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おちてほしい男と、ふれたくない女

作者: きんぎょばち

季節はもう11月の半ばで、寒さが身に染みてくる時期になった。

今日は本当は友達の理沙と以前雑誌で特集していたお洒落なカフェに行くつもりだったのだが、理沙に用事が出来てしまいなしとなった。

彼氏に一緒に帰れるかとラインをしたけれど、返事は返ってこず、待つのも面倒なのでさっさと家に帰ることにした。


本当、寒いなあ・・・。


ふわふわもこもこなお気に入りのマフラーで冷え込む鼻と口まで覆いながら、鍵を出して家の玄関を開ける。

開けると、そこには二足の靴があった。一つは兄のもの、もう一つは最近よく見ている家族ではない男ものの靴・・・。


もしかして・・・。


なんとなく嫌な予感がした。しかし、いつものことだ。そう思えるくらいには、この状況に慣れてしまっている自分に吐き気がした。


私の両親は共働きで、朝は早く、夜は遅くで、ほとんど家にいない。兄妹は兄と私だけで、家事は二人でやっている。まあ、ほとんど兄がやってくれていることが多いのだが。


私はただいまということもせず、洗面所でうがいと手洗いをし、自室へ行って制服から私服に着替え、ヒーターをつけた。


隣の兄の部屋からは、何かが揺れ動くような音と、荒い息遣い、くぐもった声が聞こえた。私の家はどの部屋も比較的防音で聞こえにくいはずだが、兄の部屋のドアが開いているため、ここまで聞こえた。どちらも、見知った声だった。


十分体も温まったので、自室から出て兄の部屋の前に立った。隙間から見えるのは、情事中の男二人である。組み敷かれている兄と、兄に覆いかぶさっている「私の彼氏だった」人間だ。兄と視線が合うと、儚げで小綺麗な顔でうすく笑った。憎たらしく思い、ドアを開けた。


「え!?百合!?」


彼氏だった人は目を見開きありえないものでも見たような顔をした。あんたがするのはおかしいでしょ。その顔は普通私がするもんだっての。


「こ、これは・・・」


「いや、弁解はいらない。いまここでもうあんたと私は別れたから。」


どもりつつも言い訳をしようとする男に、私はすっぱりと言い切る。こんなの見たあとに何を聞いても心が揺れ動くわけないでしょ、バカじゃないのこの男。いまだに下で微笑む兄にも苛立ち、私は部屋をでようとした。


「ま、まって!」


「またない。話しかけないで。いますぐ消えて。金輪際私の前にあらわれないでね」


そう言い残し、自室に戻る。スマートフォンの電話帳から男のデータとメッセージの履歴を消去して、テレビをつける。


あんな光景を見たら普通発狂しそうなものだが、これで7回目の出来事だ。兄は、私の彼氏を寝取ることが趣味らしい。まあたいして好きではなかった男たちだが、何度もされてはたまらない。


なんのために、あんなことをするのか。


私には兄の考えていることが全くわからなかった。そもそも私と兄に血のつながりはなく、一緒に暮らしていても他人のような感じだった。容姿端麗で頭も良く、性格も温厚、それが周囲から見た兄の評価だ。美しく、儚げで、守ってあげたくなる、誰かがそんなことを言っていた。そのような危うげな雰囲気が、男女共に兄に惹かれる所以だろう。


私は、一目見たときから、そのような兄に不気味さを感じていた。まるで、作り物のような、本当の部分を覆い隠しているような、そう感じたからだ。基本的兄にたいして必要最低限の距離を保って私は接していた。兄にとって、自分に媚びてこない女は気に食わなかったのだろうか、私にはじめて彼氏が出来た時から毎回、兄は私の彼氏を寝取っていった。


しばらくしてコンコンと私の部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「何?」


ドアを開けることもせず、扉越しに問いかけた。


「今日の晩御飯は、グラタンでいい?」


兄が、いつものように、穏やかな声でそう言った。


「うん」


私は淡々と返事をした。部屋の前で兄が少し笑った声が聞こえ、不愉快な気持ちになった。


こんなことをされても、何も言わない私も悪いのだろうが、兄とは本当に関わりたくなかったから、何も言えないでいた。怒っていいところだと思うけれど、喋りたくないし、家族という建前があるから強いことも言えないし、そもそもかなり腹は立っているし、ぐちゃぐちゃの感情の中で、まとまらない思考を無理矢理にでも落ち着けるために私はベッドに入って布団にくるまった。





キイイ、と扉が開く音がした。


呼びかけても返事がないので部屋へ入ると、妹は布団にくるまって眠っていた。

男は百合のそばに寄って、柔らかな髪を撫で、頰にキスをした。


「ほんとう、懲りないよね。百合ちゃんは」


男は百合の耳元で、

はやく、ここまでおちてきて。

と囁いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 独特の世界観がツボに入りました。 素敵です。
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