三章 夢か現実か
さっきまで見ていた夢は現実じゃないのか?魔夜美は飛び起きて、窓を開けると。青いドレスの切れ端が、植木に引っかかって居るのを見つける。秀紀を問い詰める魔夜美。しかし秀紀が指を鳴らすと。魔夜美は立ったまま眠りに着く。その間に切れ端を隠し。秀紀はまた指を鳴らして、魔夜美を起こした。訝しむ魔夜美に。君は夢を見て居たんだと言う秀紀。証拠の品を無くした魔夜美だったが。
魔夜美が目を覚ましたのは朝の10時だった。魔夜美は起き上がると足の裏を見た。両足の裏は砂で汚れて居た。あれは夢なんかじゃない!!
魔夜美は確かめる為に、窓と雨戸を開けた。其処には青いドレスの切れ端が絡まった、植木が有った。
「やっぱり夢じゃない!!」
魔夜美は窓から身を乗り出して、植木に絡まった布の切れ端を外して握り締めた。それから庭にいた母親に
「お母さん!私仕事決まったから。東海村に住み込みのバイトが在るの。これから出掛けるから、気にしないでね。これ店長の名刺だから」
そう言って、リュックの中から一枚の名刺を取り出して、母親に渡した。
「東海村って、何なのよそれ?いつ帰って来るの?wizard di gelatoってどんな職場?」
母親が心配そうに眉根を寄せた。魔夜美は母親のその顔が大嫌いだった。皺のある瞼にアイライナーを引いて、大きな目が余計に大きく見えた。魔夜美は溜息をつきながら。
「チョット名刺見せて、お母さん。あら?名前が変わってるわね。まあ良いや。アイスクリームのお店よ」
「結婚相談所はどうするの?」
「辞めといて良いわよ、女は無料だけど」
心配そうな母親の顔。
「お母さん、その顔辞めてって言ってるでしょ」
魔夜美は煩わしそうに言った。魔夜美は呆然と立ち尽くす母親の姿を尻目に風呂場に向かい、洗面器に残り湯を汲んで、汚れた足の裏を洗い流した。それから乾いたタオルで足を拭いた。
「どうして足なんて洗うの?あら、お湯が真っ黒になったわ!魔夜美あんた!裸足で庭でも歩いたの?寝ぼけて」
魔夜美の母親は不思議そうに言った。
「この分じゃ布団も汚れてるわね。お母さんごめんなさい。どうやらそうらしいわ」
魔夜美は、魔夜美の部屋の隣にある和室から、スーツケースを取り出し、自室に戻ると、箪笥から、手早く衣類を取り出しスーツケースに詰め込むと戯れつこうとする愛犬のサムスンの頭を撫でてから
「じゃあ行って来るから、お父さんに宜しくね!1週間くらいで一度帰ると思うわよ。一応、毎日電話するから。心配する事は無いから。マスターは元科学者でね、結構間抜けだけど、良い人よ。もしかしたら科学者って、変人しか慣れないのかもしれないけど」
「それってどう言う意味なの?」
「大抵の場合、男って女は男より馬鹿だと思ってるって事」
「お父さんは、お母さんより。頭が良いのは事実だけど。大学も卒業してるし」
トランクを持ち上げながら魔夜美は応えた。
「大学出てても馬鹿は馬鹿だわ。お父さんが今迄生きて来て、どれだけ他人に利用されて来たか覚えて無いの?」
「お父さんは人が良いのよ」
「だからってね!ねずみ講なんかに普通引っかかったりする?まあ、お父さんも付き合いで仕方なくって言ってたけど。8万で買えるFAXを40万で買わされて。それを知り合いに売ると、1円もキャッシュバックされない。売った人がまた次の人に売ると10万円手に入るって、何だそりゃって感じ!!本当にアイスクリーム屋のマスターも変わってるのよ。コクピットは俺の揺り籠だとか言い出しそう」
「どう言う意味なの?」
魔夜美は部屋の中を歩きながら、トランクを持って居た。母親とサムスンがまとわりついてくる。
「邪魔よサムスン。お座り!ボトムズってアニメで主人公が言った言葉よ。兎に角マスターの頭はお花畑だわ。面白い人だけどね。お母さんにも後で紹介するわ。将来、私と結婚するかも知れない人よ」
玄関まで行くと魔夜美はトランクを置いて、リビングに一旦戻り、家の電話から、秀紀の店の電話に電話を掛けた。携帯電話で電話番号を確かめながら。
『もしもし、wizard di gelatoの秀紀です』
やけに低いテンションで秀紀が電話に出た。
「あっ!秀紀。魔夜美よ。今朝方変な夢を見たわよ!面白い夢だったけど。兎に角気持ち悪い夢」
魔夜美は弾むような声で言った。
『そうなんだ。気持ち悪い夢ね。それは済まなかった』
秀紀は暗い声で答えた。
「夢なんだから謝る必要無いわ。あのね、住み込みのバイトの話OKよ。まだあの話有効かしら?今から行こうと思うんだけど」
『本当に?待ってるから!絵を描きながら』
秀紀の声に張りが出て来た。
「母が電話に代わりたいって言ってる。良いかしら?」
必死な形相で、手招きしながら、自分自身を指差して示す母親を見て魔夜美は言った。
『良いよ。一人娘を預かるんだからね、ちゃんと挨拶しなきゃ』
秀紀は余所行きの少し高い声で答えた。
魔夜美の母親は、受話器を受け取ると丁寧な口調で話した。さっき迄の上から目線な口調では無い。
「魔夜美の母です。魔夜美がお世話になるそうで。宜しくお願い致します。はい、はい。わかりました。ありがとうございます」
ガチャリ。そう言うと母親は魔夜美に何も言わずに電話を切ってしまった。
「ちょっとお母さん!?」
魔夜美が咎めると母親は悪びれもせず。
「あらだって、話は伝わったんでしょう」
と言った。魔夜美は母親が謝るのを滅多に聞いたことはない。
母親とサムスンに見送られ、魔夜美は家を出た。それから2時間運転して、wizard di gelatoに到着した。秀紀はペンキの着いた作業着を着て居た。店の外観にペンキを塗り終わった所だった。
魔夜美がFTOの隣に車を停めると。ニコニコしながら、ペンキの缶とハケを置いて、魔夜美の車の側にやって来た。
「随分、劇画タッチな風船ね。私はメルヘンなイラストを想像してたんだけど」
魔夜美は車のドアを開けて言った。
「えっ?これじゃ駄目?」
「駄目じゃないけど。秀紀って、何故私に聞くの?此処は貴方のお店でしょう?」
「だって、今日からは、君と僕のお店だからね。今朝の夢はゴメン、あんな事になるとは思わなくてね。今度から気をつける。今日もアイスクリーム食べる?」
秀紀はサラッと応えた。
「今朝みたいな夢を見るなら、遠慮しとく」
「そんなぁ!今度の夢は特製の粉は使わないから」
秀紀はガッカリしたような声を上げて、魔夜美が車から降りると魔夜美の車のドアを閉めた。
「所で秀紀?これの事なんだけど。貴方忘れて行ったでしょう」
魔夜美はコートのポケットから、青い布の、つまりドレスの切れっ端を取り出し、秀紀の鼻面に突き付けた。
秀紀は一瞬、頰を赤らめたが、直ぐに冷静さを取り戻し。右手の指をパチンパチンと鳴らした。
不思議な事に魔夜美は凍り付いたようにその場に静止していた。秀紀は魔夜美の目の前で手をヒラヒラさせると
「よし眠ってるな」
と言った。それから秀紀は魔夜美の手から、青いドレスの切れ端を引き抜くと、もう一度、今度は左手を魔夜美に見せてパチンと指を鳴らして見せた。
「これは何?」
「これって、何が?」
秀紀に言われて、魔夜美は掌を見た。其処には当然何もなかった。
「何でもないわ!」
魔夜美は不貞腐れて言った。本当に自分の頭がおかしくなったんだと思った程だ。
「真実を知りたければ、アイスクリームを食べると良いよ」
秀紀は涼しい表情で言った。
「あのアイスクリーム、アリファナか、コカインでも入ってるんじゃないの?私、気に食わないわ」
「危険な物は入ってないよ。東洋的に言うと漢方みたいなのがかけてあるだけ、後味スッキリする。ミントの香りみたいなの。ピスタチオではピスタチオが濃いからわからなかったと思うけどね」
魔夜美は気に食わないと言う表情をしたが、仕方なく承諾した。
「わかったわ。食べれば良いんでしょ。秀紀貴方、他の人の夢でも同じような事するの?東部ワールドスクエアに連れてって、一緒に見学したり。キスしたり。私東部ワールドスクエアに行くなら夢の中より、現実の方が好きよ」
「とんでもない!!君以外の夢にはあんなにお金を掛けたりしないよ!!普通の人の夢は単に空を飛ぶだけさ。じゃなかったら、君みたいに空を飛べない魔法使いが、まあ錬金術師だね、が。面白がって買ってくれたりしないさ。さあ店内に入って」
秀紀は首をブルンと振ると、小声で否定した。
お店に入るとアイスクリームが随分と減っている事に気付いた。更に店内には人間くらい大きい白衣を着た茶色いパンダ顔のフェレットが一匹居て、いそいそとアイスクリームを掬い、パッケージに詰めて居た。
「驚いたかい?僕の使い魔のフェレット。フェレ太郎だ。普段は普通のフェレットなんだけどね。魔夜美ちゃん。このお店はね、異世界に在るんだよ。魔法使いの世界にね。お店の中に入ったら其処は異世界なんだ。一応、外観は東海村に在るんだけどね。東海村にはね、魔法使いが一杯居るんだ」