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憧憬リテンション  作者: 理丘
1/8

傍迷惑な告白

中学三年生の冬。正確には一月二十日。


私は人生で使う勇気の全てをこの日に使い切り同じクラスの中務君に告白した。


私は自分で言うのも何だが地味だ。

自他共に認めるまごうかたなき地味な女だ。


唯一誇れるものがあるとすれば数学が得意ということぐらいだろうか。


かたや中務君は勉強は苦手なようだがかなりのイケメンで運動神経も抜群にいい。

いつも周りには派手な友達がたくさんいて誰からも好かれている。

目と鼻と口が完璧な黄金律でもって配置されていてアーモンド型の瞳は強い意志を感じさせる。

手足も長くてこれまたバランスの良い均整のとれたスタイルである。


当然モテる。


多少頭が悪くても中学生にそんなことは関係ない。


クラスの中心的な人物でイケメンで運動神経が良ければ頭の出来など取るに足りない問題なのだ。


つまりそれはまんま女子にも当てはまる。


多少勉強ができたところでクラスの人気者でもなく可愛い訳でもスタイルがいい訳でもない私は当然モテるはずもなく、地味でおとなしくて言いたいこともまともに言えない私はどちらかというとお付き合いをお断りしたいタイプであろう。


当然振られるつもりで告白をしたのだ。


振られるとわかっていて告白をした理由は端的に言うと自分を変えたかったからだ。

自分の気持ちを上手く伝えられず、言いたいことも言えず、嫌なものは嫌だと好きなものは好きだと言える自分になりたかったのだ。


だからそれができる中務君に憧れた。


自分にないものを全て持っている彼に強い憧れと恋心を抱き続けてきた。


振られるシミュレーションもバッチリだ。


お前みたいなブスに告られるとかないわー、とか私から告白された事を次の日にクラス中に広めて皆んなで嘲笑されるとかの最悪のシチュエーションを想定して傷つく覚悟を決めた。


どんな暴言でもドンとこいだ。


誰もいない放課後の教室で私は中務君の答えを待つ。


「好きです。私と付き合ってください」


というシンプルな告白の答えを。


中務君は私の突然の告白に目を見開き驚いていた。


「は? え? 武藤、俺のこと好きなの? 何で?」


何で?ときたか。

速攻断られると思っていたので次の言葉が口から出てこない。

頭が真っ白になり脳みそが言語障害を起こしている。


私が「あ」とか「う」とか意味のない言葉を発しているうちに中務君は落ち着きを取り戻したようでいつもの通常の顔色に戻った。


「武藤に好かれるなんて意外。っていうか武藤が恋愛というものに興味があったのが意外過ぎる」


ああ、やっぱり私のような地味な女が恋愛なんてちゃんちゃらおかしいってことなんだろうな。

鏡でその顔見てから出直して来いってことだよね。


いや、出直すも何も家に帰って出てくるなってことかもしれない。


でも私の方も思ったよりも罵られなかったことにホッとする。

もっと酷い言葉を投げつけられると思っていた。

いくら構えていたとしても暴言を吐かれたら傷付いていただろうから。


私は改めて中務君の顔を見て微笑んで頭を下げた。


ありがとうの意味を込めて。


そしてそのまま教室を出ようと足を動かす。


「え? ちょっと武藤、俺まだ返事してないし俺の質問にも答えてもらってないんだけど」

「え?」


そのまま立ち去ろうとしたら中務君に呼び止められる。


え?

今振ったんじゃないの?


振り返りキョトンとしていると中務君は乾いた笑いをその口に浮かべる。

うんカッコいい。


何をしてもどんな仕草もカッコいい。


「え? 何その顔。武藤は俺のこと好きってことでいいんだよな?」

「好き」


再度確認してくる中務君の質問は用意してきた言葉だったので即答する。


私が「好き」と言った次の瞬間中務君の顔は真っ赤になった。

そして少し照れたように笑った。


「いや、あの、俺で良ければよろしくお願いしますっつうか」

「は?」


え? 何で? 中務君、今了承しなかった?

よろしくお願いしますって言った?


びっくりし過ぎて固まる。


中務君はゆっくり近付いてきて手を差し出してくる。

何だ?この手は?握手?


呆然と中務君を見つめていたらちょっと困った顔をされてしまった。

その困った顔にはっと我に帰り自分の手を差し出そうとしたのだが手汗が凄いことになっていて慌ててポケットからタオルハンカチを出して拭きまくってからその手を取る。


小学校低学年以来、初めて異性と手を握ってしまった。


当たり前だけど体温があり、私より少し熱い。


冬の誰もいない教室は気温が低く寒い。それでも告白をするという一大事業をやり遂げた私の体温は上昇していて暑い程だったのだけど緊張で手足は冷たくなっていた。

それなのに手汗はかくってどんな状態だ。


自分の体の自律神経の仕組みがよくわからない。

まあ、自分のことで何か一つでも思い通りになったことなんかないのだけれど。


前髪一つ満足のいくようにセットできたことがないのだから。


私たちは暫く握手をして、そして離した。


その日は一緒に帰り次の日からも一緒に帰ろうと約束した。

私は既に推薦で高校受験は終わっていて合格していたので残りの学校生活は消化試合のようなものだった。

だからこそ振られても、もう登校することも少ないし別にいいかと思っていた。

中務君はこれから私立公立両方の受験を控えている。


恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないと思っていたが数学を教えてくれと頼まれて放課後一緒に勉強することになった。

人気者の中務君が放課後勉強しているということでそこに友達も加わる。


私が何故中務君の勉強を教えることになったのか、誰もが疑問に思っているようだったけど私も中務君も何も言わないのでまさか私たちが付き合っているなんて誰も思っていないようだった。


コミュニケーション能力の高い中務君のことだから地味な武藤とも仲が良いのか、程度にしか皆んな思っていないようだった。


その証拠に私は女子の誰からもやっかみとか妬みとかの対象にならなかった。


イケメンでモテモテの中務君を狙っている女子は多い。


実際この中の何人かは過去の女だ。


まあ、つまり付き合っているんだかいないんだかよく分からない内に中務君の高校受験も終わり彼は無事合格した。


私と中務君は別々の高校に進む。


私は市内でも有名な進学校に進み中務君は、まあ偏差値でいうと五十四程の高校に進んだ。


別々の高校に行くと私たちはその内自然消滅してしまうんじゃないかなと漠然と思っていた。


元々二人だけで会ったり遊びに行ったりしたことなんかない。


一番最初に一緒に帰った日。あれが最初で最後だ。それ以降は中務君の友達が常に側にいた。


だから私がそう思ったとしても不思議ではないと思う。


それなのに中務君は春休みに私を呼び出し高校生になったらできるだけ最寄りの駅で待ち合わせをして一緒に帰ろうと約束をさせられた。


私はこくこくと頷く。嬉しくてたまらなくなり笑顔で答える。

私が笑うと中務君も笑ってくれて、また嬉しくなった。



しかし付き合う、ということの知識が私には全くなく一体何をしたらいいのだろうと改めて考える。


今までなんだかんだで中務君の友達が一緒にいたので私が喋らなくても特に問題はなかったのだが二人だけで会うと会話がない。

続かない。


いや、寧ろ中務君は会話をしよういろいろ話しかけてきてくれているのに私が終了させてしまうのだ。


まるで私の背後に言葉を吸い込むブラックホールでもあるかのようだ。

どんどん会話がブラックホールに吸い込まれていき、そしてそこには何も残らない。


このままではいけないと頑張って話しかけようとするのだが何か言おうと思っても何も私の脳みそからは言葉が出てこない。


これは、いずれ振られるな。客観的に見ても私なら私みたいな面白味のない女とは絶対に付き合わない。


焦れば焦るほど私の口は見えない力に縫いとめられて一言も発しない。


告白で全ての勇気を出し切ってしまった私はもはや抜け殻だ。


結局春休みに二人で会ったのはその一回きりだった。

もしかしたら高校入学を待たずに振られるかもと思っていたがそんなこともなく春休みの約束通りできるだけ一緒に帰ることになった。



私は一緒にいられるだけで天にも昇る気持ちになるのでとても楽しいが果たして中務君はどうだろうか?

私と一緒にいて楽しいのだろうか?


自分を変えるきっかけにしたいと告白したのに何も変えられていない。

情けない。


高校生になって二ヶ月が過ぎて高校生活にも慣れてきた頃私は漸く一念発起することを決意する。


この大人しくて言いたい事をなかなか言えない性格をどうにかして、それで地味だからと自分に言い訳をするのではなく中務君の隣にいてもおかしくないように自分を磨き彼に相応しい女になるのだ。

同じクラスの可愛い女の子はメイクもちゃんとしてるし髪型も巻いてたり色を変えていたり制服のスカートを短くしたりしている。

それなのに私ときたらノーメイクなうえ肩より長い真っ直ぐストレートな髪型で真っ黒だ。制服も規定通りのそのままを着ている。おまけに貧乳。貧乳の中でも断崖絶壁でAAAがテレビに出るだけで自分のことを言われているようでチャンネルを変えてしまう程だ。


このままではいけない。

何の間違いか中務君とお付き合いできているのに何の努力もしないなんて彼女怠慢もいいところだ。


それに振られるのを待つ毎日なんて心臓が持たない。


そう決意をした日の放課後いつもの駅で中務君を待っていたらそこに現れた彼は金曜日までと髪型が変わっていた。


「よ」


軽く右手を上げて笑顔で近付いてくる中務君のカッコよさがグレードアップしている。


見惚れているうちにすぐ側まで来た中務君をまじまじと見つめる。


「え? 何? 変?」

「ううん。カッコいい......」


素直に感想を言うと中務君は一瞬目を見開いて、その後照れたように少し頬を赤くして笑った。


「すごい、何か今風。それ何ていう髪型なの?」


「え? これ? ええっと、多分ソフトモヒカンとかそういう名前だったと思う」

「ええ? モヒカン?」

「あ、ここのトップんとこだけちょい長めで、サイドはベリーショートにするっていう髪型」


なんとこの爽やかイケメン風の髪型はそんな名前が付いているのか。

しかし更にカッコよくなってしまった彼と私の間にできた溝は深まるばかり。


「でも武藤が髪型の名前に興味があるのって意外。こういうの面白い?」

「え?」

「いつもあんまり喋らないのに」


中務君はははっと笑い歩き出した。


確かにいつも中務君から話してくれるのを待ってばかりだったし、話しかけられても「うん」ぐらいしか返してない。


「中務君」


歩き出した中務君を追いかけ呼び止める。


「ん?」

「あの、なかつかさくん、って言い難くい、なあって」

「ん? うん、そうだな」

「だから」


身長の高い中務君に付いて歩こうとすると身長の低い私はちょこちょこと早足で足を動かさなくてはならない。

心臓の速さとリンクしてくる。


「だから、あの、雅也君とか、まーくんとか、呼んでもいい?」

「え?」


中務君が驚いてその足を止める。

私はもう恥ずかし過ぎて顔が沸騰しそうだ。


中務君は私の顔をじっと見つめた後ぷっと噴き出し笑いだした。

笑われている恥ずかしさに俯き耐えていると「いいよ」と頭上から声がかかる。


見上げた中務君はすごい笑顔だった。


「笑ってごめん。好きに呼んでいいよ。じゃあ俺も武藤って言い難くないけど美希って呼んでいい?」

「え?」


中務君は笑いながら私の提案を承諾して更に便乗してきた。


私はもうコクコクと頷くことしかできなかった。








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