こんにちは赤ちゃん
「おーい、聞こえとるかー? 聞こえとったら返事をせい」
……誰だよ、人が気持ち良く寝てるのを邪魔するのは……
今日は地獄のようなスケジュールの合間に偶然生まれた、久々の休暇なんだ。昼までのんびり寝て、溜まってる洗濯物を片付けて、途中で止まってるRPGの続きを堪能するんだ。或いは久々にゲーセンに顔を出してもいいな。とにかく、羽を伸ばしてのんびりするから邪魔しないでくれ。
「ふむ、気の毒じゃがその休暇の予定はキャンセルすることになりそうじゃよ?」
はぁ?
数少ない人の至福の休日を奪おうとするとは、貴様悪魔か部長か、クレーマーか!?
っていうか誰だよ、じいさん!? 人ん家に勝手に上がり込んでんじゃねぇ……、ってあれ?
なんだ、目が開けられない……っていうか動けない!?
え、え、何これ怖い、金縛り?
「心配するな、御主はまだ母親の胎内におる胎児じゃから、動けないのは当然じゃ」
……はい?
「お主の家の近くの線路で、電車が派手な脱線事故を起こしての、今は二度目の人生の準備期間と言うわけじゃ」
……いや、ちょっと、ちょっと待ってくれ……つまり、これって……
「所謂異世界転生という奴じゃ」
…………。
「何じゃ、嬉しくないのか? チートを貰って大冒険、ハーレム築いてウハウハじゃよ?」
……とりあえずあんた誰だよ?
「ん? 神様じゃよ? 」
……何でオレは死んだんだ? 何かの天罰か?
「うむ、電車の運転手が心臓発作を起こして脱線事故に繋がったのじゃが、本当は運転手の心臓発作はもっと後に、運転手が家に帰ってから起きる予定だったのじゃ。しかし部下の天使がミスってしまってのう。結果的に御主を巻き込んでしまった。すまん、すまん」
随分と軽いな、おい!?
人の人生奪っておいて、もうちょっと何か言うことは無いのかよ!
「うむ、本当に申し訳ない。直接の原因は疲れていた部下のミスとは言え、上司のワシにも責任はある。これ、この通りじゃ。来世の世界での優遇措置で、ここは一つ許して貰いたい」
……天使でも疲れてミスすることがあるのかよ。てかなんで疲れていたんだ?
「かれこれ1000年近く、休暇無しの残業続きじゃったからのう」
メチャクチャブラックだな、あの世!?
それ、完全に経営者であるアンタの責任だから!!
「しょうがないじゃろ、まさか地球の人間が短期間にここまで増えるとは予想しとらんかったんじゃ。おかげあの世の業務も大忙しなんじゃ! わしとて、ここ1000年休んだ記憶がないんじゃ! 『安息日? 何それ美味しいの? 』状態なんじゃ!! もう二度と押さんと誓った『大洪水ボタン』を、何度16連射して楽になろうと思ったか……。大体お主ら人間はじゃな……!!」
クドクドッ……
逆ギレかよ、みっともな……、わ、わかった、わかった!オレも悪かったよ、事情も知らずに安易に批判したりして! だからもう少し声のボリュームを落としてくれ!! 脳に直接声が響いているせいか、痛いんだけど!?
「はぁ、はぁ、う、うむ。わしも少し大人げなかった。人間全体の不満をお主一人に押し付けても仕方がないしのう」
オーケー、お互い少し頭を冷やしたことだし、これからの話をしよう。
まずいくつか質問させてくれ。
なんで転生先が『異世界』なんだ?どうせなら馴染み深い地球人に生まれたいんだが?
「うん? いや、ネットの質問掲示板で他の神々に、『事故で人間を死なせた場合の対処法』を聞いたら、一番多い答えが『チートを与えて中世ファンタジーに異世界転生』じゃったから。大抵の事例は示談に持ち込める、今イチオシの評判の方法って書いてあったんじゃが……駄目じゃった?」
……………。
仮に嫌だって言ってもオレは既に胎児なんだろう? 今さら戻せって言っても戻せるのかよ? あぁっ!?
「や、やってやれないこともないが……」
じゃあ、今すぐ戻せ。別に今さら異世界物に熱中する年齢でもないんだ、だれが好き好んで苦労する中世世界なんかに住みたいもんか。大体人の意思を確認せずいきなり……なんだ、この歌?
♪~♪~♪~
「……お主の新たな母となる者が歌っておる、子守唄じゃ。お主が腹にいるとわかったときから毎日暇を見つけてはお主の服を編みながら歌っておるから、お主にも馴染み深いのでは?」
……確かに、聞いたこともない言葉の、聞いたこともないメロディーなのに、不思議と安らぎを覚え、心地よく感じる……。
「……ちなみに、地球への転生し直しとなった場合、今のお主は魂が抜けるので、死産となる……んじゃが……」
♪~♪~♪~
……。
…………。
………………。
……お前、絶対神じゃなくて、悪魔かなんかだろう……。
「……正直、わしも嘗て無い程の自己嫌悪の真っ最中じゃ。なんか、本当にすまん……。本当に、よかれと思ってやったんじゃよ? 一番納得してもらえる解決法とネットでも評判じゃから、お主も納得してくれると……」
………………。
「ち、地球に転生し直すか?」
出来るわきゃねぇーだろ、この状況でーーー!!
「ほ、本当にすまんかったーーー!!」
♪~♪~♪~
◇ ◆ ◇
……分かってるよな? つまらないチートなんか貰ったって賠償の『ば』の字にもならないってことは……。
「へぇ、い、いやーもうそれは、よう分かっておりますじゃ。こちらとしても精神誠意、ご要望に答えさせて頂きますじゃ。ついては、何かチートについて要望などがあれば、ご意見を頂きたいですじゃ」
……そもそもオレはどういう家庭に産まれるんだ? 家庭環境も考慮にいれて、考えたいんだが?
「へぇ、今回の異世界転生は、こちら側からの償いの意味もあるため、なるべく苦労することの無い家庭環境を選定しましたですじゃ。その結果、ファルム王国の王子としての転生をご用意させて頂きましたですじゃ」
おい、中世社会の王族って、厄介なイベント目白押しな予感しかしねぇんだが!? その辺は大丈夫何だろうな!?
「ご安心下さいですじゃ。ファルム王国は国土こそ広くはありませんが、現国王、即ちあなた様のお父上の善政もあり豊かに発展し、近隣諸国との関係もすこぶる良好。国内でもその善政や誠実な人柄により、民にも深く愛されている故クーデターの心配もない、今イチオシの国ですじゃ!」
……家族構成は? 跡目争いに巻き込まれて死ぬとかゴメンだぞ?
「お父上であるファルム王国国王、レオニード三世には今まで三人の奥方がいらっしゃり、内一人は病で亡くなられておりますじゃ。あなた様は第三夫人の長子としてお生まれになる予定ですじゃ。あなた様のお母上である第三夫人のエリス様はファルム王国内のエルフ自治区の族長の娘で、両種族の友好の印としてお輿入れされましたじゃ」
……おい、母親がエルフってことはオレはまさか……。
「は、はい、その、所謂、ハーフエルフで……。で、ですがご安心ください。エルフやハーフエルフが差別されたりとかは、ファルム王国や近隣諸国では、今は無いですじゃ!むしろ魔法は強いわ、寿命は長いわ、美形でモテモテと、良いことだらけですじゃ!」
……『今』は?
「……五百年ほど前に種族間のトラブルによる大戦争がありましたが、今は既に過去のものとしてお互い水に流し、共存共栄を図る政策が、ファルム王国周辺の諸国の基本方針ですじゃ。その為、他の諸王家も積極的に人間以外との婚姻を行っておりますじゃ」
……つまり、ファルム王国周辺以外ではまだ種族間問題があるってことか?
「……残念ながら、どのような世界にも、種族や身分など様々な理由で自分と異なる者を圧政するものはおります。こう言ってはなんですが、地球でもそれは行われていた筈ですじゃ」
……まぁ、それもそうだ。つまり何に生まれようとも、何処かで何らかの差別を受ける可能性があるなら、種の是非や身分は論じてもしょうがないか。
「納得していただけましたでしょうか?」
ファルム王国は安定していて、種族間問題は今のところ無いんだろう? なら良いよ。
で、最初の質問に戻るけど、跡目争いなんかは御免だぞ?
「それも心配ないですじゃ。レオニード三世の長男で、既に成人している第一夫人の子、王太子ジークは父に似て優秀と評判で、亡き第二夫人の子で次男のアレンとも兄弟仲は良好ですじゃ」
ジークに何かあった場合は?
「現状ではほぼ間違いなく、第二子のアレンがそのまま王太子になる筈ですじゃ」
つまりオレは自由気ままな三男坊ってことか?
「いずれ、エルフとの交渉役として公爵位と領地を授けられると思われますじゃ」
……大体は自分の立ち位置がわかったが、参ったな……。必要になりそうなものが多すぎる。
そういやさっきハーフエルフ云々で言ってたけど、魔法とかあるの?
「ええ、元素魔法に幻影魔法、召喚魔法に時空間魔法、錬成魔法に生命魔法、聖霊魔法に暗黒魔法と、多種多様な魔法がございますですじゃ」
……ふむ、ならいっそ魔法の才能全部とか、いや待てよ……。中世ファンタジーってことは、武器とかは剣とかになるのか? ってことは武器の才能とかも欲しいし、あ、けど王族ってことは戦争とかにも行くのか? ってことは指揮系の才能もいるな、そういや病気とかどうなってんだ? 医学とかの才能も欲しいし、いや、その辺はアイテムで、いやいやそれならアイテムを作る才能も……ブツブツ
◇ ◆ ◇
「あ、あの~、考えはまとまりましたじゃろうか?」
気がつけばそれなりの間、考え込んでいたようだ。しかし、考えても考えても必要になりそうなものが浮かんでは消え、浮かんでは消えして、考えがまとまらない。
大体オレはゲームとかでもキャラメイクの際はいきなり始めず、まずはネットの攻略サイトや攻略本を読んでからいつも始めていた。せめて今回も似たようなものが……って、そうだ……。
「おお、決まりましたかな?」
ああ、決めた。攻略本をくれ。
「……はい?」
だから攻略本だよ、攻略本。今から行く世界のありとあらゆる魔法、スキル、称号、アイテム、武器、エネミー、アイテムの合成レシピや詳細なワールドマップやダンジョンマップ等のデータが載った攻略本を、何時でも望んだときに見れるようになるチートが欲しい。
「えーと、ちょっと、それは……」
出来ないのか?
「何分初めて聞いた要望なんで、すぐに返答は……。ちょっと待っとって下され。えーと、カスタマーサポートセンターの番号は……」
……一体何処に電話してるんだ……。
◇ ◆ ◇
「お待たせしましたのう」
随分時間が係ったな。それで出来そうなのか?
「結論から申せば通常の手段では無理だったので、少しグレーゾーンな手段で押し通して見ましたじゃ」
おい、何勝手に危ない橋を渡ろうとしてんだ!? 実害受けるかもしれないのはオレなんだぞ!?
「いや、それについては問題無い。一応全て正規の手続きの範囲内で済むように作りましたじゃ。人間にすべてのデータベースを公開するのは安全管理の観点で問題があるので、あなた様の代わりにデータベースを閲覧する代理人を立てて、その代理人からあなた様に改めてデータを伝える形にしましたじゃ」
代理人?
「うむ、それについてもこちらで手配しておりますじゃ。おい……」
「この度は、本っ当に、申し訳ありませんでしたーーー!!!!!」
!?!?
「謝って済む問題では無いことは、重々承知しております!! その為、このアズラエル、せめてもの償いのため、誠心誠意、これからあなた様にお仕えする所存でございます!! ですから、何卒、何卒御許しを、御許しをーーー!!!!!」
うっうるせぇー!! 大声で喚くな!頭が、頭が割れるーーー!?
「こ、これ、アズラエル、あまり大きな声を出すでない!」
「ですが、ですが、……!!!」
「えーい、一度落ち着くまで下がっておれ!!」
◇ ◆ ◇
一体何だったんだ? アイツは……まだ頭がガンガンする。
「う、うむ、先ほどの者はアズラエルと申しまして、ワシの所で死を司っておる天使でございます。年老いた電車の運転手を迎えに行くタイミングを間違えて、あなた様が死ぬ原因となった脱線事故を起こしたことを心底悔いており、何か償いはできないかと思い悩んでおったので、この度のあなた様の代理人を命じましたじゃ」
……死を司る天使って、ひょっとして結構重要な役職にいる天使なんじゃないか? いいのか? そんな奴に更に仕事を押し付けて。また仕事でミスして、オレみたいな犠牲者が出るんじゃないか? 何時でも攻略本が見れるように、出来ればこっちの業務を優先して欲しいんだが、そんな余裕あるのか?
「『死の天使』の役職はラファエルを始め、他にも数名適正がいるものがいるので、彼らに分担させて行わせます。アズラエルには当面の間は、あなた様の助けになるよう命じておきますじゃ」
なら大丈夫か。後は……何だ、何か回りがゴロゴロするぞ?
え、え、何これ?
♪~♪~……っ!?
♭☆♯□◆!! ♭☆♯□◆!!
え、え、何!?
母ちゃんどうした!?
「おお、どうやら陣痛が始まったようですじゃ! いよいよ誕生ですな!!」
え、え、オレ産まれるの!? 母ちゃんすっごい苦しそうだけど、本当に大丈夫なのか!?
「ご安心下され、出産に関してはこちらから百戦錬磨の産婦人科医を守護天使として派遣させて頂きますじゃ。それでは、改めてこの度は申し訳ありませんでしたじゃ。あなた様の第二の人生の幸せを祈っておりますじゃ」
あ、おい、待て!! 逃げるな!? まだ話は……!!
◇ ◆ ◇
寒っ!?
眩しっ!?
うるさっ!?
臭っ!?
何此処、何がどうなってるんだ!?
あの(自称)神様からの声が聞こえなくなったと思ったら、急に意識が曖昧になり、何やら狭い穴に押しやられ、頭が潰れるような思いをした後、訳の分からない場所に放り出された。
なんだか息苦しい。取りあえず、深呼吸して落ち着こう。
「ウギャー!! ンギャー!!」
何だ、まだ目が開かないから回りが見えないが、随分近くから赤ん坊の泣き声が聞こえるな。ひょっとして、オレはもう生まれたのか?
おい、此処は何処なんだ? 誰か説明してくれ。
「ホギャー!! オギャー!!」
うるさいな、一体何処の子供が泣いてるんだ?
「フギャー!! ホギャー!!」
だから、うるさっ……ってこれ、ひょっとして……。
「オギャー!! フギャー!!」
ああ、どうやら先ほどから聞こえる耳障りな泣き声は、オレ自信の声みたいだ。
ただ息を吸うための呼吸も、泣きながらでなければ出来ないみたいだ。
って、うお、何だ!?
あぁ、暖かいタオルのような物で体を拭いてるのか?
初めて皮膚に何かが触れたから、びっくりした。
うぁ、今度は何だ!? 何だかジェットコースターに乗ってる時のような感覚が!? オ、オレを持ち上げてるのか? もっとゆっくり持ち上げてくれ!
持ち上げられたと思ったら、どうやら今度は誰かに抱っこされているようだ。
しかしあれだな、前世でいい年齢だったから覚えてないが、抱っこって安心感が半端無いな。なんだか、このまま眠くなってきた……。
※♪×◆%#§……
うん、この声は……?
眠りにつく前、力を振り絞って何とか目を開けてみると、そこにはすっかり疲れ果て、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、まさしく『聖母』のような笑みを浮かべた、耳の長い美しい銀髪の女性の顔があった。
その顔を一目見たところで、オレは眠気で力つき、意識を手放した。
産んでくれて、ありがとう。
お疲れさま。
お休み、母ちゃん……。