小さな勇気と新しい計画
カラオケは散々だった。
私的に。
まず私はカラオケに行ったことがなく、これが人生で初めてのカラオケだった。
システムが何一つわからず素直に初めてである事を伝えると全員に驚かれた。
雅也君の友達の一人に「もしかして美希ちゃんぼっち? 陰キャ?」と私の知らないワードでからかってこられた。
雅也君はその友達を怒ってくれたけど自分の彼女がそんなんできっと恥ずかしかっただろう。
とりあえず歌を歌うという知識はあったがどうすればいいのかわからなかったので雅也君の隣に座り皆が歌うのをずっと聞いていた。
正直何が面白いのかさっぱりわからなかった。
雅也君は私と友達をなんだかんだと絡ませようとしていたようだけど私の方が萎縮してしまって引きつった笑顔しか出せなかった。
カラオケが終わり皆でファミレスに行こうという流れになって絶望しながらついていき、そこでも私は何も喋ることも出来ず輪の中に入ることも出来ず空気みたいになるしかなかった。
解散となって皆と別れた後私は自分の不甲斐なさにとても悲しくなってしまった。
上手くできなかった。
何一つ。
雅也君と私は同じ方向だったので皆と別れた後二人でてくてく歩きながら帰る。
「美希、今日緊張した? 嫌だった?」
二人だけになると雅也君が心配そうに聞いてくる。
緊張したし嫌だった。
でもそんなこと言ったら嫌われて振られてしまうかもしれない。
私は無理矢理笑顔を作ってにこっと笑って首を横に振る。
「楽しかったよ。カラオケ初めて行ったけど面白かったよ」
「よかった、すごい戸惑ってそうだったから大丈夫かなと思って。これからもたまにこんな風に大勢で遊ぶ?」
「え?」
ええ?あの辛い時間をまた?
でもここで断ったらやっぱり振られてしまうかもしれない。
「うん、雅也君の友達さえよければ」
「じゃあまた計画立てる。あいつらにも言っとくよ」
もの凄く朗らかに笑う雅也君が本当にカッコよくて私は調子に乗って「ありがとう」なんて言ってしまった。
本当に馬鹿。
雅也君と別れて自宅に向かう道の途中でとうとう私は力尽きてよたよたと道路脇の電柱に寄りかかるように抱き着き動けなくなってしまった。
一人きりになって本当に辛かったことを再認識する。
私と雅也君はやっぱり違う世界にいて合わないのかもしれない。
雅也君が軽々とやってのけてしまう他者とのコミュニケーションが私にとってはとても難しく体力気力精神力が大幅に削られもう息も絶え絶えだ。
今まで私はいつか振られるかもしれないということに怯えていたが、ここに来て初めて別れを思った。
あんなにキラキラした人達と私とではどうしても深い溝を感じてしまう。
明るくて誰とでもすぐに仲良くなることができて皆から好かれて誰もがこの人と友達になりたいと思わせるグループ。先生からの受けも良く体育祭とか文化祭とかいう行事を率先して参加してクラスを盛り上げていく彼らの輪の中に私なんかが入れるはずがないのだ。
それをまざまざと見せつけられて私はとても疲れてしまった。
そこに入りたいという気持ちはあるのにやっぱり根本的に違う世界にいるせいか絶対に入れない大きな壁を感じる。
深い溝と大きな壁。
無理だ。
私がそっち側に行けるなんて思えない。
思えないけど、行けそうにないからって努力をしないでいいのか?
そもそも私がちゃんと努力をしていれば今日だって楽しめたのかもしれない。
怠慢の結果がこれだ。
雅也君はもともと私のことを好きという訳じゃないと思う。
どちらかというとかわいそうに思って付き合ってくれているような気がする。
寧ろ今までよく付き合ってくれていたもんだ。
こんな地味で勉強しか取り柄のない面白くもなんともない女と付き合うのは苦痛だったに違いない。
今日のお友達お披露目会はそれを私に見せつけるための儀式だったのかもしれない。
優しい雅也君は自分から振るのはかわいそうだから私から別れたいと言うのを待っているのかもしれない。
それでも、私は別れたくない。
変わる努力をしよう。
それでもダメだったら潔く諦めよう。
無機質な電柱を抱き締めている手を解いて歩き出す。
決意を胸に抱いて。
次の日教室に入ると目をキラキラさせて期待を込めた眼差しを私に向ける鈴岩さんが待ち構えていた。
「昨日どうだった? 彼氏びっくりしてた? 可愛くなって褒められた? 友達に自慢した?」
そして矢継ぎ早の質問責めにタジタジになっていると「でもゆっくり聞きたいから昼休みにお弁当食べながら教えて」とにこにこ笑って去って行った。
鈴岩さんの質問の期待に絶対に応えられない私はまた悲しくなった。
せっかく協力してくれたのに。
「私の不徳の致すところで友達とのカラオケは散々な結果でした。あんなに協力してくれたのにごめんなさい」
昼休みになりニヤニヤ笑う鈴岩さんが口を開く前に頭を下げて謝る。
「は?」
そろっと顔を上げて彼女の様子を伺うと戸惑って固まった状態で私を見ていた。
「え? 彼氏喜んでくれなかったの? 友達に意地悪された?」
「いや、意地悪なんてされてないんだけどあまりのコミュ力の高い集団だったんで気後れしちゃって全然喋れなかったんだ」
「まあいいや。取り敢えず聞かせて」
さっきまでニヤニヤしていた顔は急に引き締まり怖い顔になってしまった鈴岩さんは私を座らせお弁当を広げ出す。
食欲があまりない私ものそのそとお昼の用意をしながら昨日のことを話して聞かせた。
全部話し終わり顔を上げると眉間に思い切りシワを寄せ血管が浮き出そうになっている鈴岩さんがそこにいた。
大層お怒りのご様子だけど、何で?
「褒めなかったの? あんなに可愛くしたのに」
「ええ? いやっ、その、多分頑張った感が逆に痛々しかったのかなあって」
「可愛かったよ。誰がメイクしたと思ってんのよ」
「はい」
「しかもスカート短いって注意するってどんだけ心が狭いのよ。独占欲強過ぎて引くわ」
「いや、それもそういうんじゃなくて多分、私がみっともないからだと」
なんだか鈴岩さんの中の雅也君像が全然実際と違う感じに構築されていっている気がする。
とんでもない誤解だ。
雅也君はカッコよくて優しくて気配りができて人気者で私なんかにはもったいない彼氏である事を伝えなければ。
「それに、さっきから多分って何よ、多分って。全部憶測じゃない」
「う、うん。そうだけど、概ね合ってる気がするよ?」
「そんなネガティブな思い込みする女が好かれるはずないだろ、馬鹿」
座った目で淡々と責められると怖くて涙目になる。
しかも馬鹿って言われた。
「わかった」
「え? 何が?」
「その彼氏をメロメロにさせてやんのよ」
「ええ! 鈴岩さんに?」
「何でだよ! 美希にだよ!」
「それはそれで、えー! なんだけど」
あれ?
今鈴岩さん、私の名前、呼んだ?
「だから内面とか所作とか、なんていうか色っぽい仕草とかそういうので、って何よ? 凄い見つめてくるじゃん」
「今、私の下の名前呼んでくれた……」
「は? 何? 馴れ馴れしいとか? だって苗字にさん付けって長いし」
「嬉しい」
鈴岩さんは眉間に皺を寄せて「は?」って顔をしている。彼女のような女の子には当たり前のことかもしれないけど嬉し過ぎて女神のように見える。
「女の子の友達から下の名前で呼ばれるなんて初めてで、嬉しい」
「え! ちょっと、何でちょっと泣いてんの? やめてよ、私が泣かせたみたいじゃん」
嬉し過ぎてちょっとだけ涙が出てしまった。
慌てた鈴岩さんが私の肩を掴んで、思いがけないその接触にも自分が嫌がられていない事が嬉しくて顔がニヤけるのを止められなかった。
「まあ、その、私のことも葵って呼んでいいから」
ちょっと照れたように呟く彼女に心があったかくなった。