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flower*  作者: 日下裕一寿
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第十一輪 『馬鹿ね…』  最終輪

『flower*』 第十一輪 『馬鹿ね…』


 すべてのことが憂鬱に思えていた俺がちゅらと生活しているうちに、いつの間にか嫌なことでも簡単に吹っ切れるようになっていた事に改めて気づかされた。ちゅらが部屋で待っていると思うだけで足取りが軽くなってしまう。

 明日の休みはちゅらと散歩にでも出かけようかと考えながら夜の街を歩く。


「ふん、ふうん、ふっふん」

 この前ちゅらが歌ってくれたメロディを鼻で鳴らしながらエレベータを降りて意気揚々とマンションの扉を開ける。


「ちゅら、ただいまっ!」

「…………」

 返事はなく部屋の中は静まり返っている。

 急に嫌な予感がして靴を脱ぎ捨てリビングへ駆け込む。


「ちゅら、どうしたんだよ?」

「…」やはり返事はない。


 部屋の電気を付けて、サイドボードの上のちゅらに近づく。

 そこにはいつもの輝く朝日のようなちゅらの姿はなく… 

 花軸だけが残されていた…


 花柄から落ちしまって花びらは床に悲しげに散らばっている。散ぢりになった花びらを必死にかき集め優しく手のひらで包み込む。


「どうしたんだよ…あんなに元気だったのに…」涙声になりながら声を搾り出す。


「なんでなんにも言わないんだよ…あんなにおしゃべりだったのに…肝心なことはなんにも言ってくれないのかよ…」


 ちゅらと過ごした時を思い返すと、ちゅらの一言一言が胸を締め付けて嗚咽と共に涙となって流れ出る。


 かなりの時間、膝をついて泣き崩れていたが、はっと脳裏に翠さんの顔を浮かぶ。鼻をすすりながら立ち上がり。手にしたちゅらをハンドタオルに優しく包み込み、鉢植を抱き部屋を飛び出す。


 駅前についた頃には既に終電がが去ったあとのようでお店の灯りは消えていた。


 仕方なく軒先に座り込んで鉢植を抱く。鉢の上にハンドタオル置くとはらりと開いて数枚の花びらが落ちる。

 また、涙がこみ上げてくる。


 その日はちゅらと共に翠さんのお店の前で一夜を過ごした。今までのあまりにも饒舌な日々とは対照的な一夜だった。


 そしてまた新しい一日が朝日と共に始まろうとしていた。


「あら?どうしたの?こんなに朝早くにこんなところで…」

 翠さんの声で目を覚まし、自分でもわかるくらいの腫れ上がった目で翠さんを見上げる。


 翠さんもすぐに察したようで「そう、ちゅらちゃん…」

 そっと肩に手を添えて店の中に促してくれた。

 

 この前と同じ椅子に通されてハンドタオルと鉢植をテーブルに置く。


「ちょっと待っててくださいね…」と言って翠さんは奥に行ってしまう。

「はい、どうぞ…」


『コトッ』

白い湯気が立ち上るホットミルクを出してくれた。


「いただきます…」口をつけるとメイプルシロップの甘味が塩っぱい口の中に広がって行くのがわかった。


「私、思うの…愛情って人だけのものじゃないと思うの…花だって、なんだって、何かを愛することで生きているんじゃないかなって、でも普段はそれを知ることはできない。感じることはあってもね」


 黙って頷く…


「実はね…ちゅらちゃん。本当はこんなに暑い季節まで咲いていられるお花じゃないの…」

「え?」

「でもね、きっと海野さんと少しでも一緒に居たかったから頑張ってたんだと思う…」

「あいつ、そんなこと一言も…」

「そんなことは言えないわ。愛する人といつまでも一緒に居たいのは誰でも同じ、だからずっと我慢していたんだと思う」

「俺のために…」


「というよりも二人の楽しい時間が永遠に続いて欲しかったんじゃないかしら…」


「でも俺はちゃんと有難うを言いたかった」

「大丈夫よ。ちゃんとちゅらちゃんにはあなたの気持ちは伝わっているから」

「そうですかね…」

「そうよ。最後はやっぱり言葉じゃないの。愛する気持ちは言葉じゃないの。大切に思う気持ちそのものなの…だから言葉なんていらないの」

「なんとなく、わかった気がします」


「良かったわ、じゃぁ、きっとちゅらちゃんにもあなたの愛情も伝わっているわ」

「翠さん。有難うございます」

「いえいえ、どういたしまして。そうそう、ちゅらちゃんの鉢、これからも彼女の好きだったところに置いてあげてね。そのほうがきっと彼女、喜ぶわ」

「はい。そうしますね」


 清々しい気持ちでお店を出た。今日も空は晴れ渡り太陽が暖かく見守ってくれている中、街の色々なところを花軸だけになったのちゅらを抱えて歩く。街道沿いの公園では楽しそうに遊ぶ子供達を見つめ、裏通りの雑貨屋などをちゅらと一緒に散歩してかのいるように…


 いつの間にかあたりは暗くなり部屋に戻る。リビングに入ると昨日の夜は全く気づかなかったあるものが目に入ってくる。


 いつもちゅらがラジオを聴いていたコンポには録音済の赤いランプが点滅している…

 

 自分は何も録音した覚えがない…


「あっ」と声を上げ、サイドボードに鉢植えとハンドタオルを置いてコンポの前に座り込む。


 そしてあの時のちゅらの言葉を思い出す。『今度、あたしの歌を録音してラジオ局に送ってみようかしら…』


『ピッ』慌てて再生ボタンを押す。


『これでいいのかしら?あぁ、ほんと人間の作るものは面倒ね… まぁいいわ』


 ちゅらの声が聞こえただけでまた涙がこぼれそうになる。コンポをいじりながらイライラしているちゅらの姿を想像しながらサイドボードに寄りかかる。


『どうせ、耕介のことだからまたメソメソしてるんじゃないの?』


「悪かったな…」


『言っておくけど…大騒ぎして、人様に迷惑かけないでよね』


「お前はなんでもお見通しなんだな…」


『当たり前じゃない。あなたのことはなんでもお見通しなのよ。何年、耕介のことだけ考えてたと思ってるの?』


「お前には敵わないな…」やっぱり抑えることができなくて涙がこぼれてしまう。


『泣いてないでしっかり働きなさいよね』


「ありがとな。ちゅら俺、ちゃんと頑張るよひとりでも…」


『は?何?勝手にあたしを殺さないでくれる?』


「え?だって枯れたんじゃ…」


『馬鹿ね…あたしは多年草よ。じゃぁまたね。あたしの最愛の人、耕介…』




                       おしまい         

                  

                    著 日下裕一寿

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