5話
「何のようだ?」
そこはまるで手術室のように様々な器具が置かれた部屋だった。メスや代表的な治療器具からなにに使うのかわからないような物まである。
そんな部屋の中心、四角い台の上に全身鎖や枷で磔にされている赤髪の少女は隣に立つ人物に言った。その人物は答える。
「何のようだとは不躾ですね。私は旧友の様子を見に来ただけですよ、アン」
そう答えた人物は、透き通る白髪に軍服と軍帽を着込み、右手には一本の日本刀が握られていた。
「カッ!なにが旧友だ。ツバキは12年前に死んだ。てめぇは複製品だろうが」
アンと呼ばれた少女。台の上で縛り付けられている少女は鼻で笑いながら軍服の少女を一瞥した。
「ええ。たしかに私はツバキの複製品です。ですが記憶も受け継いでいますし、このように容姿も違いありません。元友人としてあなたのことを旧友と呼称しても構わないのでは?」
ツバキと名乗る軍服の少女は首を傾げてそう言った。それをまたアンは鼻で笑う。
「違うね。オレの知ってるツバキはてめぇと違って中身があった。そうだな…柄にもねぇ言葉で言うなら、てめぇには心が無ェんだよ」
「心…ですか…?」
アンの言葉にツバキは尚も首を傾げる。
「ああそうだ。それがあるやつと無いやつとじゃ殺りあった時の強さが違ぇ。少なくともツバキにはあったぜ、だからてめぇは偽物なんだよ」
ツバキは自分の顎に手を置き、少し考えるような仕草をとるとしばらくして顔を上げアンに言った。
「心…とは…それほど大事なものなのですか?」
そう言ったツバキにアンは一瞬視線を向けると、くだらないと吐き捨てるかのようにまた、鼻で笑った。
「ところでよぉ」
尚も考えていたのか首を傾げていたツバキにアンは聞く。
「なんですか?」
「んだよこの腕。くそ邪魔なんだが。つかなんでオレは拘束されてんだよ」
アンが視線とともに言ったのは自分の腕について。
アンの両腕には1m以上はあろうという巨大なガントレットが取り付けられていたのだ。
その姿は禍々しく、その手はなんでも捻り潰せそうなものだった。
「だって貴女、収集家に両腕と左目、おまけに頬も壊されたじゃないですか。それはイヴさんの処置です。暴れられたら困るから、だそうです」
「はぁ!?あんのやぶ医者!ふざけんじゃねぇぞ!ついにオレにまで手ぇ出しやがったか!」
怒りと驚愕が混ざったような表情でツバキに喚いだアンはガチャガチャと自分に取り付けられた拘束具を外そうとした。その時だった。
「Hi☆調子はどう☆?あら?ツバキ、どうしてあなたがいるのかしら?」
勢いよく開け放たれた部屋の扉から現れたのは、ナース帽とナース服でおなじみ。ハイテンションなイヴだった。
「おい!!やぶ医者ぁ!!てめどうゆうつもりだ!」
そんなイヴを見るやいなやそう騒ぎ立てるアン。
「あらあら起きたの?どうしたもなにも、『キミの身体を素敵に魔改造しちゃうゾ☆』に決まってるじゃない?」
「決まってねぇよ!!ネーミング考えろ!!」
人差し指を立てウインクをしながら言うイヴ。
それに怒声を飛ばすアン。
「それはそうと。普通に話せるみたいね。あなたボロボロだったからどうかなぁ?と思ったわよ?」
騒ぐアンに近づき、具合を診るようにアンに視線を巡らせるイヴ。
そしてこの状況にアンは舌打ちで返した。
「チッ……そんで?オレの身体はあとどれくらいで直るんだ?てめぇのことだからすぐ終わんだろ?あと普通に直せ」
「普通なんてつまらないじゃない?やっぱり魔改造よね☆あ、なんかリクエストとかあるかしら?」
「普通に直せっつってんだろ!いいからとっとと直せ!」
「わたし急かす人って嫌いなのよね。やっぱり余裕って大切じゃない?あなたももう少し余裕を持ったほうがいいわよ?あ、そうだ牛乳飲みなさいよ。牛いないけど」
「話を聞けぇぇぇぇぇ!!」
台の上で息を切らして疲れた様子のアンの表情は気だるげだ。
その様子を見て、ツバキもイヴに言う。
「イヴさん。話を進めましょう。旧友が怒りそうです」
「これもう怒ってるんじゃないのかしら?でもイヴの頼みだし答えてあげるわ☆少なくともあと3日はかかるわ。それまで大人しくしてなさいよ?あなた」
「ハァ……3日だと?随分かかるじゃねぇか」
アンは訝しげにイヴの顔を見上げた。
「あなたが負けた魔法少女の魔法は少し特殊なのよ。だから直すのも少し時間がかかるの」
「チッ……んじゃとっととやってくれ」
疲れたのか諦めたのか目を閉じて顔を背けなからそう言ったアンに視線を向け、続けてイヴに視線を向けたツバキは言った。
「それでは私は退室します。アン、イヴさんの言う事をちゃんと聞くのですよ」
「うるせぇ!さっさと死ね!」
アンのそんな叫びを背にツバキは扉へと歩みを進める。
「おい」
突如かけられた呼び止めにツバキは扉に伸ばしていた手を止め、後ろへと振り返る。
するとアンが視線を天井に向けたまま言った。
「オレは負けてねぇからな。まだオレは死んでねぇ」
そう言ったアンの言葉にツバキは、「言い訳ですか?」と返すと再び踵を返す。
後ろからアンの怒声が聞こえた気がしたが、それには返さずにツバキは扉を開け、出ていった。