人生最悪の日
同日 pm4:54 伊沢波ニュータウン
ハァ、ハァ、ハァ...
もうどれくらい走ったのだろう。息が苦しい。
「よし、ここなら暫く大丈夫だろ」
ようやく止まってくれた。辺りを見渡しても私達以外、誰もいない。もし誰かいたとしてもここにはパトカーが何台か停まっており、私達はそこに身を隠しているので、すぐにはバレないだろう。...血塗れの警官の死体がいくつか転がっているおかげで目のやり所に困るが。だけど、これが意味する事って...。
「ねぇ、さっき言ってたゾンビってのは何なの?」
ふと、さっきから疑問に思っていた事を口にする。
「まぁ正確に言えばあるウィルスに感染した人間の成れの果てさ。自我意識を失ってただ単に生存本能に従って他の人間を襲うんだ」
「ウィルス?」
まだ何を言っているのかよく分からない。だがウィルスという言葉が気にかかった。すると目付きの鋭い男性が答える。
「この都市を地獄に変えた張本人...元々はどっかの研究所で保管されてたらしいけど、丁度5日前にそこから流出した。それに多数の人間が感染してゾンビになって、そいつらに他の人間が襲われて、襲われた人間もウィルスに感染して...」段々と彼の言葉に力が入っていった様な気がする。
「...海翔は目の前で両親を殺されてるんだ。妹さんは無事だったみたいだけど」
「...もう過ぎた事だ。それに親なんかどうでもいい...」
海翔と呼ばれた男性がそう吐き捨てた。しかし、その声には何か悲しみの感情が込もっている様な気がした。
「...そうだ、まだ名前を聞いてなかったな。俺は杉野目タケル。こっちは燗薙海翔。俺の親友」
「私は...来栖...綾乃。でもそれ以外は思い出せない...」
「え?思い出せないって...」
「その言葉通り。名前以外、何も思い出せないの。私が今まで何をしていたのか、どうしてここにいるのか...分からない」
「マジか...典型的な記憶喪失、って奴?」
私はゆっくりと頷く。
「そうか...まぁとにかく、一旦アジトに戻ろう。日も傾いて来たし...
「タケル!後ろ!」
私は目を疑った。さっきまで確かに倒れていた警官が起き上がり、タケルに近付いて来たのだ。しかも、他の警官も起き上がって呻き声をあげながら近付いて来る。これが、ゾンビ_。
「くっ!」
タケルは咄嗟に拳銃を構え、発砲する。
バァン!バァン!
「グォォ...」
銃弾が胴体に当たり、警官が怯む。
「いくぞ!」
海翔に手を取られ、私達は再び走った。すると
バラバラバラバラバラ...
プロペラの回転する音が上空で聞こえた。上を見上げると1台のヘリコプターが炎をあげながら近くのビルに墜落していくのが目に取れた。
ズドォォォォォォォン!!!
凄まじい轟音と共にヘリが墜落したビルが爆発し、ビルの瓦礫が私達の真上に猛スピードで落ちて来た。
まずい!
私達は全速力で走り、瓦礫が当たる僅かスレスレの所で避けられた。後ろを見ると数人の警官が瓦礫の下敷きとなっていた。どうやら下半身を押し潰されたらしく、脱出しようと必死にもがいでいる。しかも瓦礫の上を別のゾンビがよじ登ろうとしていたのだ。ふとタケルが瓦礫の近くにあったドラム缶を撃つ。激しい爆発が起きる。炎が燃え上がり、辺りには煙が充満した。
「はぁ、今日は本当についてないな...」
タケルがウンザリした様に吐き捨てる。私達は新たな追っ手が来ない内にその場を離れた。