6章 鬱病の男
魔夜美は、ネガティブな発言の多い秀紀を心配する。彼はデリバティブ取引、株取引に似たものにハマりすぎて、躁鬱病に罹っていたのだ。
秀紀に希望を与えるため、魔夜美は秀紀にデリバティブ取引を辞めるように言い、協力することも約束する。
「貴方ってどうかしてるわ」
魔夜美は文句を言いながらも店内に入った。
さっきまで魔夜美が座っていた席のテーブルにはノートパソコンをが置いてあって、株の売買をしているのがわかった。
魔夜美は大分前、ネットで株をしている人と話をした事が有ったが、その男は鬱病だと嘆いていた。なんでも夜中に飛び起きて株の動向をチェックしていると言う。しかも仕事の合間にもだ。
そりゃキチンと寝なければ、病気にもなる。しかも極度の緊張状態を維持したままなんだから。例えば株で儲けたら、気分は高揚する。損したら落胆する。その上下の繰り返しは脳にも悪い。長時間のパソコン作業で偏頭痛もするに違いない。
「貴方鬱の薬飲んでない?」
「なんで?どうしてさ?」
秀紀の顔が瞬時に凍りついた。ああ、やっぱり飲んでるんだ。魔夜美は納得した。あのネガティブな思想の連発は矢張りそうなのだ。
「株やってて、熟睡してないでしょ?さっきまでの諦めきった発言と言い。人を平気で見下す態度は万能感によるものよ。自分の事凄い、スーパーマンみたいに思い込んでない?貴方、魔法は使えるかもしれないけど。普通の人間よ。さっきのだって、何かのトリックでしょ?」
「普通の人間?」
「私もインターネットに始めて触れた頃は、自分の事を天才だと思ってたわ。皆んなの答えられない質問に、自分だけ直ぐに答えられたからね。馬鹿過ぎる発言や、作り話も無視すると直ぐにわからないんだろう?って煽ってくるのよね。最近は自分で考えろ!って答えるか、無視するけど。一年前は律儀に応えてたわ。てゆーかリンクを張って、誘導してたわ。科学者って頭は良いのかもしれないけど、ある意味で専門馬鹿よね?結局最後は共同研究しなさいで納得したけど。まだ共同研究する者を馬鹿にする連中も居るみたいね。兎に角貴方は躁鬱病よ!」
「大人ってのは、皆んな鬱になる事を言うのではない?」
「違うわ!!今は其れが流行りなだけよ。貴方達哲学が好きなんでしょ。あのね哲学はやり過ぎなのよ!あそこまで行っちゃうと絶望しか残らなくなるわ!良い事?人間って言うのは喜ぶ事、愛する事、楽しむ事を求める権利があるのよ!貴方の仲間も友達も皆んなそう!ネガティブな結末の映画や本ばかり好んで読むわ!私ね、ハリウッドの女優に手紙を書いたことがあるの。ネガティブな役の演技ばかりしてると。本当に鬱になるから気をつけてくださいってね!」
「そしたらどうなったの?」
「その女優鬱になって、万引きで捕まったわ。その事ネットに書いたら、ある日本人の俳優の娘から御礼を言われたわ。父はマクベスのマクベス役を20年以上続けていました。そして何年かしたら鬱で苦しむようになりました。家庭も円満なのに何故自分が鬱なのかさっぱりわからない。父は苦しみ続けましたが、今やっと理由がわかりましたってね」
「君の言う事は要点が掴めないな」
「マクベス知らない?上司を殺して自分が上司になって、上司の亡霊を見て。発狂して死ぬ役よ」
「知ってるけど。まさか。鬱の演技をし続けると鬱になるって事?」
「そうよ!その通り。結末がバッドエンドの物ばかり好んで見ると知らず知らずに脳にまで影響を受けるのよ!俳優や女優も同じなの!まさか貴方あの最悪な漫画、イニシャルDのファンじゃないでしょうね?車もスポーツカーだし」
「えっ?あの漫画君的にダメなの?」
「駄目も大駄目!!主人公の彼女は援助交際してるわ!失恋しかしないわ!危険な運転を助長させるわ!最悪の漫画よ!!先が読めるのよ、どーせ失恋なんでしょって」
「まあ、そう言われて見ればそうかもね。確かに失恋してる」
「私はね、ハッピーエンドな話が好きよ!其処から元気を貰ってるわ。哲学もね、ハッピーエンドになる哲学なら構わないのよ。それが貴方達の言う哲学はズーンと心が落ち込むような、お先真っ暗な哲学。そんなんで未来は語れるの?」
「お気楽になんてなれない。世界大恐慌がまた起きるかもしれない。いつか」
「そうならないように努力出来るのも人間よ!アイスクリームは夢を売る仕事なんでしょう?」
秀紀は両手に顔を埋めて言った。
「夢だけが、僕達の希望なんだ!この世界は何れ破滅する」
「何馬鹿な事言ってんのよ!インターネットは何の為に在るの?世界中を1つにする為でしょ!!皆んなで協力すれば結末なんて幾らでも変わるわ!!問題なのは貴方が、貴方達がどんな結末を望むかなのよ」
秀紀の顔はパアッと明るくなった。
「その為に君はここで力を貸してくれるのかい?」
「わかったわよ。遣れば良いんでしょ。ただし睡眠時間は貰うわよ。貴方も株の取引は辞めてね。アイスクリーム屋だけで稼ぎが足らない訳じゃ無いんでしょ?」
「株じゃなくて、デリバティブ取引だよ」
「やってる事は同じでしょ!」
「それが予言なら辞めるよ」
「予言だと思いたいなら、思えば良いわ」