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「ふむ、成る程な……。あの娘も恨みを買うには十分な事をしている訳だ」
セイジの話を聞いたクランドは煙管を吸い、一吹きするとそう呟いた。
「しかし、それにしても魔術師が集団で襲い掛かるなど常軌を逸しています」
アイリスはセイジの道場に来るまでに既に三つ道場破りを行っている。
破られた道場の者達はさぞ屈辱を受けた事だろう。
大きな道場ともなれば、その門下には貴族に連なる者や、宮廷魔術師も含まれる。
彼らは非常に誇りを重んじる者達であるから、屈辱を受ければその仕返しを考える汚い連中も存在する。
セイジもクランドも恐らくはその辺りの下劣な連中が仕掛けたのだろうと予想した。
「ふむ、兎に角その襲撃現場とやらを調べる必要があるな。
良し、ハインに少し動いてもらうとしよう」
そう言うとクランドがチリンと呼び鈴を鳴らす。
するとフェルメとは別の男の従者が現れ、ハインを呼ぶ様に頼まれた従者は、また直ぐに部屋を出ていった。
「さて、父上、待っている間に先程の“癒し”の魔術式を私も下さい」
「え~、私はかなりの金を払ったのだぞ~。お前も金払えば教えてやらんでもないが」
セイジとしても怪我と隣り合わせの生活をしている訳だから、“癒し”は是非とも欲しい魔術だ。
しかし、クランドは実に嫌そうにするので、セイジとしても雀の涙ほどの蓄えを出す覚悟で訊ねる事にした。
「一体幾らほど出したのです?」
「100万ドラほどだ」
「ひゃ…100万ドラ……」
セイジが呆然とするのも無理からぬ事だ。
正確では無いにしろ、日本円では1ドラが100円相当。つまるところ、1億円近くを払ったという事になる。
「一体何処にそんなお金が……」
セイジに比べれば、クランドは随分と裕福な暮らしをしているが、それ程の大金を持っているなとという話は聞いた事がなかった。
「ま、色々あってな、いろいろ……」
楽しそうに笑うクランドは、先を話したい節がある。しかし、これ以上踏み込むのは危険と察したセイジは追及をやめた。
「お金の事は良いとして、私が研究した結果を渡しますから、どうかその魔術を下さいよ」
「え~、お前が研究したものはどうも魔術効率が悪くてなぁ。魔力が無駄に余っているせいか、お前は魔力消費が高いものばかり作り出す。私が使えない研究結果など貰っても嬉しくもなんともない」
「な、なんとか善処しますから……」
そんな会話を父子がしていると、四半刻もしない内に扉がノックがされる。
「失礼しますよ。師匠、お久し振りです」
警吏制服の男が、一つ頭を下げると二人の前まで進み出る。
「おお、忙しいところ済まんな。ハイン」
「いえ、師匠の為なら仕事ほっぽってでも駆けつけますよ」
男はクランドの前に立つと膝を着いて頭を下げた。
容姿は中々のもので、赤みのある金髪が男前を更に上げている。
だが、その裏腹にその身体は鍛え込まれたもので、服の上からでも分かる程だ。
「お久しぶりです、ハインさん」
「若先生とはこの間の剣術大会以来ですな」
先日、帝都の催しとして開かれた剣術大会が開かれ、準決勝で二人が相対する事となった。
魔術の一切を禁止した大会ではあったが、二人の実力は拮抗し、結局はハインが勝利したのだった。
魔術も含めればセイジに軍配が上がるだろうが、剣術でもかなりのものを持っているセイジが破れるのだから、この男の実力は相当なものと言って良い。
「世間話は後にしようか。ちと急ぎで倉庫街の方であった争いの現場を調べてみて欲しい。うちの息と魔術を嗜むお嬢さんが襲われてな……」
クランドは簡単に場所と状況を説明すると、ハインは直ぐさま立ち上がった。
「この帝都でそんな不埒な行いをする奴が居るとは、許せませんな。
今すぐ部下と共に調べますので少々お待ちを……」
直ぐさま一礼すると部屋を出て行くのを屋敷の窓から見ると、どうやら屋敷の外に幾人かの部下を置いていたらしい。
「あの男は腕も良いが気も回る。それでこそ帝都守護を任ぜられる者としての正しき姿よ」
ここ二十年の平穏の中で、帝都守護を任される警邏隊の中には悪さを働く者も多くなっている。人を守るべき立場の者達が帝都の人々を苦しめるなど正に本末転倒というものである。
「さて、現場はハインに任せるとして、そろそろあの娘さんも目を覚ました頃だろう。
実際のところを本人にも聞かねばならん」
クランドが呼び鈴を鳴らすと、待っていたかの如くフェルメが部屋に入ってくる。
「お待たせしました。アイリス様の準備も整いました」
フェルメがそう説明すると、廊下で待機していたアイリスがおずおずと入って来る。
「――命を助けて頂き有り難う御座います。
しかし、服まで用意して頂くとは誠にご迷惑をお掛けします」
どうも女物の服には慣れていないのか、恥ずかしげに頭を下げる。
「は、はい……」
その姿を呆然と見つめるセイジは気の抜けた声で返事をした。
「おおう、絶世の美とはまさにこれの事よ」
男二人の反応にアイリスは更に顔を赤らめる。
しかし、その二人の反応は当然と言えた。
元々容姿の整ったアイリスが清楚な令嬢といった出で立ちとなれば男の目を惹き付けぬ訳も無い。
元々に魔性とも言える美を宿していたのだから、それが更に際だてばまさに魅了の魔術もかくやというものだ。
「さて、娘さん。確かアイリスさんと言ったかな。
息からは事の顛末を聞いているが、どうか娘さんからも詳しく説明して貰いたいのだがね」
クランドが椅子に座る様に促すと、フェルメは素早くお茶の用意を始める。
まるで探偵事務所のやり取りの様な呼吸の揃った行いにセイジは半眼になりつつも、近くの壁に背を預け、アイリスの話に聞き入る事にした。