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第九話「合流」

 昼食も摂り終わって、後はスミス・ホークの到着を待つだけとなった。


 現状は、思いの外順調に事が運んでいる。

 ノヴォルシアが戦場になっていたのは予想外だったが、北の道を通る事で迂回出来たし、合流時刻にも間にあった。

 唯一不安なのは、無事スミス・ホークと合流出来るかだ。もしかしたら霧のせいで存在を見逃すかもしれない。そんな考えがジンの脳裏をよぎった。


「マキナ、そろそろ時間だ」


 ジンは時計の針が午後二時を刺した事を確認して彼女に伝えた。


「どうします?スミス・ホークは見当たりませんよ」


 マキナが「はぁ」とため息をついて暇そうに頬をついた。


「そうだな──俺たちの位置を知らせるんなら照明弾を撃てばいいだろう」

「照明弾ですか……もし敵が見てれば、私たちは自殺志願者みたいなもんですよ?」


 彼女はより一層ため息を強めて項垂れる。


「そうなりゃ、スミス・ホークなんか見捨てて逃げりゃいいさ。『作戦は失敗した』って報告書に書いてな。死ぬのは怖くないが、こんな馬鹿馬鹿しい任務で死ぬのは御免だぜ」


 呆れたが、マキナは渋々ながらも彼の提案をのむことにした。

 信号拳銃と呼ばれる、照明弾を撃つための銃を引っ張り出してきて銃座からジンに投げる。


「じゃあ、撃つぞ」


 ジンはカモシカから十メルカほど離れて銃を上に向けた。

 バシュウ。と信号弾が独特な音をたてながら空に勢いよく打ち上がる。次に破裂音が聞こえると、それは(まばゆ)く輝きながらゆっくりと落下を始めた。


「さぁ、鬼が出るか(じゃ)が出るか……賽は投げちまったんだ。後戻りはできねぇな」


 二人は息を呑んでその時を待ったが、すぐに何かが起きるわけでもなく沈黙が続いた。

 雪がはらはらと降り、音もなく地に落ちていった。森の中であるというのに鳥のさえずりさえも聞こえず、鹿も、熊も、狼も見当たらない。耳が痛くなるほどの静寂が二人を襲った。


「…………」


 ジンは視界の悪い森を、霧のその更に奥まで睨むように見た。マキナも同じように、銃座からジンの見ていない方を、音を立てないようにゆっくりと「変化」を探す。

 とく、とく、とく。と心臓の鼓動が秒を読み、一分、二分、とうとう三分経過したが冷たい空気が外套も通り越して身を震わすだけだった。

 ジンはマキナの方を振り返って「どうする?」とでも言いたげな視線を送る。彼女も「どうしましょう」と肩を竦めた。


「……マキナ、寒いな。何か上着を──」


 バキッ──。


 不意に音が鳴った。枯れた枝を踏み抜いた音だ。


「誰だッ!」ジンが叫ぶ。


 だが反応がない。ただの動物か、あるいは敵か。まさか気のせいという訳ではあるまい。

 ジンは銃を構えて声の方に向ける。マキナも機関銃のスライドレバーを引いて装填し、照準した。

 心臓が早鐘を打つように高鳴った。


 ジンは、今度はソドスベリア語で反応を見ることにした。


『誰だ!』


 だが音の主は返事をしない。

 妙だと思い、少し思考すると任務資料の内容を思い出した。確かこの任務には合言葉があった。


「──雪!」ジンが叫ぶ。

「──白!」返事が返ってきた。


 合言葉が揃った。つまり。


「──はぁ。マキナ、あれは味方だ。スミス・ホークだよ」


 ジンは肩を落として安堵の息をついた。そしてマキナに警戒を解かせる。

 それと同時に、雪を踏みしめる足音が近付いてきた。ようやく、ご対面という訳だ。マキナは先ほどまでとは別の意味で緊張し、唾をのんだ。


「すまない。最初にシュネーリア語を聞いて味方だとは思ったが、アタシは用心深い性格なものでね」


 ジンもマキナも空いた口が塞がらなかった。ふたりとも、いちど互いに向き合って、そしてまた声の主の方を見る。


「知っているとは思うが、スミス・ホーク二等中尉だ。スミスでいい。宜しく頼む」


 二人が唖然としたのはスミス・ホークのせいだ。

 二人とも勝手なイメージで「スミス・ホーク」を男だと思っていた。しかし。


「女だ……」


 彼女の身長はマキナより低く、女性の平均程度──おおよそ一六○センチメルカほど。

 髪は金髪でショートカット。着ているのは軍服ではなく、市販の外套のようだった。

 そして何より、彼女の特徴として最も目を引く部分があった。


 目だ。


 もっと正確に言えば右目。本来二つあるはずの目が、右の方だけ確認出来なかった。


 なぜなら、彼女は眼帯をしていたからだ。


 彼女は残った左の、色素の薄い空色の瞳で不思議そうに二人を見た。


「あぁ、えっと。よろしくお願いします中尉」マキナがおじおじと挨拶した。


 それを聞いてジンは正気を取り戻した。慌てて敬礼をする。そう、彼女は上官だ。


「俺はジン一等准尉。銃座にいるのがマキナ・メイカー伍長です」


 ジンがマキナの分も一緒に自己紹介をすると、彼女は二人の顔を確かめながら訊ねた。


「そうか……ところで准尉。アンタが意外そうな顔をしていたのは私が女だったからかい?」


 図星を突かれてジンは言葉を濁す。


「ええ、まぁ……」


 彼女は二人の勘違いをからかうように、シシシと息を漏らして笑った。


「こちとら何年もこの名前で生きてきたんだ。そう言われるのは慣れっこさ」


 ジンはなんとも言えない表情になって彼女を見つめる。いろいろと聞きたいことはあったが、何より一番気がかりな部分があったからだ。


「──その眼帯は?」


 ジンが訊ねるより先に、マキナが銃座から身を乗り出して質問した。


「これか……四年前にケガをしてね。──大丈夫。ちょっと視界が狭いだけで普通の兵士と変わらんさ」


 彼女は、マキナの方を見て喋りながらそちらに歩む。そして興味深くカモシカを観察した。


「A-30軽モービル……もう前線は退いたと聞いていたんだが、コイツは現役のようだね」

 スミスは側面の装甲についた弾痕を、撫でるように眺めながら言った。その顔には意外そうにしている。

「……俺の愛機です」


 ジンの答えに、また彼女がシシシと笑う。


「そうか。アンタ達が『シュナルの鬼神』か」


 その名を聞いてマキナが嬉しそうに声を弾ませた。


「私達のことをご存知で!?」


 逆に、ジンは「またか」と呆れた。もう何度も繰り返した会話だ。

 ──シュネーリアの鬼神。もういい。聞き飽きた。と、ジンは辟易とした。

 だがスミスは言葉を続ける。


「ああ、ソドスベリア軍じゃあもっぱら噂だったよ。『冬の悪魔』なんてあだ名もあったかな」


 シュネーリアの鬼神と呼ばれることに抵抗があるジンだったが、彼女の言うもう一つの異名には大いに笑った。


「冬の悪魔──。ははっ! そいつはいい!」


──次回予告──


人間とは、

己の信じたいものを信じる愚かな生物。

思い込みは思い込みを呼び、

疑念は疑念を呼ぶ。

戦場に生まれる伝説もまた、それだ。

兵士の恐怖が恐怖を生んで肥大化した、

その結果が異名や伝説だ。


次回「スミス・メイカー」


鬼神は、悪魔となりて舞い戻る。

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