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「セイジの話とほぼ変わらんか。――で、あの連中に心当たりはないかな?」
大まかな話が終わると、クランドがそう答えつつ、ティーカップを軽く上げる。
それに答えてフェルメが再びお茶を注いだ。
「顔を隠していたのではっきりはしないのですが、襲った者達の頭目であった男、セルブランド道場で立ち会った高弟に体格や構えが似ていた様に思います」
アイリスの言葉にセイジとクランドが唸る。
そこに言葉を挟んだのは今まで黙っていたフェルメだった。
「セレブラント道場ですか。
確か、道場主のカーブ・セレブラントは、十年程前の帝室主催の魔術大会で優勝し、前皇帝から褒賞と名誉騎士を授与された後、道場を開いたはずです。
魔術の力量は優勝しただけに中々のものですが、剣術の面ではあまり腕は良くなかったはずです。
派手な宣伝が多いせいか、道場の規模はそれなりで、門下も百人近くといったところでしょうか」
「ふむ、流石元スパイだけの事はある。」
クランドが気軽に言うと、フェルメが暗い笑みを浮かべる。
既に知っているセイジは平然としたものだが、アイリスは大きく目を見開き、フェルメを見つめる。
「敵地の戦力を調べるのは基本です。まぁ、引退してからの情報については少し疎くなってはいますが……」
このフェルメというメイドは、元々は隣国カサビナート神聖国から送り込まれたスパイであった。
クランドの元に潜り込んだのも魔術研究者として著名な彼の技術を奪わんが為であったのだが――
「今はクランド様の秘書として、情婦として、メイドとして、必要な情報をしっかりと集めておりますわ」
との事である。
「アイリス殿の事だ。恐らく彼の道場でも“合わせ”で仕合を望んだのでしょう。
セレブラント殿の側でそれを断る事も出来ず、敗れたという事でしょうね」
「と、なるとやはり恨みの線が濃厚だな」
セイジの言葉にクランドが結論を付け加えた。
「しかし、誇りの為とはいえ、仕返しが認められている訳ではありません。
帝都役所の方に連絡をして、然るべき対応をして貰うのが良いでしょう」
セイジは、少しばかり落ち込み気味なアイリスにそう言うと、壁から背中を離した。
「では、私が役所の方に行って来るとしましょう。その間、アイリス殿はここで身を隠して置く方が良いでしょう」
セイジがそう言って部屋を出ようとしたところで、ハインが現れた。
「師匠、若先生、早速調べて参りましたよ。ちょっと予想外な事が起きましたので、向こうには部下を付けたままで顔を出させて頂きました」
ハインはすっとクランドの前で膝を着いた。
「おや、何か良い情報でも掴めたかい?」
クランドが訊ねると、どうやらかなりの情報を掴んだのか野性的な笑みを浮かべた。
「ええ、師匠、自分達が現場に着いた時には、生き残った連中は逃げた後だったみたいでしてね、暫く様子を見ていると、恐らく逃げた奴等から話を聞いた連中が大慌てで来ましたよ。
荷車を幾つか引いて来てそいつに死体を乗っけて移動を始めたんで、自分達もその後をつけたんですよ」
「ふむ……」
「辿り着いたのはセレブラントって道場で、まぁ、道場の周りの人間に話を聞くと、あんまり景気の良い話は出てきませんでしたね。
ただ、道場主の魔術の腕は中々のものみたいでして、道場からも宮廷魔術研究者を何人か輩出しているらしいですよ」
「ほぉ、魔術の才を伸ばすだけの力をその道場主は持っているという事だろう。なかなかやりおる」
クランドは同じ研究者だけに、道場主のセレブラントの実力を素直に評価した。
「自分と部下で道場の近くで張り込んでいたところ、直ぐ一人の門人が飛び出して来て足早に何処かへ向かいましたので、部下の一人にそいつの尾行をさせたんですが、そいつが飛び込んだのは何とあの皇帝の銀碗と呼ばれる、ノイス宰相の屋敷だったんですよ」
「なんですって!?」
流石にその言葉にセイジは驚きの言葉を上げた。
アリアスト=ブレーメン・ノイス公爵は、若き皇帝カルヴァイ=サンシチナ・オリオールの右腕と呼ばれるやり手の政治家である。
何故その様なところに門人が向かったのか、その場で一人を覗き全員が頭を捻り口を閉ざした。
「そ、そんな、馬鹿なッ……?」
だが、一人、呻く様に声を吐き出す者が居た。アイリスである。
「アイリス殿、何か心当たりがあるのですか?」
セイジが顔を青くするアイリスに心配そうな表情を向けると、アイリスの側も何か助けを求めるかの様なか弱く震えた唇で、セイジに向けて言葉を吐き出す。
「実は――私の姓名の『ノブレース』というのは、母方の名を使わせて頂いているのですが、本当の姓名は『ノイス』というのです……」
その言葉が発せられた瞬間、部屋の中の空気がざわりと騒いだ。
「まさか、アイリス殿……、貴方の父というのは――」
セイジが何やら恐ろしいものを感じながら訊ねると、
「はい、私の父は、その『銀碗』――アリアスト=ブレーメン・ノイスです」
アイリスはそう言うとそっと視線を床に伏せた。