変わろうとすること
「ええ! 武藤さんて彼氏いるの?」
昼休み、高校生になって初めて誰かとお弁当を食べることができたこと喜びを噛みしめる。
鈴岩さんは私の会話を吸い込むブラックホールなんてなんてことないように質問をしてくれて、それがまた嬉しくて必死で答える。
「どうしてスマホを手から落としたの?」という質問に彼氏が友達と会わせたいってラインがきてたからと答えると鈴岩さんは目を見開いて驚いて一瞬固まったかと思ったら冒頭のセリフを教室中に響き渡らせた。
私は私みたいな子に彼氏なんていないと思うからきっと鈴岩さんもそう思ったんだろうと思い恥ずかしいやら申し訳ないやらなんやらよくわからない感情で汗が噴き出す。
プチトマトをお箸でつまんだまま動けなくなると鈴岩さんは慌てて付け足す。
「あ、 ごめん。ちょっと、いや、すっごい意外だったから」
鈴岩さんはとっても素直で正直な人だ。好感が持てる。
「うん。ホントに。自分でも意外っていうか、まさか付き合ってくれると思ってなかったからビックリした」
「しかも自分から告ったんだ。凄い。勇気あるんだね」
「いや、勇気というか、私自分の気持ちをちゃんと伝えるのが凄い苦手で、そういう自分を変えたくて変わりたくて、それで」
しどろもどろになりながら一生懸命伝えようとするけど上手く話せない。それなのに鈴岩さんはちゃんと聞いてくれている。
それが嬉しい。
鈴岩さんは私のことをじっと見つめると突然抱き締めてきた。
「え? え? ええ!」
はずみでプチトマトが落ちてしまった。戸惑ってどうすることもできずに落ちてしまったプチトマトも拾えずに固まっていると彼女はよしよしと頭を撫でてきた。
「武藤さんに告られたらそりゃOKするよ。私が男でも頷くと思う」
「ええ!」
そうなの?何で?いやいやそんな訳ないし!
「それで? 何で困ってるの? 彼氏が友達に自分の彼女紹介するのって嬉しいんじゃないの?」
抱き締めていた腕を解き私の顔を不思議そうに覗き込む。
「う、だって、私冴えなくて地味で可愛くないから絶対がっかりされるって思うし。それに私のブラックホールが会話を吸い込んで今まで楽しそうに会話をしていたとしても沈黙にしてしまう能力があるし」
鈴岩さんの可愛さにペラペラと私の欠点を晒け出してしまう。
そして私のセリフに鈴岩さんはどんどん眉間に皺が寄っていく。
何で?
「何それ?」
「え?」
怒ってる?鈴岩さん怒ってる?
「地味で冴えないって自分でわかっていながら何で努力しないの? ブラックホールのとこはちょっと意味がわからないからいいとして自分のことブスって言ってそんなことないよって言って欲しいの?」
鈴岩さんはイライラしながら噛み付いてきた。
痛い。
血が出る。
でも、言ってることは正しい。気がする。
そんなことないよって言って欲しいって本当は思ってるのかな。
呆然と鈴岩さんを見ているとハッという顔になった彼女がしまったという表情になり気まずそうに私のことを眺める。
「ちょっと、何とか言いなよ」
「あ、はい。鈴岩さんの言う通りです。努力、してなかった、私」
「そうじゃなくて!」
また怒られた。
どうしよう。怒らせてしまった。
「ごめん、嫌な気持ちにさせちゃって」
「そうでもないから!」
どうしたらいいんだろう?これ以上口を開くと更に怒らせそうな気がする。
鈴岩さんの勢いにアワアワしていると彼女は私の腕を掴み立ち上がらせた。
「ちょっと来て」
鈴岩さんはそう言うと自分のカバンと私の腕を掴みずんずんと歩き出す。
混乱しっぱなしの私を鈴岩さんは女子トイレに押し込む。
え?何で?
「取り敢えずこれで前髪留めて顔洗って。はい、これ洗顔」
「え? え? はい」
「ちょっと何そのまま洗おうとしてるの? ちゃんと泡立てる!」
「え? 泡立てる?」
「そこから?」
突然の指示に戸惑っている間も無く次々とヘアピンで前髪を留められ怒られながら手渡された洗顔フォームで顔を洗う。
「はいタオル。で、そのまま鏡の前に立ってて」
鈴岩さんは私にタオルを手渡すとカバンの中から次々と小さな瓶を取り出す。
その瓶の中の液体をコットンに含ませて馴染ませる動作をすると私の顎を持ちそれを優しくトントンと肌に馴染ませ始めた。
「今日は私が教えてあげる。でも次からはちゃんと自分で出来るように頑張って」
「え?」
何を?
キョトンとしている私に鈴岩さんは照れたように視線を逸らして小さい声で呟いてくる。
「さっきは言い過ぎた。ごめん。だから、メイク手伝う。可愛いって思われたいんでしょ?」
え?それって、今してくれてるこれって、鈴岩さん直々のメイク?
途端キラキラした目で彼女を見るとちょっとだけ赤くなった頬を誤魔化すように睨まれた。
「メイクはとにかく一手間を惜しんじゃダメだからね? まだ若いからって言っても紫外線の脅威は凄いんだから。今のうちからちゃんとケアしておかないと歳取った時後悔するから」
「ありがとう。鈴岩さん」
鈴岩さんには是非その可愛さをご教授願いたかったのでこちらからお願いする前にこんなに教えてくれるなんて感動だ。
感動している間にも鈴岩さんは恐ろしいほど手際よく私の顔を整えていく。
最後にはカバンからコテが出てきて髪の整え方まで教えてくれた。
「これで最後じゃないから」
「え? 違うの?」
鏡の前には見違えるくらい変わった自分が写っている。
ほんのりと施して貰ったお化粧はそこまで濃くなく実際の工程よりも薄付き見えるようにに敢えてしているそうで肌の透明感だけが増した感じに仕上がっている。チークも入れずに耳たぶにちょっと付けるのがポイントだそうだ。
「赤いリップは可愛いけど学校では浮きまくりになっちゃうからこれもほんのり色付く程度ね」
そう言って仕上げてくれた私の顔はナチュラルメイクなのにいつもの二割り増し目が大きく見えて肌もツヤツヤしている。
これで終わりじゃないとはどういう意味だろうかと不思議に思っていたらスカートを指差される。
「その野暮ったいスカートの丈。一番足が太く見えるやつだから。短くするから」
「え? 私足太いからあんまり出したくないっていうか」
「聞いてた? その丈が一番足が太く見えるの」
鈴岩さんは徐に私のスカートのウェスト部分をクルクルと折り込みあっという間に膝上十センチにまで引き上げてしまう。
「今日のテーマは清楚だから短くし過ぎるとバランス悪くなっちゃうからこれぐらいがちょうどいいかな」
ええ〜、短い。
「大丈夫。足が太くても十代までは出しても許されるから」
そうなの?そういうもんなの?
そしてブラウスを裾から出して折り込んでる部分が見えないように調整してくれる。
「これでよし。完璧」
大層ご満悦の鈴岩さんに不安そうな目を向けると豪快な笑顔を見せてくれた。
「可愛い。大丈夫。自慢の彼女って言われるから」
そういう風に言われると何だかとっても嬉しくなってきて単純かもしれないけどもしかしたら雅也君にそう思われるかもしれない気持ちになってくる。
「ありがとう鈴岩さん。あの、私、頑張る」
自分にできる精一杯の感謝を込めて伝えると鈴岩さんはまた大きく笑ってくれた。
昼休みの全部を使って改造して教室に戻るとクラスのみんながビックリした表情で私を見る。
その表情が良くなったからなのか似合ってないからなのか判断がつかずにビクビクしながら自分の席に着くと後ろの席から「いいじゃん」と声がかかる。
田口君が発した言葉というのはわかるが、それが私に向けて言われた言葉だと思って振り返ると「お前のことじゃねえよ」的な事を言われそうな気がしたのでちょっと迷って聞こえなかったことにした。
そっと隣の席の鈴岩さんを見ると何故かドヤ顔で田口君の事を見ていた。
この二人、何だかんだで仲良いのかな?