第十輪 『flower*』
『flower*』 第十輪 『flower*』
『** * ** ****きらめく朝日が照らすあなたの寝顔に幸せを願う』
優しく澄んだ歌声が響き渡る。
『見つめることしかできなかった私がこんなにそばで
あなたを感じることができるなんてまるで奇跡のようね』
店に並んでいる花々たちが騒めきたつ
『もしも私が輝いて見えたなら
それはあなたに褒めて欲しいからよ
あなたに笑って欲しいから美しく咲くの』
黒猫の指揮にも力が入ってくる。肩に乗っている子ネズミは大喜びで黒猫の真似をしている。
『思いを伝えることができても肝心なことは言えないものね
笑顔が見られればそれだけでいいのにいつも意地悪ばかりになっちゃうの』
翠さんの演奏も滑らかにメロディーを奏でる。
『でも私はずっとあなたを想っている
たとえ何度、生まれ変わってもあなたがくれた優しさは忘れない
風に吹かれているだけの花にはあなたしか居ないから』
花々達のコーラスが始まりちゅらを後押しする。
『晴れの日ばかりじゃないけれど
そんな時は私があなたのお日様になってあげる a ah~
うまくいかない日だってあるけれど
そんな時は私がおかしく楽しく笑わせてあげる a ah~』
ちゅらは天使のような笑顔で楽しそうに歌っている。
『私と過ごした時間があなたの宝物になってくれるなら
あとはなにもいらないから lala~…** ** *** * ***』
大いに盛り上がってやがて終演を迎える。
『flower*』詞・曲:海野ちゅら
『パチパチパチパチパチパチ………』
翠さんも嬉しそうな顔で拍手している。みんなの盛大な拍手がしばらく鳴り止まなかった。黒猫も作業台の上で飛び跳ながらちゅらを喝采している。
ちゅらの文字通り華やかなステージによってティータイムに鮮やかな花を添える形になった。
「お花さん。とってもおうた、上手だったね」
優太君に褒められてなぜかこっちが照れてしまった…
詩織ちゃんも「ちゅらちゃん。連れて帰りた~い。ってダメですよね…」
「なんだよ。俺様の指揮は格好良くなかったのかよ!」
黒猫が詩織ちゃんに詰め寄る。
「クロちゃんも素敵だったよ」取って付けたように詩織が答える。
「ふんだ!!どうせ俺は脇役だよ。へん」
作業台から降りてへそを曲げてしまったようだった。
楽しい時間があっという間に過ぎ去ってゆき、お開きの時間に近づくとさすがにちゅらも疲れたと見えて俺の肩に寄りかかり居眠りをはじめ…しばらくすると肩にかかっていた重みがふっと消え去りもとの姿に戻ってしまった。
「じゃぁ。おにいさん。またね」
「私、よく、クロちゃんの図書館にいるんで今度遊びに来てくださいね」と二人と再会を約束してお別れした。
翠さんはマシェを傍らにちゅらを胸に抱いた俺を見えなくなるまで手を振り見送ってくれた。
「あ~楽しかった。やっぱり大勢の前で歌うのは格別ね」
「なんだ、起きたのか?でもあんな無茶は今回だけにしてくれよな」
「なんでよ。あたしあの姿、気に入っちゃたんだもん」
「まったく。みんな驚いてたんじゃないか?」
「そう?あそこの店に集まるのはみんな変わってるからきっと平気よ」
「ねぇ、耕介さっきの歌、ちゃんと聴いてくれたの?」
「当たり前じゃないか!」
「あらそう、じゃぁあたしがなんで耕介の前に現れたかって理由もバレっちゃったわけだ…」
「え?なんだそれ?ちゅらは俺がたまたま翠さんのお店でちゅらを見つけて…」
「本当にそう思っているの?」
「違うのかよ?」
「残念でした~ 違うわ。きっと耕介のことだからもう忘れてしまっていると思うけどね」
「なんだよ。俺をまた馬鹿にして」
「じゃぁ。覚えているの?耕介が住んでいたお家の庭に咲いてたたんぽぽのこと」
「え?俺の家?」
「そう、小さなお庭のある…」
「そういえば…無駄にたんぽぽが沢山生えてたような記憶があるかも…」
「ふっ、やっぱりね。耕介が覚えてるわけがないわよね」
「なんだよ。もったいぶって」
「じゃぁ、そのたんぽぽは誰がお家の庭に植えたのかしら?」
「そんなの知らないよ」
「でしょ。やっぱり覚えてないじゃない」
はっきり言ってちゅらが何を言いたいのか分からなかった。
でも確かに俺が子供の頃に住んでいた家の庭は黄色いイメージが残っている。
「仕方ないわ。耕介はお馬鹿さんだからあたしが今から素敵な昔話をしてあげるわ。よく聞きなさい」
「それにしても今日はいつもに増してよく喋るなぁ?」
「今日はとっても気分がいいから大サービスしてるんだから黙って聞きなさいよ」
「はいはい」
「あるところに小さな男の子がいました…そうそうあの優太って男の子くらいの子ね。その子はとっても引っ込み思案であんまり友達がいなかったみたい。である日、その男の子は人通りの多い道でアスファルトのひび割れのところに一株のたんぽぽを見つけるの…それからその男の子は毎日、学校帰りにそのたんぽぽの所に来ては何時間も見つめて『こんなところで咲いていたらいつか誰かに踏まれちゃうよ』とか『僕のお家のお庭に来る?そしたら安全だよ。でも僕が無理に引っ張ったりしたら痛いよね…』とか馬鹿みたいなことずっと言ってるの。
で数日後とうとうその子は手に細い針金みたいなものを持ってやってきて『すこしづつ土をどかせば痛くしないで抜けるよきっと』って言ってアスファルトのひびの隙間に入っている土をどかし始めたの。『痛くない?大丈夫?』って何度も何度も馬鹿よね。
こっちは話したくても話なんてできないのにね…」
その頃の映像が急に蘇ってくる。
「それから何日も何日も少しづつ土をどけていって、ある日そのたんぽぽは無事にアスファルトから救出されて、晴れてその男の子お家の庭のお日様が一番よく当たる特等席に植え替えてもらい。そのたんぽぽは嬉しくて嬉しくてお礼を言いたかったのだけれど、相変わらずお話することなんてできないから、その子に喜んでもらいたくてどんどん株を増やして、お庭を一面のたんぽぽ畑にしてあげたって言う健気で優しいお花のとってもいいお話なんだけど…その当の男の子はお馬鹿だから、何十年も経ってしまって忘れてしまっているっていうお花にとっては最悪な悲劇ね」
「ちゅら…」
「わかった?お花はとても義理堅い生き物なのよ。一度受けた恩はたとえ枯れたしても忘れないの。それなのに人間ってダメね。そんなことも忘れてしまうのね」
「あの時のたんぽぽがちゅらだったってことなのか?」
「やっと思い出したのかしら…残念ながらあたしね… あの時、すっごく痛かったから文句言ってやろうと思ってあの店で待ってたのよ」
「本当か?ごめん。本当に…」
「嘘よ、馬鹿ね。さぁ~ 美味しいお水買って帰りましょ」
自分では忘れてしまうほどの幼い頃の記憶とはいえ、なんとも申し訳ない気持ちと恥ずかしさが湧きあがってくるががそれ以上にちゅらの優しさでじんわりと胸が暖かさで満たされて行くのがわかった。
ギュッとちゅらのを鉢抱きしめる…
「痛いわね。そんなに強く抱きしめなくたって落っこちたりしないわよ」
返事をせずに黙って夕日の道を歩いて帰った。




