6話
イヴは教会の長椅子に寝転んでいるアルトの名前を呼んだ。
その声に反応し、アルトは腕で隠していた目元を開く。
「どうしたの?あなたが寝てるなんて珍しいわね」
「ちょっと調整に疲れただけだよ。それより…少し用事を済ませてくるよ」
身体を起こしながらアルトは言った。
「あら、ならワタシも行くわよ?」
「いや、いいよ。そんなに大変なことでもないし。それにアンちゃんの修復まだだろ?ボクのはツバキで充分だ。行くぞ、ツバキ」
「はい」
アルトの言葉にどこからともなく現れたツバキは、立ち上がったアルトの隣に立つ。
「それじゃ。居ない間はよろしくね」
イヴは「ええ」と頷くと、アルトとツバキの姿はその場から煙のようにして消えた。
────三日後。
フリルがカノンたちの前に現れてから三日が過ぎた。
尚も出口は直っておらず、3人で修繕を行っている。
「あぁ!もう全然終わらない!!」
「口じゃなく手を動かしなよ。僕だってこんなのやってらんないよ。だって僕ただの科学者だし」
釘を板に打ち込みながら愚痴を零すカノンに、アインはうんざりとした様子で言う。
「はぁ……。あ!そうだ!フリルちゃんの魔法で直せるんじゃない!?ほら、ここに来た時だって確か直してたよね?」
隣で同じように釘を打ち込んでいるフリルに視線を向けると、それに気づいたフリルは申し訳なさそうに言った。
「あ…すいません……。私の魔法は、私が1m以上離れてしまうと効力が切れてしまうんです……」
その言葉にカノンはため息を吐き、また出口に向き直った。
すると、突然アインが声を上げた。
「あ。もう板がないぞ」
それにカノンが答える。
「え?それじゃあどうするの?本棚でも崩して板にする?」
「いや、ここのはどれも劣化が激しいからな……。もしそうやって直してもすぐ壊れるだろ」
しばらく手に持った金槌をくるくる回しながら考えていたアインだったが、なにか閃いたらしく顔を上げる。
「そうだ。たしかこの辺りに森があったはずだ。そこなら材料も豊富だろう。……そうと決まれば、ほら、さっさと行ってきてよ」
カノンを見据えアインはそう言った。
「はぁ!?女の子に力仕事させようって言うの!?」
カノンの反論して言った言葉に、アインは失笑を返した。
「いいから早く行ってきてよ。いつまで経っても直らないだろ」
「だったらみんなで行けばいいでしょ!?それに外も暗くなってきたし」
なおも喰いかかるカノンに、アインはめんどくさそうに小指で耳に蓋をする。
すると、黙っていたフリルがカノンの服を引っ張りながら話し出した。
「あの……アインさんは魔法少女じゃありませんし…わたしたち2人でやったほうが危険も少なく早いんじゃないかと…思い…ます」
「ほら、そいつもそう言ってるぞ」
「うぐ…」
苦い顔を作りながらカノンは後ずさると、観念したのか肩を落としため息を吐いた。
「あぁ!もう分かったよ!行けばいいんでしよ!!ほら、行こ?フリルちゃん」
そう言ってカノンはアインを一瞬睨みつけ、踵を返す。
すると、後ろからアインがカノンの名前を呼んだ。
カノンはアインに視線を向けると、ひとつのカプセルが投げ渡される。
「うわっ…と…。なにこれ?」
カノンが受け取ったそれは、試験管のような物の中に液体が入ったものだった。
「麻酔ガスだ。持ってないよりはマシだろ」
渡されたそれをカノンは見やる。
「ふーん…。まぁ貰っとくよ」
そう言うとカノンは再び森へと向かうべく、フリルと歩みを進むた。
そのまま二人は歩みを進め、森へと続く道を進む。
しばらくし空が紺色に染まり始めた頃、二人は森へとたどり着いた。
手頃な木を探そうとカノンが視線を巡らせていると、隣のフリルが話し出した。
「そういえば……カノンさんとアインさんて、いつ知り合ったんですか?」
それに視線をフリルへと移したカノンは、少し考える。
「うーん……いつだったかな…?確か知り合った時は、もう魔法少女しか残ってなくて…それから…」
昔のことに記憶を遡っていると、突如、電気が走ったような痛みが頭に走った。
「─ッ!!」
そのあまりの痛みにカノンは耐えられなくなり、頭を抱えながらうずくまる。
それを見たフリルは心配そうに、カノンに寄り添った。
「カノンさん!?だ、大丈夫ですか!?」
「う…ッ!は…!はぁ…これは…」
痛みにうずくまるカノンの脳裏に、ある映像が断片的に流れ始める。
それはとある戦場。
銃弾が飛び交う戦場で、一人の魔法少女が人間や魔法少女をまるで泥のように引き裂いていく……。そんな光景だった。
「はぁ…はぁ…」
深呼吸をし、呼吸を整えながら自分を落ち着かせていくカノン。
その様子を尚も心配そうにフリルは見つめていた。
「もう……大丈夫…なんですか?」
「はぁ…うん…。たまにあるんだ…こういうの…。ごめんね、心配させちゃって」
謝るカノンにフリルは手を振った。
「い、いえ…!謝ることは…!…それより、早く材料を調達して戻りましょう。カノンさんが心配です」
「うん、そうだね。それじゃあそこらへんの木を──」
カノンが立ち上がろうと膝に手を置いた、その時だった。
「!!」
空気が痺れるほどの爆発音が周囲に響いた。
咄嗟にカノンは周囲に視線を巡らせると、二人の人影が燃え盛る木々の中で戦っているのが見えた。
「ッ!」
その方向に駆け出そうしたカノンだったが、後ろからフリルの声とともに手を引かれる。
「待って下さい!!まさか行く気ですか!?」
恐怖と戸惑いが混ざった眼差しでフリルはカノンに言った。
その眼差しを受けながらカノンは答える。
「行かなきゃ…!あの二人を止めなきゃ!」
「無茶です!逃げましょう!?ここに居たら巻き込まれるかもしれません!!」
カノンの腕を掴むフリルは、カノンを引っ張っている。
それを見たカノンは、フリルに向き直ると言った。
「フリルちゃん…。私は…この戦争を終わらせたいの…。止めたいんじゃなくて…終わらせたいの。だから…逃げたらだめなんだよ」
「でも…!それじゃあなたが死んでしまうかもしれません!…戦争はいずれきっと終わります!その時まで逃げてれば!──」
フリルはカノンに諭すように言う。
それにカノンは返した。
「…………それじゃ…だめなんだよ……フリルちゃん。私もね…戦うのは嫌だよ?痛いのだって嫌だし…死ぬのも怖い…」
「だったら──!」
「でも、少し前にアインに言われたんだ。戦争を終わらせたいのに戦いたくないなんて矛盾してるって。…確かにその通りだと思う…。だから…私は行くよ。私のできることをやろうと思う」
そう言うとカノンはフリルの手を振りほどき、先ほど人影が見えた方向へと地を蹴った。
「あ…」
後ろからフリルのか細い声が聞こえた。
だがカノンは振り向かすに走った。
(武器は…銃弾が3発に…アインから貰った麻酔ガス…これでなんとか…)
爆発音がまた聞こえる中、走りながら自分が今持っている武器を確認していると、突然横からなにか大きなものがカノンに直撃した。
その衝撃に巻き込まれるようにカノンは横へと吹き飛ばされた。
地面に転がり、ぶつかってきた正体を見ようとカノンは顔を上げると、自分のすぐとなりに胸に拳ほどの風穴を開け、身体中に火傷を負っている少女が転がっていた。
「!!」
咄嗟にその少女にかけ寄ろうと、カノンは這いずるようにその少女に近寄った。
その時、近くの木陰から足音と共に声が聞こえた。
「あれぇ?もうひとりいたの?それじゃあ動かないでね?あなたも殺せばきっとおねえちゃんが褒めてくれると思うから」
木陰から現れたたのは、9歳ほどのひとりの少女だった。
近づいてくるその少女をカノンは手で制しながら言った。
「ま、待って!私はあなたたちを止めに来たの!争う気はないの!」
だが、そんな制止を聞かず少女は歩み続ける。
「そんなの関係ないよ。私はおねえちゃんに褒めてもらいたいだけ。でも…おねえちゃんが帰ってこないの…。でも、魔法少女をたくさん殺したら帰ってきてくれるかもしれない…。そしたらきっと私を褒めてくれる。だから、あなたも殺すね?」
その少女は言い終わると歩みを止め、カノンへと走りだした。
「ッ!!」
咄嗟にカノンは、腰の翼を自分の目の前へと移動させ、防壁を作る。
少女が突き出した手が、カノンの翼へと触れる。
その瞬間、先ほど起きた爆発と同じような爆発がカノンを翼ごと吹き飛ばした。
「う…っ!」
転がるようにして吹き飛ばされたカノンは、木の幹に身体をぶつけその痛みに声をあげる。
顔を上げると少女が近づいてくるのが見えた。
(やっぱり話し合いは無理か…)
そう思いながらカノンはポケットから一発の銃弾を取り出すと、それを少女に向かって投げた。
するとそれは発砲したかのような速さで、少女の左脚を撃ち抜いた。
「あっ…!く…っ!こんなので止められると思わないで!」
その攻撃を受け一瞬少女はよろめいたが、止まることはなくカノンへと向けて走る。
「なら!これなら!」
そう言ってカノンが懐から出したのは、アインから貰った麻酔ガス。
それを少女へと投げつけると、少女は弾くように麻酔ガスの入った入れ物を払いよけようとする。
だが瞬間、入れ物は割れ、中の液体が漏れだした。それと同時に空気に触れた液体は煙となって周囲に撒き散らされる。
「!?なに!?」
少女は驚きと共に顔を腕で隠した。
「まずい、ガスがこっちにまで…!」
カノンが想定していたガスの範囲より広く麻酔ガスが広くがってしまい、カノンのすぐ近くまでガスが広がり煙幕のようになった。
「これじゃ視界が──」
ガスの範囲から逃げようとカノンが後ずさったその時だった。
突如として目の前にその少女が現れた。
「!?」
「死んじゃえ!!」
ガスが煙幕の役割をしてしまい、少女が目の前まで迫っていたのに気づかなかったのだ。
少女の伸ばした腕がカノンへと向けられる。
カノンは翼で防ごうとしたが間に合わない。
「しまっ──!」
瞬間、カノンと少女の間に金髪の少女が両腕を広げながら割り込んだ。
「カノンさん!!」
「!フリルちゃん──!」
爆風がカノンを襲う。
フリルと共に吹き飛ばされたカノンは、地面を転がると自分に覆いかぶさるようにして動かないフリルを見た。
「フリルちゃん!!」
身体を起こしフリルを抱きかかえて見ると、フリルの胸には先ほどの少女と同じように拳ほどの風穴が開いていた。
「ッ!!」
フリルの傷口から鮮血がカノンと地面を赤く染めていく。
「どうして…!どうして来たの…!?」
「カノン…さん…」
ぐったりとしたフリルだったが、今にも消えそうな声でカノンの名を呼んだ。
それにカノンは答える。
「!生きてる!!大丈夫!きっと助けるから!」
フリルにそう言ったカノン。
だがフリルは震える手でカノンに触れると言った。
「だから…逃げようって…言ったじゃ…ない…ですか…。……でも…助かって…よかっ…た…。……かはっ!」
フリルの口から血が吐き出される。
傷口からは血がとめどなく溢れている。
「だめ…!死んじゃだめ…!止血しなきゃ…!でも…これじゃ…」
フリルの胸に開けられた傷口を見てカノンは言葉を失った。
「カノン…さん…わたしも…ほんとは…戦争を終わらせたかったん…です…でも…怖く…て…できなくて…でも…やっと…勇気が…だせました…。は…ぁっ…。わたしは…あなたを…救え…ました…」
フリルの頬に涙が伝った。
それと同時にフリルの手から力が失われ、地面へと落ちた。
「フリル…ちゃん…?フリルちゃん!?だめ!死んじゃ!……!アイン…!アインならなんとかしてくれるかも……!」
カノンはフリルを抱きかかえ立ち上がり、アインのいる図書館へと走った。
一方カノンが放った麻酔ガスは先ほどの爆発によって晴れたようだが、爆発を起こした少女は膝から崩れ落ちていた。
「身体が…動かな…くそ…次は…殺してやる…!あいつ…!くそ…!」
そう言う少女は這いずるようにして孤児院へと帰っていった。
「ふむ…本を読むのも飽きてきたな」
図書館にある木製の椅子に腰掛けながら、アインは読み終えた本を床に置く。
床にはすでに山のように積み重なった本たちが置かれていた。
アインは椅子から立ち上がると、あくび混ざりに呟いた。
「カノン遅いな…」
「やぁ。調子はどうだい?」
「!!」
突如として背後から声がかかり、振り向こうとしたアインだったが、いつ現れたのかアインの側にはツバキが立ち、首筋には刀の刀身が据えられていた。
「そのまま動かないでくれ。できれば視線も動かすな」
そう言った少女は短い黒髪に黒いコートを羽織ったアルトだった。
「誰だ…お前…」
「魔法少女だ。キミに頼みたいことがあって来た」
「頼みたいことだと…?」
「あぁ」
背後で床が軋む音とともにアルトがアインに近づいていく。
張り詰める空気の中、アルトは背後からアインの耳元に口を寄せると言った。
「──カノンを殺してくれないか?」
「!?」
愕然とするアインをよそにアルトは耳元から口を離すと、少し下がりアインが座っていた椅子に腰掛けた。
「キミならカノンを殺すのも簡単だろ?別にタダでやってくれっていうわけじゃないぜ?もちろん報酬はするよ。ひとつにキミの命の保証。ふたつに研究施設の提供。足りなかったらキミの望むものを与えてやるよ」
アルトが言い終わると沈黙がその場を支配した。
長い沈黙の中、アインが口を開く。
「どうして…彼女の名前を知ってる…?」
その問いに首筋の刀に力が入ったのをアインは感じた。
「質問するなよ。それよりキミだろ?カノンに収集家なんて変な通り名付けたの。そんなのいらないだろ。通り名なんてのは漫画の主人公ぐらいで充分だぜ」
ピリピリと刺すような空気がアインの肌を刺激する。
アインは小さく深呼吸すると話し始める。
「カノンを…殺す…ねぇ…ははっ!それもいいかもな。あいつのわがままにはうんざりしてたんだよ。それに殺したら研究施設も手に入るだと?ありがたい限りじゃないか」
「それじゃあこの誘い──」
「あぁ、もちろん───」
───────。
「──断るに決まってんだろうが!!神にでも祈ってろ魔法少女が!!」
背後のアルトに見えるようにアインは左手の中指を立たして見せ、口元を笑わせながら言った。
その瞬間、首筋に置かれていた刀が引き抜かれる。
「ッ…!」
アインの首筋から大量の血が弾けるように飛び散ってゆく。
足元には血の水たまりができ、ついに立っていられなくなったアインは床へと倒れこんだ。
(死ぬ…!やばい…!死ぬ!!)
朦朧とする意識の中でアインはそう考えていた。
霞む視界にアルトの足元が映る。
「それは残念だよ。それじゃ潔く死んでくれ。……あぁそうだ。これ、キミのだろ。返すよ」
そう言うと歩きざまにアルトはツバキから一本の刀を受け取ると、それをアインの心臓に突き立てた。
「カッ…ハ…!」
突き立てられた刀はアインがウォルとの戦闘で使用した刀だった。その効果は斬りつけたものを瞬時に凍らせることができる。
心臓から広がるようにしてアインの身体が凍っていく。
凍りゆく意識で最後にアインが見たのは、立ち去っていくアルトとツバキの姿だった。