11.戦いの行方
黄金律。それは、俺の閃きが現世に復活させた、古代の神秘の結晶ともいうべきモノ。今の世には伝わっておらず、使い手が途絶えて久しい魔法をもたらす秘術である。
厳密には、俺が直接魔法を行使したのではなく、「この場に魔法を呼ぶ魔術」を行使した形だ。
「これハ……まさカ……あり得ン、そんなバカナ……!」
さしものエリックも、この状況に恐慌をきたした。
奴お得意の反対呪文で打ち消せるのは魔術のみであり、いわんや魔法に対抗できるものなど、人の身には持ち得ない。
一方で、実はこれから起きる現象は俺にもコントロールできないのだが……まず間違いなく、俺の狙い通りの効果がもたらされるはずだ。
「……⁉︎ 消えル、消えてしまウ……我が魂ガ……消えテ……しまウ……」
見れば、ローブの下に隠されていたエリックの体は不気味な光を放ち、徐々に透明になって消えつつある。
「やはり、本物ではなく現し身だったか……奪った魂の力で構成した体を、異次元から操っていたのだな」
「どういうことだ? 奴はやはり死んでいたのか?」
状況を理解できないアメリアが、不安げに訊く。
「いや、かつて俺が奴に食らわしてやった魔術の効果は、この世界からの追放だ。どこに行ったのかまでは分からないが、今も別次元でさまよっているはず」
実を言うとその魔術は、次元を超えて元の世界に帰るために編み出したのだったが、どこに辿り着くか分からない失敗作となってしまった。
どことも知れぬ次元に送られた奴は、自らが帰ることはできないまでも、蓄えていた魂の力で分身たる現し身を作り出した。そうして、帰還のための手段を探していたのだろう。
そして、魂の略奪という許されざる奴の行為に対し、俺は魔法による審判を下させた。
それには、依代として五つの指環という特別な思い入れのあるアーティファクトを犠牲にする必要があったのだが……こんな状況であったなら、指環をくれた本人も、許してくれるだろう。
とにかく、案の定、奴が奪った魂は解放され、現し身を保つことができなくなったわけだ。
「おのレ、ツバサ……許さヌ、いつか必ズ血の復讐ヲ……」
そう言い残して、エリックの現し身は消え去った。
「終わったぞ。お、ホンダも意識が戻ったな」
呆然と事の成り行きを見ていたアメリア達は、これでやっと解決したのだと徐々に理解し始め、次第に笑顔になっていく。
「すげえじゃねえか! さすがだぜ!」
「……見事」
「黄金の魔術……こんなものがあるとは……! すごい、すごいぞツバサ! ……その、本当に、す、すごい奴なのだな、お前は……」
ヴィエイラのホンダはともかく、心なしかアメリアの態度が変で気持ち悪いな。
「黄金……黄金……うふふ、黄金……」
やたらぐいぐい体を押しつけながら俺の手を取るし、向けてくる熱を帯びた目は、一体何に対してなのか。
「どうだ、今の技、私の国に来て教えてくれまいか? あんな美しい魔術は、私にこそふさわしい。それと、も、もしお前がどうしてもというなら、お前を我が夫にしてもーー」
「あー、とにかく、聖杯はどこだ? 早くしないと別のパーティが来るかもしれんし」
面倒になりそうなことになりそうなので、話をはぐらかしてみる。
「おーい、これじゃねえか? こっち来てみろよ!」
ありがたいことにヴィエイラが呼んでくれたので、そそくさとそっちに向かう。
「あ、ま、待て……まったく……この私の誘いを……」
アメリアが後ろで何か言っているが、彼女も聖杯に興味がないわけはなく、しっかりついてくる。
そしてーー
「おおお、これが……!」
祭壇に飾られていた聖杯は、アメリアが息を呑むほど見事な美しさだった。太陽の光を反射する眩しい輝きは、俺達の攻略成功を祝しているかのようだ。
「ツバサ、取ってくれよ。やっぱお前がふさわしいんじゃねえかな」
「……相違ない」
「そうだな、ここは譲ってやろう」
三人から口々にこう言われ、別に反対する理由もないので、そのようにさせてもらう。
聖杯の正面に立って両手でしっかりと支えながら持ち上げると、ズシリとした重みが伝わってくる。これだけの質量が間違いなく混じり気なしの純金で作られているし、その上毎夜金を生み出すというならば、いったいどれほどの価値を持つのか計り知れない。
だが、俺の興味はそんなところにはない。掲げた聖杯の隅々にまで目をやり、目的のものを見つけて、俺はほくそ笑む。
「やはりあったか……『真言の金言』」
俺が探していたのは、この聖杯自体ではなく、魔法の神秘に関わるこの金石文だった。
俺の持つスキル「閃き」は、実は必ずしも答えをもたらしてくれるわけではない。俺の中に答えを導き出す情報が揃っていた場合に限り、発動するのだ。
だから、例えば「人生、宇宙、すべての答え」を求めても、残念ながら無駄だということになる。
とにかく、いくつかのアーティファクトに刻まれているこうした金石文が、俺が真に求める答えのパーツとなる。すなわち、元の世界に帰るための方法の答えに繋がっているわけだ。
「ほら、アメリア。これはお前のものだ」
だから、俺にとって聖杯自体は別に必要ない。渡してやると、アメリアは目を輝かせて受け取る。
「う、うむ。こういうものは指環と相場が決まっているが、お前の指環はなくなってしまったようだしな。これがその代わりということでいいのだな……?」
何か勘違いしている気がするが、放っておこう。
残る二人も順番に回し持った後、再び受け取ったアメリアは愛おしそうに聖杯を撫で回すのも、気にしない。
とにかく、ついにそれぞれの目的が果たされた。長いような短いような冒険も、これで、いったんおしまいとなる。
やがて、攻略済みとなった際に発動するようあらかじめこの塔自体に仕掛けられていた魔術によって、俺達の体が輝き始めた。
「お前らと組めて本当によかったぜ。また機会があったら、よろしくな」
「……某の願いの成就に助力してくれた恩、決して忘れぬ。何かあればいつでも頼ってくれ」
「みな、ご苦労だった。今後も大いに励むようにな。それと、やはりツバサはぜひ私とーー」
「お、お、聞こえるか? 終了の合図の笛の音だなー」
かくして、攻略達成を喜ぶパーティメンバーが口々に別れの言葉を述べる中、俺達の体は魔術の光の中に消えていくのだった。
***
攻略を終えてギルドに戻ってきた俺達は、またボスの部屋に呼ばれていた。
「諸君、報告は聞いた。素晴らしい成果だ。私は君達を誇りに思う。それで、今回の報酬なのだが……」
事務的に俺達を讃えた後、ボスはあり得ないことを口にした。
「アメリア女史からは成果報酬型ということでギルドにメンバー募集の依頼があり、交渉の結果、我々はギルドへの代行手数料も同じく歩合制の成果報酬型ということで合意していた。そのため、君達へ支払う報酬は、まず今回の迷宮で得られた財宝の価値を合算し、ギルドへの手数料と迷宮挑戦料、及び冒険者保険料の支払い分を収めたのち、残りを四人で割った額となる。もちろん、この条件は事前に了解しているな? では、財宝を提出してもらおうか」
ボスがそう早口に説明を終えると、その後ろからいつも受付嬢をやっている猫耳のギルド職員が現れ、ニコリと笑って両手に持った空箱を差し出してくる。
どういうことだ、そんな無茶な契約があるか? 俺はこんな話など知らない。しかし、俺以外の三人は言われた通り、素直に例の宝物庫で得た戦利品を差し出している。
「どうした? この点は契約書に明記してあっただろう。迷宮に行く前にアメリアから受け取ったはずだ。こちらの手元にある写しにも、サインがしてあるぞ」
ハッとしてアメリアを見てみると、そっぽを向いて口笛を吹いている。これは……やられた。
「そういや、ツバサは迷宮で手に入れた剣を折っちまったんだよな。もったいねぇ」
いや、それはそうだが、そもそもこんな契約になっているとは聞いていない。てっきり経費はアメリアの持ち出しだとばかり思っていたぞ。
「なに? そうか、ならばその分は概算で計算することになる。失ったのはどんな剣だったのだね? 時空の剣? それは素晴らしい。が、今回の契約だとそれがそのまま損失額となるのでーー」
いや、本当はそんな剣ではなかったのだが、あの時はそういうことにしてしまったのだった。なのでそういう前提で他の宝と合わせて通貨単位に換算し始めたボスは、やがて無慈悲にこう告げた。
「うむ、損失額が大きすぎて、ツバサは得られる報酬より補填額の方が大きくなるな。ギルドは君達の間でのやり取りには関与しないが、ギルドが得られるはずだった分を優先して補填してもらう。詳しくは契約書を確認したまえ」
そんなバカな話があるか。
「安心しろって、俺達はお前から金をとったりはしねえからよ。でも、ギルドへの支払いだけは頼むな。こればっかりは契約だからな、しょうがねえだろ」
「……某も、この槍さえあればそれでよい」
ヴィエイラとホンダは優しい言葉をかけてきたようでいて、その実自分の利益はしっかり守っている。お前ら、仲間じゃないのかよ。
「そうだツバサよ、そういう契約なのでは仕方あるまい。なに、ここは私が立て替えておく。代わりと言ってはなんだが、この後我が国まで一緒に来てもらおう。別に踏み倒されると思っているわけではないがな、その方がお互いに色々と好都合であろうよ。な?」
アメリアがここぞとばかりに、俺に恩を売ろうとする。そうか、元々契約書とやらを俺に見せず、サインすら偽造した理由はともかく(おそらく最初の動機は単に報酬額を誤魔化すためだろう)、今は俺の身柄を縛るのにこの状況を利用しようとしているのだな。
「いや待てって、ボス。違うんだ、そもそも俺は契約書なんてーー」
そこまで言いかけて、あくまで静かなボスの目を見た時に、俺は気付いた。
もしかしたら、ボスもすべて分かっていて、その上であえて黙っているのかもしれない。
「実は、近年我がユーエスエイを騒がす、ある重大な問題があってだな。それには今回の聖杯と同レベルのアーティファクトが関わっているという噂だ。ツバサよ、どうか助けてはくれまいか?」
「……分かった。いいだろう」
そして、これがその理由か。俺の了承の返事を聞いたアメリアの顔は、これまで見せてきたのとは違う種類のーーなんというか、心の底から安堵と嬉しさが溢れたような表情になっている。やれやれ、これほどこのじゃじゃ馬皇女を悩ませるとは、よほどの大事らしいな。
俺は、感極まって抱きついてくるアメリアを押さえながら、普段無表情なボスが笑みをこぼしたのを認め、諦めを込めて小さく首を振るのだった。
***
「じゃ、またいつかな」
「……達者でな」
「ああ、お前達も」
「さあ、我々はこっちだ。行くぞ、ツバサ!」
ギルドを出た俺とアメリアは、ヴィエイラとホンダと別れ、新たな旅路につく。ベタベタと絡んでくるアメリアがうっとうしい。
俺の旅は、どうやらまだまだ終わらないらしい。
こっちの世界に来て、もう何年になるのか。追えば追うだけ元の世界が遠のいていくような状況にうんざりしつつ、それでもまた一歩、また一歩と進んでいく。なんたって、俺にはそうすることしかできず、そしてその結果がどうであれ、なるようにしかならないのだから。