2.二日後
翌日、俺は赤の魔力を得るため、森の更に奥にある山へと足を踏み入れていた。
こういう順番にしたのにも理由はある。
まず森に行ったのは、一番家から近いというのと、そこで得た魔力がなければ他のどこの地形にも辿り着けないからだった。
ちゃんとした装備もなしに山を登るのは死にに行くようなものだし、底なし沼にはどうも毒気があるようなので対策が取れるまで近寄りたくない。川へはその沼を越えねばならず、平地は家から一番遠い。
そんなわけで選択の余地はなく、まずは森、そしてその次は山となるのだが……ここで昨日得た緑の魔力が大活躍していた。
「えーと……『蜘蛛糸』」
本で覚えた魔術の呪文を唱えると、その名前通りに俺の手から蜘蛛の糸が伸びて、とても自力では登れそうにない崖の上の岩壁にピタッと張り付く。
それを手繰って登ったら、山道を行けるところまで行き、また難所に出くわしたなら同じ方法を使って乗り越える。そんな風にして、頂上への最短距離を進んでいく。ちなみに選ぶべきルートは「閃き」が教えてくれるので、迷うこともない。
いくら高スペックな肉体になったとはいえ、ロッククライミングの心得なんてない俺が、こんなに簡単に断崖絶壁を登れるとは。まさにスキルと魔術様々だ。
そんな感じで苦もなく山頂に辿り着き、魔力渦巻く火口の淵までソロソロと近づいていって、盛り上がっているマグマの中に血を垂らす。すると、今回もパッと光り輝いたのちに赤の魔力が体に流れ込んでくる。
よし、ここも契約完了だ。帰りもそれこそ蜘蛛のようにスルスル糸を垂らして、あっという間に下山していった。
***
更に翌日。昨日は山登りでかなり疲れたが、緑魔術の「活性化」によって魔力が体力を補ってくれる。少しだけ不覚をとった擦り傷も、「再生」で治してあるから問題ない。
早速森を抜けて山の反対側の麓にある沼地まで行き、周囲に満ちた毒気を緑魔術の「命の根」で無効化しつつ、魔力の流れを追う。
そして、ここの魔力の流れの元に辿り着いたのだが……
「なんだありゃ……」
なんとそこにあったのは、どうにも生き物としか思えない生々しい動き方をする、奇妙な泥の塊だった。
「っ⁉︎」
しかも、俺に気付くと襲いかかってきて、危うく呑み込まれる寸前で慌てて身を躱す。
いかんいかん、どうやらこいつはこれまでの二つとは違って、魔力と土地が結びついて魔物的な何かになっているらしい。
こういう時はーー倒すに限る!
単なる思いつきだったが間違いではなかったようで、赤魔術の「稲妻」や「火球」をしばらく泥の塊に打ち込みまくった結果、ブスブスと煙を上げて動かなくなった。
そこへ俺の血を垂らすと、またパッと光って黒の魔力が俺に流れ込んでくる。ちなみに泥の塊はそのまま溶けてなくなったのだった。
***
またまた翌日。魔力集めもすでに三つ目を終え、残るは青と白のみ。
緑魔法での回復と腹ごしらえを終えると、はるばる昨日の沼地を越え、川に辿り着いた。
轟々と鳴る奔流は、近づくのさえためらわれるほどの勢いだ。そして、その水の勢いに散らされているのか、これまでと違って魔力の流れが意味不明なほど混乱していて、真に合流する場所が掴みきれない。
試しに適当な所で血を垂らしてみてもダメだった。やっぱりちゃんと見つける必要があるようだ。
「さて、どうしたもんかな」
いくつか考えられることを試してみたが、あてずっぽうにやってもダメみたいだった。それと、不思議と言うべきか、「閃き」は起こらない。さすがに発動には何か条件があるのかもしれないな。
こんな所で夜を過ごすのはごめんなので、暗くなる前に引き上げることにした。
その帰り道。
森の中を歩いている途中で、妙なものを見つけた。いや、むしろあって自然なものかも。
それは、人の白骨死体だった。この島はかなりの秘境らしいので、来られる者は限られる。現状俺が知りうる限りで言えば……
「こいつが、あの家の元持ち主か」
この島に辿り着いて、あれほどの本などを蓄えていたのなら、さぞかし優れた魔術士だったのだろう。それがこんなところで野ざらしになっているとは。
とはいえ、木の根元にもたれかかるような姿勢のそれは、穏やかな最期であったと思わせる。成仏せいよ。
ーーと、そこまで考えて、ふと思いついたことがあった。
今の俺は黒魔術が使える。そして、あの家で読んだ本の中には、こんな時にこそ役立つ呪文が書いてあった。
それは、「反魂」の術だ。屍体に魂を憑依させ、生き返らせる邪法。あまり褒められた手段ではないが、こいつなら何か役に立つ知恵を知っているかもしれない。今は他に打つ手がないし、こんな状況では生き残ることが第一と割り切ることも必要だ。
よし、やろう。
俺は、きれいに残った白い髑髏を手に取り、家に帰るのだった。
***
黒の魔力が最も安定する夜。反魂術の儀式の準備を整えた俺は、魔法陣の中央に骸骨を安置して、呪文を唱える。すると、黒い魔力が俺から立ち上り、魔法陣へと繋がっていく。
この感触……これまで使った魔術とはまったく違う、鳥肌が立つようなやばい感じだ。本当に使って大丈夫なのかな……
それでも、魔術が発現する前兆なのか、光を放ち始めた骸骨は徐々にその光量を増していき、一瞬最も強く輝いた後、逆に収まっていく。
「……ドコノ愚カ者ジャ。コノワ私ヲ永久ノ眠リカラ呼ビサマストハ……貴様、名乗ラヌカ」
おお、骸骨が喋った。成功か?
気付けば、寒気を催すような嫌な感じはなくなっており、夜の闇の中で骸骨がわずかに光を放っている。
「あー、他人に気易く名前を教えちゃダメなんだろ? あんたの蔵書を読んだよ。それはともかく、あんたを喚んだのは訊きたいことがあるからなんだ。この島の川の魔力を手に入れる方法、教えてくれないか?」
「黒魔術士ガ青魔力ヲ手ニ入レテ、ドウスルトイウノダ。タトエ手二入レタトコロデ扱ウコトナドデキマイ。己ノ分ヲ弁エイ!」
「そうなのか? 黒の魔力の他に緑と赤も手に入れられたから、てっきりそういう制限はないのかと……」
そう言うと、表情筋なんてものはない骸骨なのに、ハッキリと驚きが伝わってくる。
「マサカ! コノ私ヲ謀ルカ! ……ムム? イヤ、確カニオ主カラハ、三色ノ魔力ヲ感ジル……ドウイウコトジャ……」
「じゃあ、これで証拠になるかな」
俺は骸骨に向かって緑魔術の「再生」を唱える。
するとビデオの逆再生みたいな感じで全身の骨が出来て、更にどんどん肉が付いていく。おえ、ちょっとグロい。
「⁉︎ ま、まさか、本当に⁉︎」
そして二度びっくり。そこに現れたのは、肩口で整えられた金髪に、細身かつグラマラスな体と、すらっと長い手足ーー骸骨の元の姿は、なんととっても美しい女性なのでした。
しかも当然服は再生されないので、生まれたままの姿だ。うーん、役得なのか?
気まずいので家から服を取ってきて渡し、着てもらう。そもそも彼女のものだしな。
「うむむ、黒魔術士でもないのに反魂術を成功させ、あまつさえ更に二色の魔力を持つなど、只者ではあるまい。改めて問おう、貴様は何者なのだ」
ここは本当のことを言った方が話が先に進むと思い、自分の素性や神様とのアレコレを包み隠さず伝える。
「地球……異次元? そして、神? ということは……」
俺が話し終えるとすっかり考え込んでしまった彼女は、やがてこっちを見て言った。
「お前の話はあり得んとしか思えんが、実際にこんな真似をされては、信じるしかあるまい。よいだろう、このビビアナが知ることであれば、なんでも教えてやる」
やった、苦労した甲斐があった。
俺は蘇った骸骨もとい、ビビアナと名乗った美女魔術士に、これまで抱えていた疑問の全てをぶつけて夜を明かすのだった。




