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魔術師商売  作者: ウタヘビ
第1話 『魔術師商売』
5/17

「ち、父上ッ!!」


 上級市民街に程近い商業区の一角に上級市民街でもそうそう見られない程の大きな屋敷がある。

 セイジはその屋敷に勢い良く飛び込むと、セイジの父が研究室として使っている部屋に飛び込んだ。


「何だ、騒々しい奴め……。ぬっ!? 怪我人か!!」


 煩わしげに振り向いた父上と呼ばれた四十代頃の男は、血塗れでぐったりとしたアイリスの姿を見て立ち上がった。


「急ぎ教会に連絡を頼みますッ!! 治療の為に司祭様に来て頂きたいッ!!」


 セイジの緊迫した状態から、男はぐったりとした娘がかなり深刻な状態である事をさっする。

 しかし、


「私はどうもあの教会というのが嫌いでな」


 と堂々と宣うのだった。


「そんな事を言っている場合ではありませんっ!! 人の命に関わるのですよ!?」


 この状況に冷徹な男と思われたセイジも強い感情を含んだ鋭い声を上げる。


「ふむ、仕方ない。そこの机の上の物を全てどかして、その娘を乗せるのだ」


 セイジは直ぐさま机にある多種多様な資料や小物を床に払い落とす。


「こ、こら、何という事をする。稀少な物も沢山あるのだぞ!?」


 息子の所行に中年男は呻き声を上げるが、息子のセイジの方は一切無視を決め込み、全ての物を床に落とすとアイリスをそっと机の上に寝かせる。


「ふむ、かなり深い傷の様だ」


 背中の傷はかなり深く、めくれた紅色の肉がめくれ、その奥からずくずくと血が溢れて来る。


「そんな事は分かっています、急ぎ教会へ連絡を……」


「さて、試してみるか……」


 今度は中年男の方がセイジの言葉を無視すると、アイリスの背中に手を翳す。


「何を――」


 セイジが問い質そうとしたその時、中年男の手の平より魔力線が現れる。

 恐ろしく速く、精密に傷口を覆うその工程は、セイジの技量とは比にならない。


「“癒し”……」


 中年男の声と共に赤い光が傷口を包み、出血が緩やかになっていく。


「む、やはり魔術式が杜撰だな」


 不満そうにそう呟くと、今度は左手の上に魔力線が出現し、球状に形作られる。

 その魔力線で形作られるものを比較するならば、セイジのそれを蜘蛛の巣とすれば、中年男のものは織物の如き精緻さと言って良い。


「“構築”」


 その言葉により、球状の魔力線で出来た空間、魔力界の中に無数の模様が刻まれた奇妙な図形が現れる。


「ここを、こうして……、こっちをこうして」


 男が呟く間に、その図形の模様も形も瞬く間に変化して行く。

 先程までの形状よりも何やら一定の秩序を持って作られたと思われる形にまでなると、アイリスの傷の治りが加速する。


「ふむ、これ位か。まだまだ改善は出来そうだが、怪我人がもっと欲しいところだな」


「物騒な事は言わないで下さい。父上……。

 しかし、何時の間に教会の秘匿魔術“癒し”を習得したのですか?」


 セイジはやや呆れ気味に中年男に尋ねると、ニヤリと笑う。


「先日、ぶらりとフェルメと旅に出ていただろう?

 あの時に旅の元司祭と出会ってな。

 教会嫌いで意気投合して、金を積んで教えてもらったのよ」


「いやいや、元司祭って何ですか? ワシリーサ教会には脱会なんてシステムはありませんよ。信徒の反逆は死罪そのものじゃないですか」


 ワシリーサ教会とは大陸全土で信仰される宗教である。

 国によって数多ある宗教の中で、ワシリーサ教会は国をまたいで僅か二百年程度で急速に広がり、今では、大陸最大の宗教となっている。

 その最大の理由とも言えるのが、教会の信徒達が神の加護であると(のたま)っている秘匿魔術”癒し”によるところだ。


 慈善活動という名目ながら、教会へのお布施を為した者のみが”癒し”の恩恵を受ける事が出来るのだが、病や怪我をするのは平民だけではない。各国の高官達もまた世話になる訳だから、なかなかその精力を押さえるのも難しい。


 オリオール帝国に教会が進出して来たのは、先の大戦の直後、凡そ二十年程度に過ぎない。

 しかし、大戦による疲弊の中にあった帝国は彼らの表向きには慈善活動とされる行いにより信徒を増やし、今や皇帝ですら無碍に出来ない存在となりつつある。


 そんなワシリーサ教会は、一度入会すると二度と脱会出来ないという制約がある。そして、強引に脱会しようとする場合は教会裁判に掛けられ処刑されてしまう。

 つまり、元司祭などという人間は死んででもいない限り居ないはずなのである。


「なかなかの魔術と棍術の達人でな、追っ手を退けて各地を旅しているらしい」


「もしそんな事を知られたら、父上も狙われますからね。自分を巻き込まないで下さいね」


 平然という父に疲れた顔をしたセイジは疲れた表情で答えた。

 そんな親子の会話の中、開け放たれたままだった扉を叩く音がする。


「若先生が来ていらしたのですね。

 クランド様に恨みである連中がまた飛び込んで来たのかと思いました」


 美しい銀髪を纏めたメイドが戸の前に立っており、一礼すると共に部屋に入って来た。

 その動作の一つ一つが皇居勤めの侍女達と引けを取らぬ程に洗練させたものを感じさせる。

 セイジの父である中年男――クランドは途端に苦い顔をする。


「そんなに頻繁にあるみたいな言い方はよしてくれ。まるで毎日私の家が刺客どもに襲われている様じゃないか、フェルメ」


「先週は一回、先々週は二回ありましたよね。これ程命を狙われるお人がこの帝都に何人いるとお思いですか?」


「む、むむむ……」


 フェルメと呼ばれたメイド軽く主人をあしらうと、机の上のアイリスを見た。


「若い娘を机の上でこんな淫らな恰好で寝かせたまま話をするなんて、お二人とも女性の扱いというものをまるで分かっていませんね。

 背中を随分と斬られていますね。これでは仕立て直すでもなければ使い物になりません」


「フェルメさん、申し訳無いが、この方に何か服を用意してあげられませんか?」


 セイジが申し訳なさそうにすると、フェルメは笑みを浮かべる。


「ええ、お任せ下さい。

 素材は最高級間違い無しですから、きっと若先生も心動かせる程の出来にしてみせますよ」


 何に対して情熱を燃やしているのか、セイジは敢えて聞く事をせずにただ頷くより他なかった。


「さて、では失礼します」


 フェルメは不意に魔力線を射出すると、アイリスを包む。


「“浮遊”」


 という言葉と共にアイリスが宙に浮かび上がり、フェルメの移動と共に持ち上げられたまま移動して行く。


 セイジとクランドはフェルメの姿が見えなくなると、顔を合わせた。


「さて、何があったか話してみろ……」


 クランドの目が細く鋭くなり、セイジを一睨みした。

 何度もこの視線を受け止めて来たセイジだが、背筋に寒気を感じてしまう程、その目に宿る力が強い。


「ええ、実は――」


 元より隠すつもりもなかったセイジは、事のあらましをクランドに語った。

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