢えずはこれに返答して、こちらへ近付かせないようにしようと決めた。
『E中隊のモービル分隊だ!巡回中だが、そっちはどこの所属だ!』
スミスは諜報活動を通して手に入れた知識でこの地域に該当する部隊名を挙げてみる。影が、姿が見えるか見えないかの瀬戸際で止まった。
『E中隊?ああそうか。俺らは第四師団の第二大隊、その斥候だよ。今からシュナルへ敵をぶっ殺しに行く所さ。邪魔して悪かったな』
影はこちらに手を振り、踵を返す。
どうやらごまかせたようだと伝えると、二人とも息苦しさから解放されて、ゆっくりと息を吐いた。
まさに間一髪といったところだ。
『……そうだ、なあライター持ってないか? 俺のは火がつかなくて──』
吐いた分の空気が急速に肺へと入り込む。
帰ってゆくはずの影がカモシカの方にずんずんと歩み寄ってくるのだ。
敵兵は、壊れたライターでなんとか煙草に火をつけようと、俯きながら歩いて来る。下を向いているおかげで三人の正体には気が付いていない。
が、既に霧で見えない範囲を過ぎていた。
生と死の境界線を踏み越えてしまったのだ。
ダンッ!
森に銃声が鳴り渡った。
どうしようもなかった。
どうせ気付かれるなら、先制攻撃をした方が有利だ。ジンは割り切って、躊躇せずに引き金に指をかけた。
ソドスベリア兵は撃ち抜かれた。
十二・七ミリの弾丸は、ライターを持った右手を貫いても尚その威力を衰えさせず、胴体をも貫通する。
彼は膝から崩れ落ちた。
一撃だ。
『なんだ!』『誰か撃たれたぞ!』
奥に見えるモービルの影から慌ただしい声が聞こえるが、ジンにとってはどうでもよかった。
望みは絶たれたのである。
「エンジン全開! 逃げろぉッ!!」
「はいッ!!」
カモシカが唸りをあげて走り出し、木と木の間を縫うようにして逃げる。
当然、敵のモービルも追ってくる。
運が悪いことに霧が消え始めた。
おかげで敵が二両しか居ない事が分かったが、このままでは狙い撃ちをされて殺られるのは目に見えている。
ジンの舌打ちも連射される機銃の音にかき消されてゆく。
ダダダン、ダダダンと軽快な単連射で牽制しても相手は装甲モービル。それほど効果は望めなかった。
敵の機銃攻撃と、揺れる悪路に邪魔されながら、ジンは機銃下部に取り付けられた小型砲へ対装甲弾をなんとか装填する。
「マキナぁ! なんとか反転して向き合わせろ! 中尉は発砲準備を!」
「了解です!」「了解!」
ジンが指示を出している間にも車両右側の地面に敵榴弾が命中する。
雪のかわりに土が降った。
ジンはあまりの至近弾にキーンと耳鳴りを起こしてしまう。周囲の音が篭ったようになり、自分の呼吸だけが聞こえた。
彼は情報の欠けた世界の中で、思考する。
──逃げるのではなく、殺すしかない。
ジンは観察する。ソドスベリアの中型装甲モービルに搭載されている砲は前部に一門のみ。カモシカと同じだ。
しかし、命中精度を向上させるために砲身を伸ばしているのでそれなりに大きく、素早く左右に照準を動かすような撃ち方は難しい代物だった。
まして小さく素早いカモシカに、高速移動中に当てられるほど走行間射撃は簡単ではない。
振動、重力、遠心力、様々な要素が照準を阻害する。相手を翻弄すれば命中は避けられる。
少し開けた場所を見つけてカモシカが滑るように急旋回した。左の敵モービルからの機銃弾がカモシカの側面を叩きつけ、右のモービルからの対戦車弾はカモシカの動きに合わせられずジンのすぐ隣を掠める。
機銃はまだしも対戦車弾が当たっていれば自分の体など文字通り蒸発していた事だろう。
カモシカの機動力に救われた、とジンは思った。
それまではカモシカを捉え続ける為に走り続けていた二両のうち左方が、カモシカが反転したのを見て停車した。もう片方は変わらず追ってくる。
カモシカはそのまま滑って向きを変え、とうとう二両と相対する。
ジンが叫んだ。
「左の敵を狙ええぇッ!」
合図とともに、砲弾が二発放たれる。
ジンの弾は外れたが、スミスの撃った榴弾は停車した敵モービルの窓ガラスに吸い込まれていった。
瞬間、爆発。
弾薬庫にでも引火したのだろう。モービルは勢いよく炎上した。
まず、一両。
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