第八話「到着」
ウェイド中隊長の言う通り、山あいの川には人っ子一人見えなかった。
もっとも、こんな辺境の、それも極寒の場所で子供を見みたなら、まず幽霊の類を疑うが。
──言い換えれば、それだけ生物の気配がない場所。敵の影など当然なかった。ジンは願ってもみなかった幸運を、かの中隊長に感謝した。
そうしてカモシカは夜の帳が降りるまで走り、走り終えると二人は食事をとる。今日はスープが入った缶詰を火で温め、そこへパンを浸して食べた。どちらも日持ちと栄養素しか考えられていないような、あまりに「非人間的」食事だ。
「相変わらず……硬いパンですね、スープに浸けても、噛み砕けない、なんて」
「文句言うなら、どれ、俺が食べてやろう」
「やめてください! 私のです」
二人はパンとスープを貪り、栄養を胃に詰め込みながら口喧嘩を始める。
ここは既に敵地で、戦地だ。だが、これだけ気配のない場所なら、張り詰めた空気で居続ける必要も無いだろう。
軍人に必要なのは適度な緊張感と十分な休憩だ。適度な会話は心の潤滑油になる。
二人にとって口喧嘩は──いや口喧嘩でさえ、生きるために必要なものであった。
食事が終われば昨日と同じように寝袋にくるまってカモシカの中で眠る。
マキナは窓の外に星空を見た。いつにも増して美しい星々を。
三日目は川を外れて山を縫うように南下し、そこから山沿いにスタルヴァへと向かう。
スタルヴァは合流地点の名前、二人の目標地点だ。予定通りにいけば明日、到着する予定となっている。
「一体どんな人なんでしょう」
マキナが、まだ顔も分からぬ「スミス・ホーク」を話題にあげた。
「さぁな。履歴書には写真も出身も、経歴も書いてなかった。分かってんのは名前だけさ」
今日は霧と、少し雪が出ていた。なにも見えない訳では無いが、視界は悪く、注意していないと位置を間違えそうになる。
ジンはコンパスを離せなかった。
だがこれも接敵をさけるため、仕方のない事だと二人とも納得している。
「ソドスベリアに一人で潜入するような人です。きっと屈強な人なんでしょう」
マキナはスミス・ホークの話題を続けた。
「バーカ、筋骨隆々な奴がスパイなんてするわけ無いだろ。そういうのはな、街に溶け込めるようにどこにでも居るような特徴のない奴がなるんだ」
ジンが銃座についたまま、足を彼女の右肩にゆっくりと押し込む。「右にゆっくりと舵を切れ」という合図だ。
「へぇ、意外と詳しいんですね」
「俺の知り合いに元スパイがいるんだ。そいつが言ってたよ」
「どうだか。どうせまた適当な事言ってるんでしょう」
「いやぁ、本当さ。そいつは特徴がないのが特徴みたいな奴だったぜ」
「はいはい」
彼が戯言を言うのはいつもの事だ。毎度、信憑性には欠ける。
四日目の朝。
昨日よりも霧が濃く、山を覆うようになっていた。雪も降り続いている。
それでも確実に目的地には近付いていた。
「ジンさん、今どの辺りですか」マキナが訊ねる。
「んん、あー。スタルヴァまであと一時間くらいのはずだ」ジンは地図を見て概算を答えた。
この四日間、ずっと「敵に見つかるんじゃないか」と怯えて走ってきた。
やっと折り返し地点だ。マキナは長い息を吐く。
「スタルヴァ……地図ではただの森林地帯になってますけど、スミス・メイカーはたった一人でこんな辺境に来られるんでしょうか」
「さぁな。凍傷になって、足もげて、そこら辺で倒れてるかもな」
「そうなってないと、いいですけど!」
冗談を言いつつも、ジンは警戒を厳にして索敵をする。人の気配がないとはいえここは敵地、味方は居ない。見つかれば袋叩きにされるのは目に見えている。その恐怖からから来る緊張は、いくら彼と言えど常には耐え難い。
気を紛らわそうと、ジンも話題を作った。
「スタルヴァっていうと、昔は城があったらしい。今はもう無い国の、首都の名前がスタルヴァだったんだとよ」
「盛者必衰ってやつですね」
ジンがスタルヴァについて知っている唯一の知識を語ると、彼女は感慨深そうに言った。
「へぇ、難しい言葉知ってるんだな」
彼がニヤニヤと笑いながらマキナを褒めると、彼女は顔も見えていないはずであるのに不満そうな声を上げた。
「ン、なんだか、褒められたのに馬鹿にされた気がします」
彼女が後ろを振り返ってジンの顔をうかがおうとする。
「気のせいだよ。ほら、前向いて運転しろ」
ジンはそれを制止して──肩を蹴って運転に集中させた。
「痛い! ひどい!」
彼女の野次は無視した。
二人は木々の隙間を縫うように目的地まで進んだ。
そしてほぼ予定通り、一時間とすこしでスタルヴァに到着した。
近くに廃墟と化した石造りの建物(らしき人工物)があったので、そこに雪上車を停める。
「本当に、ここに国があったんですね──これきっとお城の跡地ですよ」
「どんだけ探しても王子様はもういねえぞ。きっと今ごろ墓ん中だ」
ジンはマキナをからかいながら、銃座から顔を引っ込めてカモシカの中に戻った。
そしてタルコフ銃と呼ばれる五発装填式のライフルと、その弾倉が装着された弾帯を手に取る。
それらを装備しながらジンが言った。
「予定通りに野郎が現れるんなら、あと二時間ってとこだな。それまではここで待機する」
今は午前十一時。
任務の指示書に書かれていた合流の時刻が、午後二時であったので暇な時間ができた。
暇、とは言うが気は抜けない。だから彼は武装したのである。
「──どうだマキナ、観光でもするか?王子様は居なくても騎士様なら居るかもしれんぞ」
「そうですねぇ。騎士様には興味無いですけど、もうお昼ですし、ご飯が食べたいです」
マキナは「朝もあまり食べられなかったし」と付け加えながら空になった水筒をコンコンと叩いた。
「花より団子ってか」ジンがからかう。
「腹が減ってはなんとやら、ですよ」マキナは意趣返しをした。
それもそうだ、とジンは納得する。二人はカモシカを降りて、カモシカの後ろに牽引しているトレーラーを囲んだ。
「結構減ったな」
「燃費悪いですからね。カモシカも、私達も」
出発の時はトレーラーの中に詰め込むように入っていた燃料や食料も、半分以上減っていた。
「コイツを切り離せば多少はマシになるさ。俺たちは知らんが」
「三人に増えるなら悪くなりますよ」
確かに、と彼は笑った。
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