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それから二日、ハインとその部下がセレブラント道場を張り込んでいる間、門人達は慌ただしく走り回り、何者かを探す様に帝都の宿や借家を虱潰しにしていた。
そして三日目になるとフェルメは情報を集め終えたとの事で、クランド他皆を先日と同じ研究室に集めた。
集まった者は、屋敷の当主であるクランドは勿論の事、息子セイジ、今も屋敷に滞在するアイリス、そして発表者であるフェルメの四人だった。
ハインに関しては、今も警邏隊としての職務を真っ当しつつ、セレブラント道場の張り込みを続けていた。
「セレブラントが求めているのは、単純に言って“金”ですね」
それは余りにも率直過ぎる答えだった。
「セレブラント道場の高弟の全てが昨年あった魔術大会に参加していたそうなのですが、全員が全員一回戦で敗退してしまったそうです」
「ふむ、昨年末の魔術大会は私も観戦していたが、一回戦敗退では全く憶えが無いはずだな」
クランドは顎を撫で付けながら、そう零すと顎を突き出しフェルメに先を促す。
「魔術を得意とするセレブラント道場の高弟が全て一回戦敗退などすれば、道場の評判が悪くなるのも当然です。
昨年大会の後に門下生の数が激減している様で、百名近く居た門下生は今は三分の一程度しか残っていない様です」
「それで金に困っている、か。しかし、それではノイス家との繋がりというのは見えて来ないな」
クランドの言葉にフェルメは不敵な笑みを浮かべる。
「勿論、それも調べがついております。
ノイス公爵家の次男サランスト様は、以前セレブラント道場に通っていた様です。
サランスト様も剣術では余り秀でたところが無く、魔術の才能を伸ばす事に固執していたのでしょう。魔術を得意とする道場へ行くのは必然というものです。
しかし、どうも成長が芳しくなかった様で、今は別の道場に通っています」
因みに長男カリストの方はその真逆で、魔術がからっきしな替わりに剣術が得意という若者で、剣術を主とする道場に今も通っているとの事だった。
「私もその様な話は、聞いた事がありませんでした。いえ、家族の会話というものそのものが殆ど無いというのが事実なのですが……」
アイリスは寂しそうにそう零す。
その姿に周囲の者達は同情の視線を向けた。
「しかし、これで首謀者が次男のサランスト殿とその周囲の者達である可能性がかなり高まりましたね」
セイジは沈む空気を変えようと口を開く。
「しかし、確証は無い。今、役所へ訴えたところで、捕まるのはセレブラント道場の連中だけだ。それではアイリス嬢が命を狙われる事の根本の解決にはならんな」
クランドの言う通りである。
決定的な証拠がなければ、帝国随一の貴族であるノイス家の次男を逮捕する事は出来ない。
「私は別にサランストが逮捕されるのを望んでいません。これでは父の名にも傷が付いてしまいます」
「ふむ、それも確かに。最近はちょっと調子こいているから、少しはお灸をすえたいところだが、命を狙われている本人が言うのだから、その意向に従わない訳にもいかんな」
アイリスの申し出にクランドは同意する事にした。
その話を聞いていたセイジの方はやや不満そうな顔をちらりと見せる。感情を僅かとはいえ顔に出すところがまだまだこの青年が未熟である事の証左かも知れない。
「最終的にどうするかは兎も角として、まずは決定的な証拠ですね」
セイジがそうまとめると、その部屋に居る者達は皆頷いた。
「決定的な証拠となると、セレブラント道場の動向が重要となるでしょう。
私も警邏隊の皆様と一緒に監視につくとしましょう」
フェルメがゆったりとした動作でクランドのティーカップに琥珀色の茶を注ぎながら主張すると、クランドの目が光る。
「良かろう。しかし、ぬかってはならんぞ。相手は腐っても一門を担う道場主だ。
それに他にも凄腕がいないとも限らん」
「分かっております。
引退したとは言え、私がそんな油断をするはずも御座いません」
クランドの警告を優雅に交わすかの如き優雅な微少を浮かべる。
どちらが主従か分からない程の品の良さがそこにはあった。
しかし、
「何か、嫌な予感がするのだ。何か――」
クランドはその瞳に宿る鋭い光をそのままに、窓の向こう、沈む夕陽を睨んだ。