3話
「あぁ、痛かった!!すごく痛かった!!ほんと君に付き合ってるとろくなことがない!」
アインの怒気を含んだ声が図書館内に響く。
あの後コンサートホールからカノンは全身傷だらけのアインを背負い、アインの指示で図書館へと帰ってきた二人。
図書館に帰ってくるとアインは、ふらふらと1階ロビーの奥にある部屋へと入り、2時間ほど閉じこもった後に部屋の扉を勢いよく開け、「復活」と言って平気な顔でカノンの前に現れた。
一瞬面食らったように固まったカノンだったが、アインに訳を聞くと──
「こんなこともあろうかと自分の骨とか内臓の予備を準備してた」
──と言った。
どうやら先ほどまで自分で自分の身体を手術してたらしいのだ。
話は戻り現在。
すっかり回復したアインは、いつぞやに壊されたままだった図書館の入口扉をカナヅチ片手に修繕している最中だった。
木材に釘を打ち込みながらカノンに怒鳴るアインに、同じように釘を打ち込むカノンは気まずそうに呟く。
「だから……その……ごめんって…。」
「アバラ骨全部と左腕に右脚がバラバラになって、おまけに内臓もぐちゃぐちゃだったんだぞ!?これが騒がずにいられるか!!」
いっそう釘を力強く打ち込みならがらそう言ったアインだったが、カノンもまた反論した。
「でも、アインだって悪いんじゃない!?私のこと人間じゃないなんて…!それに、私のことどうやって見つけたの!?」
そう反論したカノンの言葉に、アインはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにカノンに視線を向け胸を張って答えた。
「よくぞ聞いてくれた!!実は君のその翼に追跡機能を仕込んでおいてね、君の居場所は僕の視界に映る仕掛けなのさ!」
答えたアインは満足げに鼻を鳴らす。
それを見たカノンは水色の瞳をよりいっそう冷たくし、アインに視線を向け言った。
「助けてもらってなんだけど…そうゆうの本気で引くからやめてくれない…?」
「なッ!?」
愕然として口を開けるアインだったが、カノンの次の言葉に口を閉じた。
一瞬の静寂の後、カノンが話を戻そうと釘を打つ手を止め言葉を繋ぐ。
「私だって…本当は自分がもう人間じゃないことなんて分かってる……。この身体だって…この魔法だって……人間て呼べるには程遠いよ…」
「……………」
自分の手を見つめながらそう言ったカノンの言葉を、アインは視線を向けずに聞いていた。
言葉は続く。
「それでも……それでも私は…!自分を兵器とは認めたくない…!私は人間としてこの世界を生きたい……!それだけは認めちゃだめな気がする…」
言い終わったのか目を伏せ、黙ったカノンにアインは少し考えたあとにこう言った。
「僕は君が人間じゃない意見を変えるつもりはないよ」
アインの言葉にカノンは一瞬身体を震わせた。
だがアインの続く言葉にカノンは視線を向けた。
「でも、人間とか兵器とか…そんなに気にすることなのかな?」
アインもカノンに視線を向け、互いに視線が合った。
「僕はね、たとえ君が人間だったとしてもそうじゃなかったとしても、きっと今みたいにこうして2人で話してると思うんだ。僕が君に振り回されて、その度に僕は怒ってる」
静寂が図書館を包む中アインはカノンの近くへと歩みを進め、目の前で立ち止まった。
「人間とか兵器とか、そんなの僕にはどうだっていい。人間じゃなくたって、君を人間として接しているヤツがここにいる。それでいいんじゃないかな…?」
しばらく呆然としていたカノンにアインは自分の言ったことに照れくさくなり不意に視線を逸らした。
再び図書館内に静寂が訪れると、カノンの小さく笑った声がそれを崩した。
自分のなにかが溶けてゆくのを感じながら、目頭が熱くなるのをこらえてカノンは言った。
「ふっ…ふふっ…それ、カナヅチ持ちながら言うことじゃないんじゃない?」
「あ」と自分の右手に持ったカナヅチに目を向けアインは気まずそうに再び視線を逸らした。
それを見てカノンもまた小さく笑う。
「ふふっ──……ッ!?」
と、その時だった。まるで電気が流れたかのような激痛がカノンの頭を襲った。
「!?カノン!?」
痛みに耐えられず、その場にうずくまったカノンにアインはあわてて呼びかける。
「ッ!!クッ…ァ…ッ!」
頭を襲ったその激痛の正体は頭痛だった。
だが普通の頭痛ではなかった。電撃のように走る痛みとともに、ある光景がまるでフラッシュバックのように頭に流れてきたのだ。
その光景はとある研究室のような場所だった。
そこで私は立てられたカプセル式の入れ物に入れられており、その外から白衣を着た男が私に向かってなにかを叫んでいる。
それはまるで助けを求めるような、懇願するような雰囲気を感じさせた。
「ツッ…!ハッ!ハァ…ハァ…」
そこまで見たところで頭痛は止み、額からはべったりとまとわりつくような汗がつたっていた。
「大丈夫か?」
カノンの顔をのぞき込むように見るアインにカノンは視線を向け、「うん…」と答えた。
「いまのは……この前見た夢と同じ場所だった…」
先ほどの光景を思い出し、カノンは小さく呟いた。
それを聞いたアインも訝しげにカノンに聞いた。
「同じ場所って…ほんとに大丈夫なのか?」
アインの問いにカノンは先ほどの光景のことを言おうとした。
ちょうどその時だった。
「あの…」
不意にカノンの背後からか細い声で呼ばれ、2人でびくりと身体を震わせる。
おそるおそる後ろを振り向くと、そこには短い金髪に碧眼のメイド服を着たひとりの少女が立っていた。
そして少女は申しわけなさそうにしながら、カノンの顔をのぞき込むようにして聞いた。
「あなたが……戦いを望まない魔法少女…ですか?」
夜も明けようかというような淡く光る紺色の空に浮かぶ月は教会の割れたステンドグラスを輝かせていた。
その前にある教壇に腰掛け、暇そうに天井を眺める少女、アルトは近くにいたナース服というこの場に不釣り合いな格好をした魔法少女、イヴに話しかけた。
「そういえば、あの子はどれぐらい治ったの?ほら、あの…赤髪の」
「アンのこと?それなら代わりの腕を取り付けるところまではいったわ☆でもまだ接合しきれてないのよね」
アン。以前カノンに身体を破壊された赤髪に赤い瞳を持つ魔法少女の名前である。
「ふーん」とアルトが生返事をイヴに返した。
そのときだった。
教会の扉が少し開かれ、そこから倒れるように入ってきた少女がいた。
その少女は全身に酷い火傷を負っており、背中には緑色の髪をした少年を背負っていた。
そしてその少女はアルトを見ると懇願するように言った。
「ウォルを…助けて…!」
そう言ったのはマリアだった。長い金髪も綺麗な肌も今は火傷の傷が痛々しい。
「やぁ。まだ1ヶ月は経ってないと思うんだけどな。あ、もしかしてボクに会いにわざわざ戻ってきたのかな?」
茶化すようにマリアに言ったアルトのその言葉をマリアは払い除けるようにして叫んだ。
「早く!!このままじゃウォルが死んじゃうのよ!!」
叫びとともにアルトはマリアの前へと瞬きほどの速さで移動し、そしてマリアの頬に触れながら言った。
「冗談だよ。わかってる。ボクが君たちを救ってあげるよ」
マリアの頬に触れたアルトの手が光り、その光はみるみるうちにマリアの身体の火傷を治していった。
マリアの傷を治すとアルトは、マリアの背中にいるウォルをひょいと担いだ。
そして振り向きイヴに言う。
「て訳なんだ。イヴ、あとは頼むよ」
アルトに近づいてきていたイヴに、アルトはウォルを渡した。
「2体もいじれるなんて…胸が高鳴っちゃうわ♡まかせていいわよアルト、とっても素敵にしてあげる☆」
そう言い残してイヴは奥の部屋へと消えていった。
それを見守っていたアルトとマリアだったが、その姿が消えるのを見るとマリアは膝から崩れ落ちた。
そしてマリアの頬につぅと涙がつたい、両手で顔を覆って言った。
「また……守れなかった…!」
それを横目に見たアルトは、崩れ落ちたマリアの視線に合うように腰をおとし少し口元を歪ませて言った。
「そうだね。そうやってキミは家族を失っていくんだよ。いつだってキミの手の届く場所にいるなんて大間違いだ。だから──」
マリアの耳元に顔を寄せ、囁く。
「──守る力をキミにあげる」
その言葉に俯き涙が流れる顔を両手で覆っていたマリアは、顔を上げアルトに視線を向ける。
「もちろん受け取るか受け取らないかはキミの自由だ」
視線を向けるマリアにアルトは優しく言った。
そしてマリアも少し考えた後に言う。
「…………ほしい………わたしに…!その力を頂戴!!」
アルトに向かって勢いよくそう言ったマリアを、アルトはそっと抱きしめると耳元に顔を寄せ、そして囁くように言った。
「大丈夫。ボクはキミの味方だよ。安心して」
静寂が教会内を包む中、そう言ったアルトの口元はたしかに歪ませ、笑っていた。