嘘つきの小さいけど大事なこと
ずっと憧れていた女の子の友達。
なんでもないお喋りをしたりお互いの恋の話をしたり放課後お買い物したりアイスとか食べちゃったりしたりそういうのに凄く憧れていた。
「は? しないわよ。そんなこと。おしゃべりはともかく晩ご飯の前にアイスとか太るじゃない」
「しないの?」
「あからさまにしょんぼりしないでよ。罪悪感がすごいから」
しかし鈴岩さん改め葵ちゃんは私の思っている女友達ライフは実行しないらしい。
「私のこのスタイル、一応努力の賜物なの。自堕落な生活して贅肉が付くなんて許せないもん」
「意識高い……」
天使のように可愛い葵ちゃんでもたゆまぬ努力をしているなんて。
私、そんなこと考えたことなかった。
可愛い人は最初から可愛くて努力なんて必要ないと思っていた。
「意識高いっていうか、スタイルが良くて可愛いと強そうに見えるでしょ? 一種の武装よ」
「つ、強そう?」
「そう。綺麗事を並べたって女の価値って美しいかどうかってことじゃない。自分よりブスか美人か」
凄い極論。
極論だけど確かにそうかもしれない。
雅也君の友達の女の子達がみんな可愛くてスタイルも良くてお洒落で、私はあの時確かに自分が弱いと感じた。
みっともなくて惨めでこんな私が雅也君の彼女で申し訳ないと思ったのだ。
「美希が彼氏のために可愛くなりたいって言ってて凄い可愛くて純粋で正直ちょっといいなあって思ったけど、私は強く見せるために努力してるの」
「そうなんだ」
力強く笑う葵ちゃんに見惚れてしまう。
凄い。なんかカッコいい。
「それに、私は恋愛とか無理かなあ。好きな人には絶対に振り向いてもらえないってわかりきってるから」
「ええ! 葵ちゃん程の美貌とそのカッコいい性格で振り向かない男の子がいるの?」
「美貌って」
葵ちゃんは私の言葉のどこがツボったのか不明だが吹き出してケタケタと笑い出した。
「でもありがと。そんなふうに言ってくれて」
葵ちゃんて本当に素敵な女の子だ。綺麗で可愛くてそれなのに笑い方が豪快で気さくでこんな女の子誰からも好かれそうなのに。
「田口どうした? 箸落としたぞ」
「え?」
「え? じゃねえし」
葵ちゃんとのやり取りをしていたらすぐ側の机でお昼ご飯を食べていた怖い顔の田口君とその友達の声が聞こえてきた。
田口君とお箸を落とすという行動が余りにも一致しなくてつい振り向いてしまって私はギョッとしてしまった。
田口君が葵ちゃんを見ていた。そして呆然としていた。
その様子を見て私はピンときたのだ。
わかる。
私にはわかる。
同じ高嶺の花に恋をしてしまった身としてはその目に見覚えがある。
田口君は葵ちゃんが好きなんだ。
今葵ちゃんが好きな人がいる的な話をしてショックを受けているに違いない。
正直田口君のことをよく知らないしどちらかというと苦手な部類の人なのでどうでもいいのだが高嶺の花に恋をしてしまった辛さがわかるだけにちょっとだけシンパシーを感じてしまう。
葵ちゃんの方に顔を戻すと全く何にも気付いてないようでスマホで私の髪型をどうするかを検索していた。
「絶対メロメロにさせてやる。がっつり惚れさせるのよ美希」
いや、それは無理でしょ。
田口君の視線になんてこれっぽっちも気付かず葵ちゃんが闘志を燃やしている様子を見ていると何だかいろいろ勿体ない気持ちになってしまった。
「とりあえずお金ある?」
「え? お金?」
ガサゴソと財布を開けて残金を確認すると五百円だけ入っていた。
いつのまにか一緒に覗き込んでいた葵ちゃんの眉間に深い皺が刻まれる。
「お話にならない。こんなんじゃ薬用リップ色付きくらいしか買えないじゃん」
「え? リップ?」
戸惑っていると葵ちゃんは私の顎を鷲掴み頬やおデコを舐めるように見てくる。
さすがに女の子同士とはいえ恥ずかしいのでわたわたと慌てるも熟年刑事のような眼光で私を見据えると大きなため息を吐いた。
「あ、葵ちゃん?」
「全く手入れの行き届いてない肌、唇、髪。これは長期戦になりそうね」
あ、ちょっと心臓が抉られた。
そうはっきり言われるとやっぱりそうなんだと落ち込む。
「大丈夫。まだ若いから。いい? メロメロにするんだから妥協はなしだよ。とびっきり可愛くなって美希の彼氏を骨抜きにする計画なんだから」
「いや、私ごときがちょっと努力した程度でそんな」
「ちょっと?」
私の反論に葵ちゃんは益々怖い顔になり机をバンと叩いて立ち上がった。
「ちょっとやそっと頑張って可愛くなれたら誰も苦労しないのよ。美希の努力は血を吐くような努力だからね!」
「はい! すみません!」
というわけで私は雅也をメロメロにする計画をスタートさせたのだった。
「あの、しばらく一緒に帰れなくなっちゃったの」
「え! しばらくってどれくらい?」
「え、えと、テストが終わるまで、くらいかな」
「あー、美希の学校進学校だもんな。勉強大変かあ」
びっくりした。
明日から葵ちゃんと外見内面を磨く猛特訓をするため雅也君にしばらく一緒に帰れないと伝えると思った以上に残念がってくれたのでとてもびっくりした。
「学校で残って勉強とかするの?」
「あ、うん」
そしてそんなに突っ込んで聞いてくるとは思っていなくてちゃんと答えられなくてもごもごしてしまう。
雅也君は「そっかあ」と残念そうな顔をしながら私を見つめる。
その態度にもしかしたら自分は思ったよりも雅也君に好かれているのかもしれないという思いが首を擡げる。
いや、いやいや。
そんな訳ない。
雅也君は優しいから、そんな態度を取ってくれているだけだ。
でも、ちょっとだけ期待してもいいのかな。
口に出さずに思うだけだったら許されるかな。
「会えなくなるの、凄く不安。私のこと忘れちゃわないかなあって」
「いやいやそれこっちのセリフだから」
「え?」
「あ、いや、何でもない」
俯き加減で自虐ネタを披露すると思いもよらない回答が返ってきて顔を上げて聞き直す。
雅也君はちょっと気まずい顔をして何でもないと顔を背けてしまった。
あれ?
なんか、これって、雅也君も私が好きみたいな態度に見えるんだけど、え?どうなんだろう?
自分に自信もなければ経験値もない私には全く正解が読み解けない。
「あ、そういえばさ、テストが終わったらまた皆んなで遊びに行かね? こないだの奴らと」
「……うん。行く行く〜」
「ちょっと間があったけど、嫌?」
「まさか! 私なんかが加わっちゃって迷惑じゃないのかなってちょっと躊躇っちゃって」
「なんだ、嫌なのかと思ってびっくりした。美希は気にせずに加わって大丈夫だから。ちょっとづつ友達付き合いに慣れてけばいいだけだし」
は?
雅也君は邪気のないとても爽やかな笑顔で私を見ている。
え?
これは、もしかして友達が出来ないって悩んでいた私に雅也君なりに考えた友達を作ろう作戦?だったりして?
そういえば私友達ができたよって報告してない。
相談をするだけしてその後を報告しないなんて最低だ。
雅也君は今も私に友達がいないと思っているはずだ。
「あの、雅也君」
「ん?」
名前を呼んで振り返った雅也君を見てはた、と動きが止まる。
ちょっと待てよ、私。
雅也君は友達のいない私のために自分の学校の友達を巻き込んで私のために動いてくれたのに今友達ができたって言ったらどう思うだろう。
正直に話すべきだと思うのにもしかしたらがっかりされて嫌われてしまうかもしれないと思ったら喉から言葉が出てこなくなってしまった。
「どうした?」
「いや、あの、テスト終わるの楽しみだなって」
しどろもどろの言い訳を言うと雅也君はちょっと目を見開き私を見つめ、そして大きく笑った。
「俺も美希が人と関わるの前向きになってきて嬉しい」
言 え な い
これは言えない。とりあえず雅也君の友達と遊びに行って人付き合いに慣れてきたよ〜って頃じゃないと言えない。
そしてこの後私はこの時についた嘘を大きく後悔するはめになるとこの時……実は薄々感じ取っていた。