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その話を聞いた私は、思わず頭を抱えた
魔王の仕事をやりっぱなしでこっちに来てしまったことに愕然としたのだ
しかも
「転生ってことは、あっちの世界での私は、やっぱり死んだのか?」
「はい、死んでます。あの時、謁見の間にいた生物は、あなたも私も勇者パーティーも含めて、全員死んでます」
それがどうしたという風に、ハッキリキッパリ答える佐伯に、さらに頭痛がする
「そんなあっさり言うようなことじゃないだろう」
思わずそう言ったが
「いや〜、前世の私はめちゃくちゃ不細工でしたからねぇ。普通に人間だったのに、何度ガマガエル系の魔族に間違えられたことか」
そう言って、拳で涙を拭うフリをする佐伯
そう言えば、あんまりな風貌だからうっかり忘れてたけど、人間だったわこいつ
「ってことで、醜いドルドーには一切の未練はありません。見てください、美しいでしょう私?こんなイケメンに生まれ変われるなんて、やっぱり前世の行いが良かったんですね」
懐から手鏡を取り出した佐伯は、自分の顔をうっとりと眺める
激しく殴りたい。殴りたいが、一生徒が教師を殴るのは問題だと、拳を握ってなんとか耐える
「お前に未練がなくても、他の人間にはあるかも知れないだろ。独りよがりも大概にしろ」
「え?でも、こっちに転生してきた人、みんなわりと美男美女に転生してますよ。ロードだって、めっちゃ美少女じゃないですか。すらりとした身体、艶やかな長い黒髪、切れ長の瞳、そしておまけの泣きぼくろ!完璧!もう完璧」
悶える佐伯にドン引きする私
こいつに容姿を褒められても、微塵も嬉しくない
「お前が容姿にコンプレックスがあったのは知っているが、人の価値観はそれが全てじゃないだろう。特に、勇者一行なんか、魔王を倒してこれから凱旋だって時に殺されたんだからな。真相を知られたらめちゃくちゃ恨まれてもおかしくないぞ、お前」
「え、そんなもんですかね…。いやいや、でももう35年くらい前の話だし、みんな今の人生を満喫してるっぽいし、今さらじゃないですかね?」
ちょっと動揺しつつも、宣う佐伯
「35年前の出来事だったとしても、思い出したの昨日だしな。だいたい、元の世界は今どうなってるんだ?」
「は?そんなこと分かりませんけど」
「分からないってどういうことだ?」
「いやだって、この世界には魔素とかほぼないしー、魔法陣は書けるけど魔素がなきゃ発動させることなんてできませんからねー。ぜーんぜん、分かりません」
なぜか胸を張って答える佐伯に、そろそろ我慢が限界に達しそうになる
「分からないって、無責任すぎやしないか?」
「そんなこと言われても、出来ることがないんだから仕方ないじゃないですか。ロードが復活してから考えようかなって思ってたんです」
「ってことは、結局今まで何もせずに、私が復活するのをひたすら待っていただけってことか?35年近く?」
「やだなぁ。一応、魔法陣を試したり魔素を貯める方法を考えたりもしましたよ。でも、考えたけどなんともならなかったので、ほうち…じゃなくてインターバルを置いてですねー。ほら、私、転移魔法を構築するのに頑張ったし、なんて言うか余暇的な?自分へのご褒美?そういうのも必要かなって」
「で、その余暇が35年?」
私から黒いオーラが湧き上がって来るのを見た佐伯は、怯えて少し後ずさりする
「いやいや、この世界を征服する方法とかも考えたりしてましたよ!魔力さえ復活させられたら、アメリカ大統領を傀儡にして地球全土を掌握するような…」
「いや、無理だから!アメリカでもロシアでも無理だから!」
「じゃあせめて、赤道付近の小さな島国のどこかを征服して、酒池肉林ライフを…」
「するかー!人をテロリストにでも仕立て上げるつもりかー!」
ついにキレた私は、思わず佐伯に蹴りを食らわしてしまった
「……ごちそうさまです」
「いや、何がだよ!?」
ひれ伏す佐伯に思わず焦る
もうやだ、こいつの相手したくない
「…ところで、この世界には他に誰が転生してきてるんだ?」
ため息をつきながら尋ねると
「えっと、ロードと私、勇者一行、それにシルビア姫と騎士隊長のギーシュですね」
「シルビアとギーシュ?」
私の脳裏に哀しげな顔をした儚げな少女と、筋骨隆々の無骨な騎士の顔が浮かんだ
「で、二人はどこにいる?」
「シ、シルビア姫はこの学校に」
勢い込んで問い詰めると、何故か目をそらす佐伯
「ギーシュはどこだ?」
「いやぁ、はっはっは。ギーシュは元気ですよ。いやほんともう、めっぽう元気」
「だからどこだと聞いているだろう!」
騎士隊長だったギーシュは、その真面目で寡黙な性格のせいで、ドルドーとは反目しあっていた
ドルドーによる、魔術を使ったショボい嫌がらせの被害者は、概ねギーシュだったと言っても過言ではない
ドルドーが揉め事を起こすたびにギーシュは怒り、ドルドーを捕まえて説教し、なんとか少しでも真人間になれるように散々手を尽くしていたのだが、その全ては徒労に終わっている
でも、あのギーシュがこちらに来ているのなら、ドルドーを一人で引き受けなければならないという精神的重圧から、少しは解放されるかも知れない
「ギーシュは、学校にはいません」
「じゃあ、どこにいるんだよ!?」
相変わらず目を合わそうとしない佐伯に、一抹の不安を覚える
「会いたい?」
「当たり前だろ!」
「どうしても?」
「しつこい!!」
上目遣いで尋ねる佐伯を怒鳴りつける
「どうしてもって言うなら会わせてあげてもいいですけど……」
渋々と言った面持ちで立ち上がる佐伯
15分後、佐伯に連れられて行った先で、私は念願のギーシュとの対面を果たした
ギーシュは、転生前と変わらず、精悍で筋骨隆々な体躯をしていた
黒い毛、黒い瞳、厚い胸板
紛うことなくゴリラがそこにいた