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素直になれなくて(『ある日のこと』シリーズⅠ)

作者: 真田玲

『ある日のこと』シリーズ第一弾!今回のテーマは「ツンデレ」です!

 日が沈むのが早くなり、空は少しずつその高さを増す。木枯らしが吹き、木の葉は赤や黄色にその色を染める。窓から見た外の景色はなんだか幻想的でいて、少し寂しげ。やっと姿を現した秋という季節をアタシ達は迎えていた。



 学校の放課後。アタシは麻子と二人で帰路についていた。アタシはアイツ…槙野和也とは違って帰宅部だから。小学校・中学校はアタシもアイツと同じテニス部だったんだけど、高校に入学するころに楽器がやりたくなって、テニスはやめちゃった。


「里奈~!」

「はっ! えっ?!」

「もう、またボーッとして。さっきからずっとテニスコート見てばっかりじゃない。」

「あ、いやなんでもない!」


 そっか、とか言いながら笑う麻子。高校に入ってからの友達だから、アタシが小学校・中学校テニスをやっていたことも、和也と幼なじみであることも知らない。まぁ、アイツとは所詮「腐れ縁」でしかないんだけどね。


「でもさ、かっこいいわよね。」

「なにが?」

「テニスできる人って。あんな球打ち返せるんだもん。ボールがさ、こう…ひゅん!って」

「そ、そうね~。」


 まぁ、テニスをやったことのない人は、そういう人が多いわよね。慣れてくると、あまりそうは思わなくなってくるんだけど。でも、テニスがほめられたことは、ちょっと嬉しかったし、誇らしかった。


「あとね…。」なんて眼をキラキラさせて、話す彼女。きっと、こういうしっかりしていて、キラキラしてる女の子はモテるんだろうな……。小柄だし、可愛いし……。そう考えると、私に無いものばかり持ってるわよね、彼女。


「ねぇ、里奈はテニス、またやろうとかは思わないの?」

「『また』って?」

「小学校・中学校やってたんでしょ?」


何で知ってるのよ、麻子……アタシは、ただただ驚くことしか出来なかった。彼女にこの話をしたことないし…。悩むアタシに麻子は慌てて続けた。


「あっ!…その、槙野から聞いちゃったんだけど…ダメだった?」

「ううん、大丈夫だよ!」

「そっか…それで…その、テニスはもうしないのかなって、思っちゃって。」


 まぁ、アイツからアタシの話聞いてるならそう思うかもなぁ。アイツは、またアタシが高校になってもやると思っていただろうし。


「アタシは、家で気ままにギター弾いてる方が、今は楽しいからさ。」

「…そうよね!ごめん、変なこと聞いちゃって。」


 そういって申し訳なさそうに、麻子はうつむいてしまった。そんなに落ち込むことでもないと思うんだけど…なんて考える前に「大丈夫だよ」なんてフォローをして、少し笑顔を作ってみたりする。とはいえアタシはそんなに器用じゃないから、うまく出来てるかは分からないけど……。


「あのね……、相談があるの。」


 どうやら落ち込んでいたのではなく、何かについて悩んでいたらしい。ちょっとかける言葉を間違えちゃったかな、なんて後悔しながらも、彼女が話を続けるのを待った。根は真面目な彼女のことだから、少し重めの話が来るかな、なんて心の準備をしながら。


「私、好きな人が出来ちゃって…。」

「えっ、そうなの!」


 予想している方向とは、はるかに違うベクトルの、「重い」話が飛び込んできた。彼女から恋愛話が、「このアタシ」に来るとは思わなかった。


「びっくり…したでしょ?私らしくないもんね。」

「そんなことないよ?ちゃんと応援するから!」

「…ありがとう。」


 これは素直な気持ち。照れて、モジモジする麻子。普段の真面目な雰囲気とも、天然言ってる時とも違う、かわいらしさがそこにあった。…女のアタシでも惚れそうだ。


「それで…誰なの?」

「槙野…。」

「えっ…。」

「だから…槙野だって。」


 アタシは耳を疑った。……あの槙野和也のことを?……好き?


「すごくかっこいいじゃない?テニスもうまいし、優しそうだし…。」


 照れながら指を絡ませてみたり、ほどいてみたりしながら話す彼女。この雰囲気、きっと本気だ。脳内ではいろいろなことが錯綜していた。もはや、軽いパニック状態だ。


 アタシの無言に焦ったのか、麻子は不安そうにこちらを見ていた。一生懸命、笑顔を作ってみるが、思うようにできない。何かがひっかかっているのが、自分でも良く分かった。心のどこかに、なにか冷たくて重いものが突然あらわれて、心を支配してしまいそうな……そんな気持ちになった。



「でも、里奈には敵わないのね。」

「えっ!? 何言ってるの? 別にアイツとは何も…。」

「彼にいつどんな話をしても、『浅野がさ…』ってばっかり返ってくる。」


 アイツ、そんなにアタシのことを他の人と喋るんだ……。何を話しているのか、めちゃめちゃ不安だけど、……なんか、ちょっとだけ嬉しいかも。と同時に、ちょっと罪悪感。


「でも、私は……里奈が相手でも、絶対諦めないから!」

「えっ、いや、別にアイツのこと…。」


「分かりやすい嘘なんかつかないで!」


 普段の真面目で落ち着いている彼女ではありえないほど、熱くなっているのが確かに分かった。



「里奈、彼のこと、好きなんでしょ?!」

「えっ、いや…嫌いじゃないけど。」

「じゃあ…、彼に告白されたらどうするの?振るの?」

「え…。」


 分からない…。


 どうしてだろう。ただの「腐れ縁」だと思っていたのに。大切な親友だとばかり思っていたのに……。彼女に言われていくうちに、良く分からなくなった……。彼が、アタシにとってどんな立ち位置なのか。アタシにとって、彼という存在が……。


「ごめん、里奈ちゃん。私、熱くなり過ぎちゃった。」

「…ううん。大丈夫だよ。」

「こんなに誰かを好きになるの、初めてで。」

「そ、そうなんだ…。」


 ぺこぺこ謝って、いつもの麻子に戻った。なんだか羨ましい気もするな……、こんなに誰かを思うことが出来るなんて。


「今日、告白してみようかな。部活終わったくらいに。」

「うん…。」

「勝負になるけど、お互い頑張ろうね。」

「うん。…ってだから、アタシは別に…。」

「じゃあ、先に彼、もらっちゃおうかな。」

「か、勝手にしたらいいじゃない!」


なによ!と怒るアタシをよそにニコニコと笑い、彼女はテニスコートの入り口に向かって行った。……別に、アイツの事なんて…。



 学校から、アタシの家までのこの道を歩く時間は、アタシが部活をやめて以来、一人でいられる数少ない時間。良かったことも、悪かったことも、ここを歩いている間に思い返していくことにしてる。悩んでることも整理できるし、うまくいったら解決できるかもしれない……。でも、なにより、落ち着けるから。


「和也か…。」


 小さい頃からずっと一緒だった。学校は一緒だったし、親が仲良しで家も近かったから、よく遊んでいた。公園にも行ったし、旅行にも行ったし、花火大会にも行った。年越しも一緒にしたし、部活も一緒だった。


アイツには、いつまで経っても勝てなかったなぁ。練習では、時々勝たせてくれてたけど。アイツのそういうところ、ほーんと腹立つのよね。なんでもできちゃって。いっつもアタシはアイツを追いかけてた。思えば、今まで一緒じゃなかったことなんてなかったんだ。




…でも、今まで一緒だったのが……もし一人になったら…。

もし、彼女の告白がうまくいったら……





 そんな事を考えていたら、どうしてか、不安が募ってきた。何考えてるんだろう、アタシ。麻子を応援しなきゃいけないのに。何を考えているんだろう。…これがみんなの言う「嫉妬」とかいう感情なのかな。


 結局、帰り道だけじゃ落ち着ききれなくて、公園のブランコに乗って一休み。小さい頃は全然乗れなくて、いつも彼に押してもらってたなぁ。いつの間にか、一人で乗れるようになって…。あれ、いつだっけ。



 初めてここに座ったとき。アタシは親と喧嘩して、ここで泣いていたんだっけ。誰もいなくなった公園で、漕げもしないブランコに座って、独り……。何も出来ないで泣いているアタシのブランコは、不意に大きく動いた。驚いて振り返ったときに、やっぱりアイツがいた。「大丈夫?」そう微笑みながら。




どんな場所にいても、彼と思い出があって…。


いつだって、彼がいて…。



…って、なんで泣いてるんだろうアタシ…


別に何もないのに…

ただの幼馴染なのに…



「大丈夫?」

「…えっ?!」


……なんでアンタがこんなところに。


「里奈、こんな所にいたんだね。」

「べ、別にアタシがどこにいたって、アタシの勝手でしょ?」

「そうだね…って、また泣いてるし。」

「泣いてなんかないってば!」


ずるいよ…。こんな時に来られても、どうしていいか分からないじゃない。渡されたハンカチで、眼をぬぐいながら言っても説得力……ないわよね。少しだけ強がって、彼の顔を見る。この顔、何か言いたい顔だ。



「あのね、聞いて欲しいことがあるんだ。」

「なによ。」

「実は今日、告白されたんだ。」

「へ、へぇ。……良かったじゃない!モテない期脱出ね。おめでとう」


 逃げたい…。とにかく、そう思った。できる精一杯の抵抗は、目を反らすことだけだった。隙を見て、そうなんだ~とか笑って、どこかに行っちゃおう。


「気づいたんだ。俺は…ずっと大切に想うあまりに、言わなきゃいけないことを言ってなかったんだって。…ずっと待たせてたんだって。」

「幸せそうで良かったわね。それじゃあ、アタシはこれで!」


 背を向けて歩きだそうとしたが、進めなかった。和也がアタシの右腕をつかんだまま、離してくれなかったから……。



もう、やばい……。


「ちゃんと、聞いて。」


これ以上聞いたらアタシ……


「ちゃんと俺を見て?……ちゃんと俺の顔を見て答えて欲しいんだ。」

「……何よ。言ってみなさいよ!」



もう……聞きたくないのに…。






「……俺とつきあってください。」






えっ……


「俺は浅野里奈が好きだ…。他でもない…おまえが。」



……何、かっこつけちゃってんのよ。


「…告白、されたんじゃないの?」


麻子じゃなくて、アタシを選ぶなんて……。


「俺が好きなのは、お前なんだよ。」


……これ、夢?


「な、なにを言ってるのよ。バカじゃないの?」


……違う。こんなことが言いたいんじゃないのに。


「アンタの事なんて……別に…。」


やばい、素直になれない…。なんでなの……。


「泣くなよ、里奈。」

「だから、泣いてなんかないって…。」


 ほほを触れる手。夜空に浮かぶ月の光に照らされた彼の姿が、なんだかかっこよかった。こんな風に、コイツのことを思ったのは、初めてだわ……。


「落ち着いた?」


「……アンタのせいなんだからね。」


「ごめん…。」


「里奈…ちゃんと言って?1回でいい…。1回でいいから、里奈から聞きたい。里奈の気持ち…」




…そんな顔しないでよ。……そう思ったから、今日は…今日だけは、少しだけ素直になってあげる。




「アタシの負けよ。いいわ、つきあってあげる!」


 涙ばっかり流した顔で、彼の微笑みに上手く返せたか分かんないけど。ちょっと格好悪かったかも知れないけれど…。


「ありがとう。」


アタシは、その顔が見られて幸せよ。



ブランコを降りて、家に向かう。あのときと同じね。でも、あのときより、ちょっとだけ成長してる自分を見せたくて、少しだけ強がって、手を繋いでみる。



……何笑ってるのよ。……恥ずかしいんだからね。



「和也……?」

「ん……?」

「ありがとう。」


満面の笑みをあなたに。今回は泣いてないから、うまく返せたよね?



「……こちらこそ、ありがとう。ずっといてくれて。」

「うん!」


握った手の力を、少しだけ強める。これからも、ずっと一緒にいたいから。


「その笑顔は……ちょっと反則だ。」

「……うっさい!」


……今日のことは、絶対に忘れない。



<Epilogue>


「ごめん、麻子。」

「なにが?」


 教室について、真っ先に向かったのは、麻子の所だった。どうしても謝りたくて…。


「アタシ、和也と付き合うことになって……その……。」

「えっ。」

「アタシのこと、嫌いになったわよね。その……本当にごめんなさい!」


 彼女がどれくらい思っていたか聞いてたし……。何よりも先行する罪悪感。でも、彼女に伝えなきゃって、その一心で、彼女に頭をさげた。


……でも、アタシの予想に反して彼女はニコニコしていた。


「本当に?」

「……うん。」


 すると、彼女の両手が急に振り上げられ……そして勢いよく飛んで…って、えっ?!


「やったぁ~!!おめでとう!!」

「な、なんで、喜んでるのよ!」


……ニヤニヤする彼女。見たこともないくらい。とにかく不気味だった。


「アレ、嘘だもん。」


え……。



……アレ、ウソナノ?



……。




「あははは!!里奈、面白い顔!」


「な、何で?だって、和也が昨日、告白されたって…。」


「えっ、私?してないわよ?」


……アレ?昨日、確かに言っていたわよね。


「違う人じゃない?」


「……確かに、『麻子が』なんて、一言も言ってないかも。」


 一度収まっていた彼女の爆笑が再開した。


「もう里奈、可愛すぎ!まぁ、終わりよければ全て良し、ってね♪」

「な、なんなのよ~!!!!」


 恥ずかしすぎる。勘違いと、彼女の嘘でこんなにアイツの虜になっている自分が。昔から、そうだったのかな、アタシ。


「あと、そろそろ気づいて欲しいのよね。」

「なにが?」

「はぁ……里奈って本当に鈍感ね。」


 大きくため息をつく彼女。まだなにか、嘘をついているのかしら…。


「私、もう彼氏いるから。」


「へっ……」


教室に和也が入ってきてくれるまで、アタシがそこから立ち直ることはなかった。



「里奈、おはよ~」


「遅いわよ、バカ!」




いつも、ごめんね……




素直になれなくて。




次回のテーマは「しっかりもの(強がり)」です!お楽しみに!

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