1-8
キトとアカハ、フーちゃんたちが去ったのを確認すると、主人は串を口にくわえて俺の腕に飛びついた。
「いこっか、おにいちゃん。」
やはり気になる。
主人ほどの異名持ちなら本物も食べたことあるだろうし、食べ分けられても別に不思議ではないけど、フォールウルフの肉は硬くて少し臭くてあんまり食べたくはならない。
あの値段であの量はぼったくりだ。
ウォールウルフと比べるまでもなく、家畜と比べても不味い。
なのになぜ、俺に買わせたのだろう。
もののわからなそうな奴隷に対する嫌がらせともとれるが、違う気がする。
「……なぁ、主人」
「主人って呼ばないでよ~!」
また言われたな。
名前は教えてくれないし……
「──いーちゃん」
あ、そういえばさっきの……アカハだっけ……が、そう呼んでたな。
「いーちゃんじゃないもん!そんな風に呼ばれるくらいなら主人の方がマシだぁー!!」
主人はさっきも否定してたが、どうしてそう呼ばれるんだ?
名前がいから始まるのか?
「……なら主人。」
「……仕方ないよぅ……思い出すまでそれでいいよぅ……。それで、なに?」
とりあえず歩こうと言われたので、主人に手を引かれるまま歩いていく。
俺もさすがに売ってた店のすぐそばでそんな話をするのも複雑な気分だったから、少し感謝。
「……知ってたのか?」
「何を?」
どう言おうか。
「……あの肉が、フォールウルフだったこと。」
それ以外に言いようはないよな。
「うん。そのくらい、誰でもわかるよね?」
本物のウォールウルフを食べたことがなければ騙されるかもしれないが、皆食べたことがあるだろうということだろうか。
それとも、フォールウルフはよく食されるから、それと変わらないことがわかるということか。
……まあ、いいか。
なぜそうとわかっていてわざわざぼったくられたのだろう。
まあ、俺も止める気はなかったが。
「なぜ、知っていたのにあの値段で買った?」
「え、お金なんて、気にしなくてもいいんだよ。」
どういう意味だ?
「みんな、殺されちゃったんだから、食べないと、捨てられるもん。
──捨てられるために殺されるなんて、可哀想だよ。」
主人は、殺された──あの肉になったフォールウルフのことを、可哀想だといっているのか?
主人の雰囲気が変わった。
「──人間は不必要に、他種族を殺しすぎた」
それは、どういう意味だろうか。
というか、なぜ急に、こんなにも雰囲気が変わった?
主人も、俺たちと同じなのか?
──違う。
だよな。
そう頻繁に会うわけないよな。
さっきのアカハもそんな感じだったし、主人の村特有の何かか?
だが、目つきも変わった。
とても鋭く、そこらの冒険者ならばそれだけで精神力を削られそうだ。
「──怖い。」
だなぁ。
「え、怖かった?今の」
え、声でてた?
──ごめん。つい出した。
そっか。
まあいんじゃねえか。
うなづく。
お前が俺の意思じゃなく体を動かしてくれんのは、助かるよ。
やっぱまだ細かい動きは慣れないもん。
「ごめんね、えと、つい……」
やっぱ違うみたい。
俺たちとは違う。
この人は、違うんだ。
「……主人」
「ん、なーに?」
「主人の村は、まだか?」
何か言いたくなって、他に言葉が見当たらなくて、そう問う。
「おにいちゃんはせっかちだなー。
まあぶっちゃけ、今、村に向かってるわけじゃないんだけどね。」
……。
じゃあどこに向かってんの? 俺たち。
主人の村に向かってないんなら、ただ無駄に歩いてるだけだったり……いや、何か目的があるんだよな、きっと。
「ならどこに向かってんの?」
「え?どこか。」
……もしかして、ほんとにただ歩いてるだけ?
「なんで村に向かわないんだ?」
「私の村はどこにでもあるし、どこにもない。だからどこからでも行けるよ。」
どういうことだ?
主人の村は、あるんだよな?
行こうと言いだしたからには、あるはずだ。
たとえ沈んでいようと、焼け野原になっていようと、どこかに場所は、あるはずだ。
「行こうと思えば、今すぐに。一歩先がそこになる。」
やっぱよくわかんないけど、あんま歩く必要はないってことだよな?
主人が主人の村へ行こうといいだしたのに。
「そうしない理由は……おにいちゃんと歩きたくて、みんなにも会いたかったから。かな」
やっぱり、無駄に歩いてたのか。
別に苦ではないが、目的地がないと思うと、とたんに疲労がたまる気がする。
「やっぱり訂正。おにいちゃんは行きたくないのかと思って。」
確かに気乗りしないが、行こうと言いだしたのは主人だよ!?
「う~ん……でも、もういっか。おにいちゃんも、疲れたでしょ?」
そんな気はするが、肉体的な疲労はないに等しい。
さんざん売り回された奴隷の体力なめんな。
元から種族的にも疲労の回復は早いし。
「じゃあ行こっか。私の村へ」