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ほんとうの星  作者: ゆうなぎ
第一章 遭遇:たくさんの嘘、たくさんの悲しみ
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目なしの先生

 この広い星のうみにおいて、ぼくがどこにいるかを説明するのは、なかなか骨の折れることです。方向だってよくわからないし(ぼくはコンパスを持っていませんでした。あったところでコンパスが役に立つとは思えませんでしたが)、景色もそこまで変わりばえしませんからね。

 そういうわけで、ぼくが旅をはじめて最初にたどりついた、あの灰色の小さな星は、ぼくのふるさとの星からどの方向にどれだけ進んだところにあるのか、はっきりとお教えするわけにはいかないのです、ごめんなさい。ひとつだけ言えるのは、ぼくは星のみちの流れにほとんどしたがって進み、いつしかそこにたどりついていたということです。

 その灰色の星は、だいたい運動場くらいの大きさで、その半分くらいの大きさの黄緑色の建物が上にちょこんとのっかっていました。遠くから見ると、三角ぼうしをかぶっただれかの頭のようにもみえます。その建物は学校のようでした。だって、建物に大きく黄色の文字で〝みんなのがっこう〟と書いてありましたからね。見れば分かるのです。

 ぼくはこれまでちゃんとした学校に通ったことがありませんでした。

 ですから、ここではどんなことを教えてくれるのだろうと期待に胸をふくらませながら近づいていったのです。すると、前からだれかがのしのしと近づいてくるのが見えました。その人は、ぼくの前に止まるとこう言いました。

 

 「やあ、わたしの生徒が来たね!」

 

 その先生らしいことを言った人は、ひょろりと背が高く、細身のスーツを着ていました。まあ、どこにでもいるような人です。でも、よく見ると、彼は変なメガネをかけていました。みなさんもメガネをかけた人を見たことがあるはずです。レンズは透明ですから、メガネをかけていても、こちらからその人の目は見えますよね。でも、先生のメガネは透明だったのにもかかわらず、目が確認できなかったのです。光の具合だとか、目の錯覚だとか、偉そうな大人は言うでしょうが、決してそうではありません。目の前で見たのです。その先生には確かに目がありませんでした。でも、ぼくの姿は見えていたのです。


 「やあ、わたしの生徒が来たね!」目なしの先生はまた言いました。

 「ぼく、あなたの生徒じゃないですよ」

 「でも、学びに来たんだろう」

 「すこしだけ興味はあります」ぼくは正直に言いました。

 「なら、わたしの生徒だ」先生はメガネの位置を直しながら言いました。

 「わたしのもとに来た子どもはすべて生徒だよ。わたしが教え、導かねばならない」

 「そうなんですか」ぼくは興味なさそうに言います。

 「きみは中学生かね、高校生かね、まさか大学生ということはないだろうね?」

 「ぼくは学校に行ったことがないんです。見たことはあります」

 「そうかね。じゃあ、最後に卒業した学校もないというのだね?」

 「ええ、そうです」

 「よろしい、ではテストをします」

 「テストってなにをテストするのですか」

 「きみがどれだけ問題を解けるかをためすんだよ」

 「あのう…モンダイって?」ぼくはていねいにたずねました。

 「問題は問題だよ。歴史や算数や国語…いろいろあるんだよ。きみの力を見て、きみのこれからの学びをどうするかを決めるんだ」

 「先生が決めるんですか?」

 「ああ、そうとも。君たちはまだ社会を知らないんだから」


 先生の言葉は、ぼくの質問に対する答えになっていませんでした。でも、これ以上質問しても意味がないような気がしたので、ぼくは何も言いませんでした。先生はどこまでも先生でしかないようでした。

 

「さあ、テストをはじめよう」どうにもためすのが好きな先生なのでした。


 ぼくはしぶしぶ(ほんとうにしぶしぶです)テストを受けることにしました。

 国語と算数のテストでしたが、思ったよりも簡単だったので、ぼくはすぐに解きおわりました。テストというものは、どうしてもまじめにしなきゃいけないような気がするのでいやです。そして、そんな自分の姿を見るとうんざりするのです。

 

 先生はぼくからテスト用紙を受けとると、すばやく採点しました。

 「うむ、きみはなかなか優秀なようだ」

 「ありがとう、先生」その言葉はそれなりには嬉しいものでした。

 「評価は5だ。それでは5くん、授業をはじめようか」

 「ぼくは5じゃないですよ」

 「よくできる子のしるしだよ、5くん」

 そうして授業がはじまったのですが、それはあまりにも退屈でした。

 あ、勘違いしないでくださいね。ぼくがうぬぼれ屋だと思ってもらうとこまりますから言っておきますけど、べつに授業の内容が簡単だったから退屈だったわけではないのです。先生が終始、ぼくを、問題を解くキカイのように扱うのがつまらなかったのです。毎日毎日、朝から晩までひたすら問題を解くのです。なにがほんとうの問題なのかを分からないまま。ぼくにはそれがどうしようもなく退屈でした。

 「5くん、きみは上のクラスに行ける」

 先生はときどきこんなことを言いました。

 「きみは我が校のほまれだよ」こんなことも言いました。

 でも、ぼくはだまされませんでした。先生は、ぼくの考えていることや好きなこと、そんなことは一切知ろうとせずに、ぼくの問題を解く力ばかりを見ているのを知っていたからです。ぼくはこんな人から学ぶのも、仲良くなるのもいやでした。


 「あなたには何も見えていませんね」

 ある日、ぼくはそう言いました。すこしだけ、乱暴に。

 「なにを言う、きみのことは評価しているよ」

 「見なきゃいけないものを見ないのは変ですよ」

 「私は学校の先生なのだから、問題を解く力を見るのは当然だろう」

 「そんなんだから、ぼくのことを5くんなんて呼び方をするんですよ」

 ぼくは少しおこりながら言いました(いま思い出すと、ちょっと言いすぎたような気もしています)。

 「先生は、いままでの生徒のことを覚えていますか。その子がなにを好きで、どんな性格で、だれとよく一緒にいたか。たぶん、覚えていないでしょう。そんなんだから、生徒がみんな一緒に見えるし、そんなあなたに教わった生徒はみんな同じような人に育っていくんですよ。モンダイを解く力はあるんでしょうけど…」

 先生はうつむいてなにも言いませんでした。

 

 「先生、さようなら」

 

 ぼくは申しわけなさそうに言いました。それから学校を出て、舟の方へと歩いていきました。ぼくにはどうしても、モンダイの解き方なんて大切には思えなかったのです。だって、ぼくらはキカイじゃないんですもの。ちゃんと、こころを持って生きているんですからね。


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