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ここまで一気に書き上げたので、不自然な話の切れ目があるかもしれません。
とりあえず、肉を少し食べる。
硬い。
これ、絶対ウォールウルフの肉じゃない。
フォールウルフは確か崖の下の森に住んでいた。
それでよくウォールウルフと間違えられる。外見は慣れていなければ間違える程度に似ているし、毛を剥げばもっと見分けるのは難しい。
フォールウルフの肉は食べたことあったかな……?
──あるよ
え、いつ!?
──ウォールウルフの代わり
え~……と……あぁ、あった。
こんな硬くはなかったけど、味はこんなだったな。
間違いなくこれはフォールだ。
店主、気づいてんのかな?
フォールウルフはよく出回ってるから、五十ファールはぼったくりだな。こんなに人間が少ないのもうなづける。
周りには、素通りしていく旅人と、フォールウルフの群しかいなかった……て、フォールウルフ!?
「主人、食べてくれ」
そう言って渡したら、主人はいいよ。と言って残りを一口で食べた。
さっきのは演技だったのか、遠慮してたのか。
フォールウルフの群は、旅人についていっていた。
人に馴れるものなのだろうか。
「あ、フーちゃんだ。」
フーちゃん?あの旅人は、知り合いだろうか?
旅人は、こちらに顔を向けると、うるさそうに顔をしかめた後、興味なさそうに顔を背けた。
「フーちゃーん!」
主人が肉の破片がついた串を片手に、両手を大きく振った。
旅人はフォールウルフを従えて、歩いていく。
振り向いたのは、群の最高尾をとぼとぼとついていく、老齢の小柄なフォールウルフ。
もしかして、フーちゃんって、フォールウルフだから?
尾を盛んに振っている。
だが、群から離れられずにいる。
あ、先頭が気づいた。
周りの奴らも気づいた。
歩くペースを落とし、しきりに尾を振る。
「……どうした」
旅人がつぶやくと、決して大きな声ではないのだが、フォールウルフたちが尾をおろし、急いで旅人との間を詰めた。その声が、俺の耳には届くはずもない距離なのだが、なぜか聞こえた。
「フーちゃんに会えたのに……」
主人は余りの肉を口に含むと、咀嚼した。
勢いをつけて立ち上がり、旅人の方へ歩いていく。
串は手に持ったまま。
俺も一応ついてった方がいいよな……今は一応主人の奴隷だし。
「ねえ、旅人さん」
旅人の横に立つと、主人は声をかけた。
「……なんだ?」
旅人が足を止めた。
「何でフーちゃんたち連れてるの?」
串を握って揺らしながら、主人は訊ねる。
「……何のことだ?」
わからないと首を振る。
まあ、そうだよな。
普通フォールウルフにペットでもないのに名前を付けない。
「フーちゃん」
主人が手招きすると、最高尾の個体を始め、すべての個体が主人を囲んで半円を作り、先頭を歩いていた一匹が一つ吠えた。
「……?」
「この子たち、みんなフーちゃん。」
ああ、フォールウルフは皆フーちゃんなんだな。もしかしたらこの群だけかもしれないが。
「また聞くけど、何で、フーちゃんたちつれてるの?」
顔は笑っている。
だが、身にまとう雰囲気は怖かった。
「……こいつらは、売り物だ。」
「何で売るの?」
主人は不思議そうに訊ねる。
「……何で、とは?」
「フーちゃんたち、野生のはずだよ?
──それに、保護区にいたはずだよね?」
不思議とその言葉には、力がこもっていた。
フォールウルフたちは捕えやすく、高く売れるウォールウルフと外見が似ているため、一部の地域では乱獲が進み、保護対象となっている。その対象区がいくつか向こうの町はずれにあったが、このフーちゃんたちは、そこから来たのだろうか。
旅人が、不快な顔をする。
「……保護区は、あちらであっているな?」
「? うん。」
旅人が指したのは、進んでいた方向。
「……町は、あちらだな?」
そちらは、俺たちが(というか主人が)進んでいた方向。
「うん。」
「キトはね、売られちゃってたこの子たちをね、保護区に返そうとしてるんだよ。」
旅人の着ているコートの中から、少女が顔を出し、早口でそう言った。
「……でてくるな」
「もう遅いけどね。」
少女はそう言って笑い、中に引っ込む。
「そうなの?」
主人が問いかけると、フォールウルフ(フーちゃんらしい)は、皆頷いた。
「ごめんね。なんか悪いことしてたのかと思っちゃった。」
「……。」
「よくあることだよ」
少女のそのくぐもった言葉で、主人の笑みが元に戻る。
よかった。
少し怖かったんだよ、俺も。
串を揺らしていた手を垂らす。
「ごめんなさい。でも、フーちゃんたち戻してくれて、ありがとう」
フーちゃんたちが吠える。
さっきまでは怖がっていたような表情だったものが、安心に変わった。
「ねえ、あなたは、いーちゃん?」
少女が、またコートの合わせ目から頭だけを出した。
主人が、懐かしがっているような表情を見せた。
「……お兄さんたちは、神の杜のひと?」
「違うけど。いーちゃんに会ったら帰ってこいって言っといてって言われてるんだ。」
「……そっかぁ、また新しい作家が増えたのかと。」
「キトは神様の分身だよ。」
「じゃあ、やっぱり増えたのかな?」
「どうだろ? アカハは《人形》だから、わかんない。」
よくわからない会話が繰り広げられる。
「……アカハ……」
キトと呼ばれた旅人は、自分のコートから顔を出す少女の名を呼ぶ。
すると、
「──ボクはわかるけど、君にもわかるよね? だから言う必要はないと思う。」
少女の雰囲気ががらりと変わって、目つきも変わった。
「……キム」
「ごめん、キト。アカハを止めようと思ったら、こうなった。」
少女はまた、コートの中に戻る。
「キトお兄さん、神様によろしく。」
「……あぁ。」
「みんなもね~。」
フーちゃんたちが吠える。
「じゃあ、ばいばい。」
主人が手を振ると、フーちゃんたちは尾を振った。
「みんなの家族、食べちゃってごめんね。」
みんな?
主人も、気づいてたのかな。
あの肉が、ウォールウルフじゃなくてフォールウルフだってことに。
フーちゃんたちも、キトとアカハも、保護区の方へ、去っていった。
「じゃあいこっか、おにいちゃん。」